第5話妹とのランチは十分前到着がマナー
「遅い! 私が呼んだら十分前に到着するのがマナーでしょ!」
屋上に辿り着くや否や、扉の前で仁王立ちしていた翠に罵声を浴びせられる。
俺の四限目は体育。グラウンドから着替えて、教室まで弁当を取りに行き、三階建て校舎の屋上までチャイムが鳴ってから二分程で来たというのに。どうやらお気に召さなかったらしい。
というか十分前到着がマナーであれば授業を中抜けしなければならないんですが、どうしたらいいんですかねえ。
雲一つない空を仰いで、心の中のモヤモヤが晴れないかと期待したが、ただただ無意味だった。
「まったく、お兄は私を待たせるなんていい度胸してるね。……と、いろいろ言いたいところだけど、そんなことよりあっちで話を聞いて」
翠は親指で、端の方にある赤いベンチを指差した。柵の近くにあるベンチで、下を見ればグラウンドが良く見える。
体育の後だから、ちらほらクラスメイトも見えるし、真白も見えた。
「げ、真白じゃん。最悪」
翠も真白が見えたようで、舌を出して嫌そうに睨みつけていた。本当に昔から翠と真白は相性が悪い。
保育園時代の頃。おままごとをしている時に、俺がお父さん役でお母さん役をどちらにするかで真白と翠が延々と喧嘩していた。
小学生時代の頃。ゲームでチーム戦をする時に、チーム分けをどうするかで真白と翠が延々と喧嘩していた。
そして今、服装の事で真白と翠が延々と喧嘩している。
まさか高校生になってまでと思っていたが、今では学校内でも有名になるほどの仲の悪さだ。相当合わないのだろう。
「本当に仲が悪いよな、翠と真白」
「仲が良かった時がないね。昔っから私につっかかってくるしさ」
「真白がつっかかってくるのか?」
「そうそう。お兄と私で居たら、ずるいって言って来てたじゃん。今もそうだよ。生徒会長で自分が私みたいに制服を着こなせないから僻んでんの」
「まあ、校則でダメというのは置いとくとして、ファッションっていう点では翠はオシャレだもんな」
校則を破っている以上褒められる事ではないが、翠の制服の着こなしはオシャレと呼ばれる部類だろう。ヤンチャな風貌ではあるが、髪色やメイクと合っているからこそ俺は似合うと思う。
それに、今校則でダメじゃんなんて野暮なツッコミを入れたら二人きりの俺は何を言われるかわかったもんじゃない。
自己防衛の為に、校則はその辺に一旦置いといて翠を褒めた。
俺が褒めると気を良くしたのか、翠は機嫌良さそうににんまり笑って俺の肩をバシバシ叩いた。
「お兄わかってるじゃん。だよね。私オシャレだよね。可愛いよね」
オシャレとは言ったが可愛いとは言っていない。
だがしかし、翠の可愛いよな? と威圧するその瞳に、俺は口を結んで縦に首を振った。
その瞬間、弾けるような笑顔を見せる翠。おいおい、昨日まで会話なんてほとんど無かったじゃないか。どういう変貌の仕方だ。
昨日と今までの違いのきっかけといえば、夜に翠が俺の部屋に乱入した事だが。
「翠、つかぬ事を聞いてもいいか?」
「別にいいよ。今の私は機嫌がいいから」
「……今まで全然俺達会話無かったよな。なんで急に話しかけるようになったんだ?」
まどろっこしい事なく、ど直球で質問をぶつける。ただ反抗期が終わったとかなら嬉しい限りだが、裏があると怖い。
翠の反応はというと、ニコニコ顔から一瞬で顔を赤くしていき、ついには耳まで赤くなっていった。
「し、心境の変化! お兄、デリカシーなさすぎ。女の子の変化は服装とか、髪型とかだけ気にしてたらいいの!」
なんだか誤魔化されたような気がするが、語気を強めて言われた以上これ以上つっこんで聞いてはいけないのだろう。
何気にデリカシーがないと言われたのは傷付いたし。女の子の変化は服装とか髪型だけしか気にしてはいけないのだと、心の中にメモしておいた。今後はデリカシーないとは言われないようにしよう。
「まったくもう」
ご機嫌だった翠はすっかりご機嫌斜めで頬を膨らませている。いやはや、女心とは難しい。
久々に仲良し兄妹が出来たかと思えばこれだ。兄妹仲の雪解けにはまだまだ時間がかかるだろう。
「すまないな。今後は気をつける」
「そうしてよね。……ところでお兄、お昼どうする? このまま食べる?」
「うん。今から戻ってもチャイム鳴っちゃうだろうし食べとく」
「じゃあ、私も」
話題が切り替わり、お昼ご飯の話になる。
翠もお弁当箱が入った緑色の巾着袋をスカートの上に置いた。
俺の弁当より一回り程小さいサイズで、そんなんで足りるのかと言いたくなるが、言ってしまうとまたデリカシーがないだのと言われるのだろう。言葉をグッと飲み込んで、俺は青色の巾着袋を太ももの上に置いた。
巾着袋から弁当箱を取り出し、蓋を開けてみれば予想通り多めのおかずでにやける。唐揚げ、卵焼き、ほうれん草のおひたし、プチトマト、ハンバーグ、ナポリタン。
いつもであればここから二品くらいは少ないのだが、たまにある豪勢なお弁当の日は思わず心が躍る。ありがとう、母さんの気まぐれ。
「じゃあ、お兄。食べよっか。いただきます」
「いただきます」
兄妹揃って合掌して食材に感謝する。そして、俺はまず苦手なプチトマトから口にした。
好きなものは後から食べる派。行儀はよろしくないが、次はほうれん草のおひたしと続いて、ナポリタン、卵焼きを口に運ぶ。
なんともまあ美味しい事。満足して咀嚼していて、ふと翠の手が止まり俺を見つめている事に気付いた。
「翠、どうした? あんまり見られると食べ辛いんだけど」
「え、あ。ごめん。気持ち良く食べてるからついつい呆気にとられちゃってた。ちなみに、卵焼きは美味しい?」
「ん? 美味しいな。一つしか入ってない事が残念なくらいだ。すごく好きだからな」
「……そっかそっか。なあ、お兄。私の卵焼き食べてもいいよ。ダイエット中だし」
俺が卵焼きを褒めると、翠は満足気に頷いて自分の弁当を差し出した。
成る程、ダイエット中なら食べる量を減らしたいだろうな。俺はありがたく翠の申し出を受け取って、卵焼きを掴み口に運んだ。
やっぱりうまい。俺は口元を綻ばせて、弁当に舌鼓をうった。
「ふー、ごちそうさまでした」
俺は空っぽになった弁当箱に手を合わせて感謝を口にする。
ちっさい弁当の翠と同タイミングで食べ終わり、丁度昼休みを終えるチャイムが鳴り響いた。
「愚痴聞いてくれてあんがとね。また、よろしく」
翠は弁当箱を巾着袋に戻すと、最初とは違いニコニコと笑って屋上を後にした。
ふう、ミッションコンプリート。翠の機嫌を損ねなくて良かった。
俺はそっと胸を撫で下ろすと、俺も屋上を後にして教室へ戻るのであった。
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