もしも悪役令嬢が世紀末覇者だったら

ナナハシ

もしも悪役令嬢が世紀末覇者だったら



「ゴンザリア……お、お前との……こ、婚約を……その……」


 ゴンザリア・ベルベーラは、ベルベーラ公爵家の令嬢である。

 身の丈は2メートルを越え、その肩幅や胸板は、大陸中のどの男よりもデカい。

 上質な素材で仕上げたお気に入りのドレスは、目の覚めるようなピンクである。


「聞こえんなあ……」

「ひぃ!」


 眼光は鋭く、背後にはどす黒いオーラが立ち昇っている。

 相手が言いたいことはわかっている。

 ボキリバキリと拳を鳴らしつつ、ゴンザリアは王子に詰め寄っていく。


「言いたいことがあるなら、はっきり言えい!」

「は、はいぃぃ!」


 王子の股間は、すでに失禁によってビショビショである。


「そ、そそそ、その……! 貴方との婚約を……は、はは……ははは、破棄させて……頂きたく……ゴニョゴニョ……」

「ぬうぅん!」


 王子の言葉を聞き届けたゴンザリアは、なんと片手で王子の胴体を鷲掴みにした。


「ひいいい! お許しを!」

「いいや許さぬ! しねぃ!」


 ゆっくりと振り上げられた平手が、激しく王子の頬に打ちすえられた。


「ぬうぅぅん!」

「ゴフー!」


 王子は錐揉み状に回転しながら、反対側の壁まで吹っ飛んでいった。

 グシャリという音とともに、壁に亀裂が走る。

 そして跳ね返り、床に叩きつけられて2度3度とバウンドする。

 もはや、王子の息はなかった。


「下らぬものを叩いてしまったわ……」


 ゴンザリアとしてはビンタを張る程度の気持ちであった。

 本当は、心優しい令嬢なのである。

 幼少よりの婚約を破棄されて、ビンタ程度ですまされるというのなら、それは本来、ありえないほどの僥倖であろう。

 しかしそのビンタには、竜の尾に打たれるが如き威力があった。


「乙女心が傷ついたわい……」


――コホオオオォォォ。


 ゴンザリアは独特の呼吸法で気を練り、精神を落ち着かせた。

 その場にいた誰もが、恐怖のあまり動けずにいた。


 正ヒロイン?

 そのようなものは、とうの昔にいない。

 城の中庭でイチャコラしているところを目撃されて、肉片に変えられてしまったのだ。


「ああ、真実の愛はどこに……」


 やがてゴンザリアは、静かに王宮を去っていった。

 自分より強い男に会うために。

 本当の愛を取り戻すために。


 それからというもの大陸各地の戦場に、ピンクのドレスを着た怪物が出現した。

 その怪物が大暴れしたため、本来の戦争にならなかった。

 やがて大陸中の国家が団結し、その討伐に乗り出した。


 それからはや半世紀。


 王宮を去った公爵令嬢は、まだ戻らない。


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