第6話ゆるい先生は部活の顧問
妹と過ごす昼休みという、高校生になってから一番大きなイベントをこなした俺には午後の授業なんてなんともなく、あっという間に本日の授業が終わっていく。
入学式よりも妹と過ごす昼休みの比重の重さに自分でも驚きを隠せないが、それほどビッグイベントだった。
六限目の終わりを告げるチャイムが鳴り響いて、ざわざわとクラスメイトが教科書を閉じ、筆記用具を片付けはじめて号令を待つ。
かくいう俺も、黒板に書かれた英語の例文を書き上げて、シャーペンを机の上に投げ捨てた。
「よっし、今日は終わりだー。ここはテストに出すからな。覚えとけよー」
担任の
俺は赤いボールペンで、先ほどの英文を四角く囲み重要と記載した。これで中間テストも赤点は免れるだろう。
「じゃあ、授業終わりー。挨拶とかいいからなー」
黄島先生は手でチョークの粉を叩いて払うと、ゆるく授業を終わらせていった。
このゆるさが黄島流。ボサボサのショートカット頭で、黒縁の眼鏡、体育教師でもないのにジャージ。今年三十を迎えたらしく、彼氏も五年程いないらしい。良い人なんだけどな。
クラスメイト達は部活に帰宅にぞろぞろと出て行きはじめ、教室には俺含め数人だけが残った。
「さてと、俺もそろそろ部活行かないとな。蒼ちゃん、俺が行っちゃうけど寂しくて泣いちゃダメだよ」
「大会前だっけ? 大変だな」
「反応が冷たい……。視線も冷たい……。だがそれがいい、ビクンビクンしちゃう」
礼は手提げの鞄を持って立ち上がると、何を思ったか俺が寂しがるとぬかしやがる。
俺は冷ややかな目線でスルーすると、礼は自分の身体を抱きしめて、息を荒くして震えた。ほんのりと頬を染めビクンビクン言う奴を親友と思ってたなんて。自分の見る目のなさを呪う。
俺はなんの反応もせずただただ冷ややかな目線を送り続けると、観念したのか礼は頬をかいた。
「まったく、蒼ちゃんは冷たいなあ」
「礼がアホな事を言うからだ」
「ハハハ。これが俺のアイデンティティだから。蒼ちゃんにはふざける自分らしさね」
「自分らしさをもっと違う形で表現しろよな」
「うん、それ無理。さて、アホな事言ってないで真面目に頑張ってくるわ。蒼ちゃん、じゃあな」
礼はふざけたアイデンティティを熱弁すると、満足したように部活へと向かって行った。あれで実力者だし、全国大会に行くような奴なんだもん、世も末だな。
ふざけ倒した親友の背中を眺めて、呆れるように笑った。
さてと、俺も部活に行かねば。俺はノートと筆記用具をリュックに入れて背負うと、黄島先生の元へと向かった。
「黄島先生、今日は何を?」
「おー、皆野。ちょっと待ってろ。あと二分くれ」
黒板を消している黄島先生に声をかけると、ズボラな見た目とは裏腹に几帳面に黒板を隅々まで消して俺に待機指示を出した。
黄島先生は俺の所属する部活の顧問をしており、いつも何かをする時は指示をもらう。何もない時はただだらだらするだけだが、待機指示が出た以上は何かあるのだろう。
俺は休めの姿勢を取りながら、黄島先生ってなんでこんな几帳面に黒板消すのに身なりはガサツなんだろうとぼんやり失礼な事を考えてた。
「ふう、終わり。さて、待たせてすまなかったな」
「本当ですよ」
やり遂げた顔をしながら謝罪をする黄島先生に、俺は一切の容赦もなくばっさりと切り捨てた。
正直待たされる意味はなかったんじゃないのかとさえ思っている。
「……皆野、男は女が遅れても全然大丈夫って言うもんだぞ。リピートアフターミー、全然大丈夫」
「こんなご時世に男らしさとか無いですよ。あと、英語教師らしい事を変なタイミングで挟まないでください」
「……私の周りの男は常に冷たい」
黄島先生は悲しそうな表情で屁理屈を並べ、誤魔化すかのように俺に問題ないと言うように強要する。
その強要を淡々とツッコミ入れていくと、先生は口を尖らせて教壇にいじいじとのの字を書き始めた。
三十路独身彼氏なしの闇を隠す気もなく出し始めたので、うわ、めんどくさい。と思いながら俺はため息をついた。
「全然大丈夫です」
まったくもって言いたくはなかったのだが、言わないと先生のテンションが残念な事になるので嫌々リピートをする。
その瞬間、先生はやれば出来るじゃないかと言わんばかりに首を縦にふってにんまりと笑った。言わなきゃ良かったな。
「流石は皆野だ。きちんと言えて先生嬉しい」
「はいはい。で、今日は何をするんですか?」
「ああ、要件だったな。本日は生徒会と合同だから詳しい説明は部室でするよ」
脱線してしまった話題を元に戻して、黄島先生に本日の部活のテーマを尋ねる。
黄島先生は思い出したかのように掌に拳をポンと叩いて、予想してなかったテーマを口にした。生徒会と合同とは、なかなかに面倒な香りがする。
「ちなみにどんな事をするんですかね?」
「えーと、なんだっけかなあ」
面倒な事ではありませんように。そう祈りながら黄島先生に尋ねると、黄島先生は手を顎に当てて目を瞑り考えはじめた。
どうやらど忘れしてしまったらしい。ボケにはちょっと早いですよ。と言ったら流石に失礼だろうか。言いたい衝動を抑えて先生が思い出すのを待つ。
「あっ、思い出した。服装指導の支援だった。なかなかに大変だろうけど、支援部として頑張りたまえ。じゃ、部活でな」
先生はケラケラと笑って俺の肩をポンと叩くと、教科書を小脇に抱えて教室を後にした。
一人残された俺は、あまりのめんどくさそうな内容に盛大にやる気が削がれていくのを感じた。
春野に任せて大丈夫だろうか。すっかりやる気をなくした俺は、後輩をスケープゴートにしたててやろうかと頭で考えながら重い足を引きずり部室へと向かって行った。
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