妹は兄を好きになってもいいと掲示板に書いてから妹の様子がちょっとおかしいんだが
藤原 悠有
第1話俺の事が大嫌いな妹と、妹萌の兄
【Q.お兄ちゃんを好きになってもいいですか?】
あまりにも衝撃的な内容の一文に、スマホをスクロールする手を止めた。
その文章はネット掲示板の新規相談として挙げられたもので、更新は本当についさっきの時間だ。
魅力的な一文だ。何を隠そう、俺は妹属性を持つ高校生男子だ。
とあるアニメで兄に恋する妹を見てからというもの、そういうのは大好きだ。
俺はその質問内容に対して、光すら凌駕する程のスピードで返答フォームを開いた。
【A.大丈夫だと思います、そんなアニメ見た事あるし】
俺は自分の本能が命じるままに、つらつらと文章を打ち込んで返信ボタンを押した。
どうせ俺以外が真面目に答えるだろう。一人くらいは趣味を答えても構いはしないさ。
俺は極めて無責任にページを閉じると、スマホをベッドへと投げた。
さてと、宿題でもするか。
俺は腰掛けていた肘掛椅子から立ち上がり、リビングへと向かう。
勉強する時はコーヒーを飲みながらと決めているからだ。
俺は立ち上がって二階の自室から電気を消して、一階のリビングへと向かう。
すると、パタパタと階段を上がるスリッパの足音がした。
この音の軋み方は、妹の
聞こえて来た音に対して俺はテンションを下げた。
一つ下で高校一年生の妹とは、中学生くらいから急に嫌われて目を合わせる事もしなくなった。
そのせいか、アニメとか仲の良い兄妹というものに強い憧れをもってしまった訳なんだが。
足音はどんどんと近付いてきて、まずは濡れているショートヘアの茶髪が見えた。
そして、パッチリと大きい瞳に、小さな鼻、凛とした唇と整った顔が続く。
モコモコのピンクのパジャマで身を包んだ身長一五〇センチもない真白の全身が姿を現し、俺を視界に捉えるや否や、すごく嫌そうな表情をされる。
「邪魔」
翠は、道を譲れと言わんばかりに壁の方を指差して俺に避けるよう誘導する。
右手には緑色のマグカップを持ってるし危ないから避けてあげた方がいいだろう。
渋々と言うことを聞いて壁際に寄ると、翠はフンと鼻を鳴らして通り過ぎて行った。
はあ、あんな子じゃなかったのになあ。もう一度お兄ちゃんと言われたいもんだ。
少々心を痛めて俺はリビングへと向かう。
リビングの扉を開くと、お母さんが皿を洗いながらテレビを見ていた。
「あら、
「うん、そうだよ」
俺に気付いた母さんが、皿を洗う手を止めて食器棚から俺の青色のマグカップを取る。
この時間に俺が来たらいつも持っていくからな。すっかり母さんもわかっていてくれてありがたい。
俺は母さんからマグカップを受け取ると、コーヒーメーカーにマグカップを乗せてボタンを押した。
コーヒーメーカーから蒸気が沸いて、コーヒーが抽出されていき、良い匂いが広がっていく。
「そういえば、蒼司も翠も試験前だもんね。翠もコーヒー持ってったし」
「え、翠が? あいつ、コーヒー苦手じゃなかったっけ? カフェオレじゃなくて?」
「カフェオレじゃないわ。知らなかったの? あの子毎日飲む練習してたんだから」
「へえ。好きな人でも出来たのかな? そいつがコーヒー好きだから、合わせる為にとか」
「あり得るかもしれないわね。お父さんにはバレないようにしないと」
翠はコーヒーを飲めるようになったのか。
母さんからの情報により発覚した事実から、翠の成長を感じさせられる。
あいつも大人になったもんだと感慨深いが、それが彼氏が出来た事による影響なら、親父にはバレると厄介だろうな。親父、娘大好き星人だし。
現在絶賛単身赴任中の親父を哀れみ、心の中で合掌した。ドンマイ親父。娘離れする良い機会だな。
「まあ、口滑らさないようにしなよ。じゃ、俺部屋に戻るから」
マグカップを手に取って、母さんに釘を刺す。
はーい。という軽い返事に若干の不安を感じつつ、俺は二階へと上がって行った。
俺の部屋の前に着くと、足を止めてドアの隙間から漏れる光に視線を落とした。
なんで電気がついてるんだ?
俺は基本的に部屋から出る時は電気を消して出るし、確認したつもりだ。
まあ、多分消し忘れてたか、ボタンが二回当たって電気ついたかだろう。
特に気にも止めず自室の扉を開けると、俺の肘掛椅子に座って腕を組んで顔を真っ赤にしている翠が俺を出迎えた。
これ、なんてドッキリ?
仲が悪いはずの妹が、なぜか俺の部屋にいる。
そして、なぜか顔を真っ赤にし何かを隠すかのように右手を後ろに回していた。
なぜかの連続で混乱を受けている俺を見兼ねて、翠は口を開いた。
「早く入ったら?」
なんで俺の部屋なのにそんな偉そうに言われるんだ。
まったくもって納得しかねるが、お母さんが上がってきても面倒なので、扉を閉めて部屋に入る。
「何のようだ?」
俺はベッドに腰掛けて、招いた記憶のない来訪者を見つめながら簡潔に用件を尋ねた。
まったくもって理由がわからない。俺はずっと嫌われていると思ってたし、今でも思っている。
翠が俺の部屋に来たのも数年ぶりくらいだ。だからこそ、真意が読めない。
翠はというと、口を開こうとすれば閉じて、俺を見つめたと思えば視線を落とす。一向に話す気配のない、翠に業を煮やして俺の方から口を開いた。
「何かあったのか? 俺でよければなんでも聞くぞ」
嫌われていても、俺からすれば大事な妹だ。要件はわからないけど、無下にする事もないだろう。
俺の言葉に、翠は意を決したように後ろに隠していた手を俺の目の前に突き出した。
その手には、一枚のコピー用紙。よくよく見てみれば見覚えのある文章が記載されていた。
【Q.妹はお兄ちゃんを好きになってもいいですか】
【A.大丈夫だと思います、そんなアニメ見た事あるし(ベストアンサーに選ばれました)】
それは、ついさっき俺が答えた掲示板の質問と俺の返答の書かれたページのコピーだった。しかも、この質問者のベストアンサーに選ばれていたらしい。
いや、そんな事よりもなんで翠がこのページのコピー持ってるんだ。意味がわからないぞ。
もしかして、返信とかしてる時に声が漏れててたまたま翠が聞いていたとかか?
そうだとしたら最悪だ。ただでさえ嫌われているのに、好感度が下落して地の底どころか、その底を割ってマイナスまでふりきってしまうだろう。
だから、翠は顔を赤くしているのかもしれない。こんなのが兄なんて恥ずかしいと思ってるに違いない。
「こ、これなんだけど、どう思う?」
この変態! 気持ち悪い! と、罵倒されると思っていただけに、翠の予想外の質問に面食らう。
とりあえず俺がこの質問に関わってたのはバレていないっぽいが、そうだとすれば今の翠の反応はつまりはどういうことなんだろう。
「いや、特になにも」
「ああん?」
どうやら回答が翠の意に沿わなかったようだ。今まで目も合わさなかったはずなのに、今はえらい勢いでメンチを切られる。
妹はいつのまにヤクザになったのだろう。お兄ちゃんは悲しい。
「ま、まあ、多種多様な考え方をするのが現代社会だからな。そんな考え方もあるんじゃないか?」
「だよね?」
取り繕うように別の意見を提示すると、途端に翠が食い付き同意する。
どうやら返答の正解を引いたようだが、正解の理由がわからない。
だが、翠が嬉しそうだし機嫌が悪くないのならいいか。
「お兄もわかってるじゃない。やるー」
「え? そ、そうかな?」
「うん、私も同意見だから。こういう考え方、現代社会では当たり前だよね」
「あ、ああ。そう思うよ」
「うんうん。あ、聞きたい事聞けたから戻るわ。じゃねー」
どうやら俺の返答は翠的には百点満点だったようだ。ご機嫌そうに頷くと、嵐のように俺の部屋から去っていった。
一人取り残された俺は、妹の真意が結局わからないまま頭をひねる。
だが、いくら考えたところで答えを教えてもらえなかった以上答えは出る事もなく俺はぬるくなったコーヒーを啜った。
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