第8話久しぶりの家族団欒

「ただいまー」


 部活という名の休憩時間を終えて、いつもより早く家路へとつく。


 いつもは翠を避けて、遅い時間になるようわざと寄り道をして帰っていたが、昨日から翠と話せるようになった事を踏まえて実験的に早めの帰宅。


 しかし、玄関から声をかけてみたが返事はない。


 確かにいるはずなんだが。と、玄関に並んでいる母さんのスリッポンと、翠のローファーを眺めて返事のない寂しさを感じた。


 聞こえなかったんだな。うん。嫌われてる訳じゃないよな。


 返事のなかった理由を自分の中で納得できるようにして、スニーカーを脱ぎ捨てると、脇目も振らずリビングへと向かった。


「ただいまー」


「え、お、お兄!?」


「あら、蒼司お帰り。早かったのね」


 リビングの扉を開いて声をかけると、驚いた声を漏らす翠と、対照的にのほほんとした反応の母さんが俺を出迎えた。


 どうやら翠は母さんに料理を教えてもらっているらしく、何か揚げ物をしていた。成る程、揚げ物の音で聞こえなかったんだな。


「か、帰ってくるの早いじゃん。黄島先生と廊下で会った時に『お前の兄ちゃんに新しい事させるから借りるな』って言われたから、てっきりお兄の帰りが遅いと思ってたのに」


「そんな、ちょっと本借りる。みたいな気軽さで言われてるのか。まあ、実際明日から新しい事をするんだけどさ」


「ふ、ふーん。そうなんだ」


 なにやら翠の様子がおかしい。何か話しかけてきている内容的には俺が早く帰ってきた事に動揺しているようだ。


 妙によそよそしく、どこか視線が泳いでいる。帰って来て欲しくなかったのかと、ちょっぴり不安を覚えた。


 久々に兄妹出来てるな。なんて喜んでいたけど、やはりそんな急には反抗期は終わりを迎えないようだ。


「あ、蒼司、お弁当出しといて」


「り、了解」


 その横で母さんは俺と翠の微妙な空気に割って入って指示を出した。


 俺はリュックから巾着袋を取り出して、空っぽになった弁当箱を母さんに渡した。


「うん、ちゃんと食べてくれて嬉しい。美味しかった?」


「ああ。特に卵焼きが美味しかったな」


 空っぽになった弁当箱を振りながら、嬉しそうに尋ねる母さんに、俺は率直な感想を述べた。


 美味しかったし二個食べられた喜びもある。


「あら。良かったわね、翠」


「ち、ちょっとお母さん!? それは……!」


「あ、内緒だったわね。ごめんね。うふふ」


 母さんは俺の感想に口元をほこらばせながら翠の肩を叩く。翠は菜箸を持って揚げ物を返しながら、なにやら母さんに抗議していた。


 そんな怒った様子の翠に、母さんは悪びれる様子もなく口元に手を当てて笑みをこぼしていた。


 なにがなにやらわからないが、二人の秘密があるらしい。ちえっ、俺は蚊帳の外か。


「でも、蒼司が美味しかったっていうなら、明日もお弁当楽しみにしてもいいかもね。ね、翠」


「……お母さんがそういうならそうかもね」


 なにやら明日のお弁当も期待して良さげな事を、母さんが含みを持たせて言って、翠がそれに同調する。


 明日もおかずが多くなるのかもしれない。男子高校生にとってお昼ご飯は多いと嬉しいからな。楽しみだ。


 まあ、明日は明日。楽しみができたがとりあえず今の腹の虫も静めたいところだ。お菓子を食べたが、それでも男子高校生のお腹を満たすには至らなかった。


 お腹を刺激するかのようにプチプチと油の鳴る音が響く。同調するかのように、俺のお腹もくうと鳴った。思わずお腹を手で抑え込む。


「蒼司はお腹ぺこぺこみたいね。もうちょっとだから待ってて。手を洗ってきたら?」


「はーい。鞄も置いてくる」


 あと少し。その言葉に期待で胸を膨らませてリビングを後にする。


 今日はなにかな? そんな期待を持って、自室に戻ってリュックを置く。部屋でダラっとする事なく今度は洗面所へと向かって手を洗った。


 そして、リビングに戻ると更に盛られたコロッケが湯気を溢れさせて待ち構えていた。


「翠が手伝ってくれたから、すごく早く出来たわ。ありがとう。それに蒼司も早く帰って来てくれて、久しぶりにみんなで揃ってご飯ね」


 母さんは嬉しそうに手を叩いて喜びを口にした。三人揃ってのご飯。考えてみれば久しぶりかもしれない。


 俺は申し訳なさで頬をかいた。翠も同じ気持ちなのか、少しだけ俯いて自分の席へとついた。


「「「いただきます」」」


 三者同時に手を合わせて食事への感謝を口にする。


 目の前にはコロッケを主役として、千切りキャベツ、味噌汁、ご飯、煮物が並んでいる。俺は迷う事なくコロッケを取ると、熱々のまま口に運んだ。


「あつっ!」


「お兄、がっつきすぎ」


「美味しそうすぎてな。実際美味しいし、今日は箸が止まらなさそうだ」


「何言ってるんだか」


 熱々のコロッケを頬張り、案の定熱がる俺を翠は冷ややかな目で見つめる。


 俺は率直な感想を述べて二口目をかぶりつくと、翠は呆れたように言って自分はコロッケを箸で一口サイズに切って食べた。


 母さんはそんな俺たちの食べる姿を、目を細めて眺めていた。


「何があったのかわからないけど、揃って食べれて嬉しいわ」


 ニコニコと笑って嬉しそうな母さんの言葉に、ズキリと胸の痛みを感じた。


 元はと言えば俺と翠がいがみ合っていたから、そんな風に母さんに思わせていたんだよな。そして今、なんでかわからないけど翠と話すようになっている。


 これが、今だけではなくてずっと続くようにしないといけないよな。


 俺も久しぶりの三人揃っての食事に、団欒の幸せを思い出してちょっとずつ翠との関係を雪解けする決意を胸に宿した。

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