第4話妹ズからの板挟み

 教室にたどり着いた俺は、窓際一番奥の自分史上最高のくじ運を発揮した自分の席に向かう。


 教室には登校している生徒達でほとんど埋まっていた。現在八時十分。ショートホームまであと五分足らず。


 窓の外を見やると、丁度校門が見えるので、何人かクラスメイトが見える。なんなら、真白と翠がまだ言い合ってるのも見える。


 翠は知らないけど、真白はそろそろ切り上げないと怒られるぞ。と、心配しながらリュックを机にかけて、椅子に腰を下ろした。


「おはようさん。お前のとこの妹ズがまた喧嘩してるなあ」


 俺の前の席の佐倉さくら れいが振り向いて、ニヤニヤと窓の外を指差した。


 親友であり悪友である礼は、俺が困ってると嬉しそうにしやがる良い性格の奴だ。


 礼は切れ長の二重まぶたの男の俺から見てもイケメンで、黒髪の短髪の爽やか野郎。高身長、スポーツ万能、成績優秀の三拍子揃った逸材だ。


 そんな非の打ち所がないような礼であるが、俺にだけは本性を出している。保育園時代からの腐れ縁故にだ。


 俺はげんなりしてため息をつくと、礼はポンと俺の肩に手を当てた。


「蒼ちゃん、ドンマイ」


「うるせえ」


「あいた」


 ニッコニコの笑顔で俺をあだ名で呼びながら、同情を口にする礼の頭に軽くチョップを下ろす。


 礼は少し痛がるふりをして、自分の頭を撫でた。


「まあ冗談は置いといて、毎日大変だな」


「本当に思ってるか?」


「少しだけ」


 礼は指先で米粒サイズを表現しながら、俺の同情の度合いを示した。まったく、本当に良い性格してやがる。


「毎日毎日飽きないよな。いつも服装の事で言い合って。近藤も諦めるか、翠ちゃんも近藤の前だけ身なりを整えたらいいのに」


「……あー、いつもは身なりの事でバトルしてるけど、今日の喧嘩のスタートは違うぞ」


 確かに、真白と翠の喧嘩は名物になっていて、翠の服装の事でバトルが勃発している。でも、今日は俺の呼び方で喧嘩をはじめていた。


 なぜ翠が噛み付いたかはわからないけど、仲悪いあいつらの事だ。噛み付く理由があればなんだっていいんだろう。


「そうなの? 珍しい事もあるもんだな。ちなみに、何をきっかけに喧嘩したんだ?」


「俺の呼び方について喧嘩していた」


「……前言撤回。珍しくもなんともないわ」


 興味ありげにがぶり寄ってきた礼に、喧嘩の理由を説明する。すると、礼は拍子抜けしたかのように座り直した。


 え、珍しくないの?


 逆に礼の態度に拍子抜けした俺は、逆に俺の知らないところで俺の呼び方をテーマに翠と真白が喧嘩してるのかと思って不安を募らせた。


 俺の知らないところで変な呼び方しないでくれよ。変なあだ名ついてしまう。


「蒼に……、こほん。蒼司さん、佐倉くんとなんの話をしているんですか?」


 いつの間にやら喧嘩を終えたようで、俺の隣の席に真白が座って、無表情のまま俺と礼の話に混じってきた。


 現在八時十四分。さすがは生徒会長。時間きっちりしている。


 まあ、時間はきっちりしてるが、呼び方を間違えそうになったのは聞き逃さなかったけどな。


「近藤と翠ちゃんが喧嘩していて大変だなって話をしてたんだ」


 礼が先程の会話をまったくオブラートに包まないであけすけに真白に伝える。


 真白は一瞬ぎろりと礼を睨んだが、ほんとに一瞬だけで、すぐに無表情に戻った。


「喧嘩じゃないですよ。注意です。本当、ちゃんと教育してほしいものです。なんなら、私が蒼司さんの家まで行きましょうか。なに、従姉妹ですから恥ずかしがる事もありません」


「従姉妹だろうが、俺が恥ずかしいんだけど」


「何を恥ずかしがるんですか。一緒にお風呂に入った仲ではないですか」


 淡々ととんでもない事をマシンガンのように放つ真白に、俺はたじろいでしまう。


 恥ずかしいと告げた瞬間、真白の口からマシンガンどころか手榴弾レベルの威力の発言まで飛び出す始末だ。


 礼は一連の流れを聞いて、堪え切れなくなってお腹を抱えて顔を伏せていた。


「まあ、前向きに検討して欲しいです。私としては今日からでも指導に行きますよ。あくまで指導の為に行くのですからね」


「わかった、わかったから。前向きに検討するから。だから、声のボリューム下げてくれ」


「絶対ですからね」


 真白に翠に対する指導のお泊りを検討するように念押しされ、俺はなし崩し的に検討する事を余儀なくされる。


 だって真白のやつだんだん声がでかくなってきたし、普段無表情の癖に顔が怖くなったんだもん。仕方ない。


 真白は俺に最後にもう一度念押しをすると、満足そうに黒板の方を向いた。と、同時にチャイムが鳴る。

 ああ、朝からどっと疲れた。


 まだショートホームすら始まってないのに、俺は疲労困憊。


 帰りたくなる気持ちを吐露するように、本日何度目かのため息をついた。


 そのため息と同時にポケットのスマホが震える。ラインでも来たのだろうか。


 先生もまだ来てないし、スマホを取り出してラインを開くと、翠のトーク画面から通知が来ていた。


 恐る恐るトーク画面を開いた俺は、再度ため息をついた。


【真白の事でちょっと愚痴りたい事あるし、昼休み屋上】


 カツアゲのような文章にげんなりし、嫌だ。と送りたい衝動に駆られる。


 翠の機嫌は相当悪いだろう。以前翠と真白が喧嘩のしていたあとに、翠と廊下ですれ違った一瞬ですらめちゃくちゃ睨まれたのを思い出す。


 というか、全然俺達会話なかったのに急になんだよ。呼ぶなよ。


 嫌々ながらも、俺の指は意に反して動くのであった。


【わかりました】

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