第2話いつもの登校、いつもと少し違う登校
妹と久しぶりに会話をした翌朝。スマホから七時のアラームが鳴り響き、俺は停止ボタンをタップして枕に顔を埋めた。
昨日は結局ふわふわとした気持ちのせいで勉強に集中する事が出来ず、深夜までかけて宿題を終えた。
その反動のせいで、すごく眠い。
身体を奮い立たせて、起きようにも身体が持ち上がらず、もう一度意識が遠のいていった。
「お兄! 朝だぞ!起きろ!」
「どわああああ!?」
突如として耳元に大きなアルトボイスが響き、グラグラと脳が揺さぶられて俺は叫び声を上げながら上体を起こす。
何事だ? と声の方向に目をやると、四季高校の制服に身を包んだ翠が、腕を組んで仁王立ちしていた。
翠は今時の女子高生らしく、ブレザーのボタンは全開、ブラウスの裾はスカートから出して、リボンは緩く垂れ下げて、スカートは折り曲げている。
顔もケバくなりすぎないメイクをしており、身内の贔屓目と言われそうだが綺麗に整っている。
「まったく、いつもの時間に起きて来ないから起こしに来てやったんだぞ。感謝しろよ」
「あ、ああ。すまない」
「謝るのはいいから、さっさと着替える!」
翠はプリプリと怒って俺に着替えを促すと、扉を強く閉めて俺の部屋から出て行った。
なんだったんだ、一体。母さんに起こしてくるように言われたのだろうか。嫌なら断れば良かったのに。
昨日からなんとも言えない翠の様子のおかしさに背筋の冷えた感覚を覚えつつ、俺は制服に着替え始めた。
妹と違い制服は着崩さない派の俺は、カッターシャツはズボンに入れて、ブレザーもボタンをしっかり止める。寝癖も整えて、リビングへと降りていった。
「あら、蒼司。起きれたの? そろそろ起こそうかと思ってたんだけど」
「おはよう。翠に起こされた」
「え、翠が? 珍しいわね」
どうやら、母さんが翠に指示した訳ではないらしい。
俺が翠に起こされた事を伝えると、母さんは驚いた顔を見せた。本当に意外そうな顔だ。
じゃあ、翠が自主的に? それこそ母さん並みに意外な顔を俺がしてしまう。
疑問はむくむくと膨らむが、とりあえずはテーブルにつく。
朝食はトーストが一枚。それにバターとイチゴのジャムを塗るシンプルイズベスト。
俺はパクパクとトーストを平らげると、皿を流し台へと運んだ。
「ご馳走様」
「はいはい。あ、お弁当は炊飯器の横にあるから忘れないようにね」
母さんはテレビの前でソファに座りながらコーヒーを啜り、思い出したように炊飯器の方を指差した。
いつもはお弁当を机の上に置いているけどたまに母さんが移動を忘れる時がある。
その時は、何故かお弁当のおかずがいつもより二、三品多いから嬉しいんだよな。
俺は昼休みの楽しみが増えた事に心を躍らせて、お弁当を巾着に入れ、自室へと戻った。
黒いリュックサックにお弁当を詰め込んで、中身を確認していく。
お弁当持った。宿題持った。教科書ノート持った。筆記用具持った。財布持った。ハンカチ持った。オッケーかな。
出発前に必要な事を確認した俺は、弁当や教科書などの必要な物がつまった黒色のリュックサックを背負い、スマホを開いた。
画面に表示されたのは七時五十分を示すデジタル時計。
そろそろ、あいつが来る頃合いかな。予想して玄関に向かうべく自室から出た瞬間に、チャイムが鳴り響く。
予想ぴったりだ。俺は待たせないよう急いで玄関に向かうと、黒髪のショートボブが満面の笑顔で立っていた。
「
俺の後輩である
ブレザーを腰に巻いて、カッターシャツを腕にまくり、翠程ではないものの春野も制服を着崩している。
「お前、制服着崩して先生に怒られてただろう? 懲りないなあ」
「これがあたしのアイデンティティっす」
安っぽいアイデンティティを振りかざし、無い胸を張る春野に苦笑いを浮かべる。
まあ、それが春野らしいと言えば春野らしいから俺は気にしない。アイデンティティがあるのならそうした方がいいだろう。
それに、似合って無い訳ではないし。
「まあ、春野が好きでしてる事ならいいさ。さて、行こうか」
「あ、ちょっと待って欲しいっす。翠ちゃんも一緒っすよ?」
「……は?」
こいつは何言ってんだ?
春野の突然の一言に思考がフリーズする。春野が当たり前のように言った一言が、俺にとっては当たり前でない。
春野は俺と同じ部活で、春野が俺と登下校したいからと一緒に通っている経緯がある。
むしろ、それが俺にとっては当たり前になっていたんだが、その当たり前が脅かされる五秒前。
いや、春野と翠は同級生だから一緒に登校するのはわかるんだけど、なんで俺が翠と登校する事になるんだ。
翠は俺と春野が登校してるのを知ってるはずだ。じゃあ、なんで登校を了承したんだ。
「春野、なんで翠も一緒なんだ?」
つとめて冷静に、春野に質問をすると、春野はキョトンとした表情をした。
「なんでって、翠ちゃんが……」
「お待たせー。桃おはよー」
「あ、翠ちゃん、おはよっす!」
春野が俺の質問に答えようとした瞬間、遮るように翠が階段を降りてきて、春野に向かって声をかけた。
瞬間、春野は太陽のような笑顔で手をブンブン振って翠に挨拶をする。
クソッ、聞きそびれたし逃げそびれた。
俺は背中に汗をかいてぺとりと肌にはりついたカッターシャツに嫌悪感を抱く。
どうしよう、先に逃げるか。今日だけなら逃げれるはず。
「お兄、私も今日から一緒に行くから」
俺の願望虚しく、翠から毎日の同伴登校が告げられる。
俺は観念してスニーカーを履くと、ため息を一つこぼした。
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