第64話

 ランク上げをしながら王都アルマを目指す。一口にそう言ってしまう事は簡単だったが、その道のりはとても困難な物だ。


 なにせこのマグランシアの首都シャンズから王都アルマまでは、直線距離でもおおよそ800km以上ある。移動専用の馬車を利用したとしても1か月程度は平気でかかる計算だ。


「誤算だったわね⋯⋯戦争に行く人間なら困窮してるタイプが多いと思ったのに」


 金銭的に余裕のある俺達は、早めに首都へと近づき、そこで依頼をこなしながらランクを上げよう、という話で纏まった。しかし、実際に移動しようとなると、移動専用の馬車はどこも満員。需要と供給が噛合っていない状態だった。


 戦争特需という奴だ。人員だけではなく、食料や武器も大量に必要になって来る。馬車を扱う商人たちには格好のチャンスとなるこの状況で、空荷のままのんびりとしている訳がない。告知が出るや否や、早々に大移動が始まってしまっていたのである。


 この街に滞在する貴族のボンボン達も同様だ。約半数の者が勉学を切り上げ、一時帰国という形を取っているらしい。なんでも、貴族たる者であれば平民より先んじて戦に臨むというのが当然であり、遅れることは恥とも言われているらしい。


 階級格差による差別は当然ある。だが、何もかもが貴族優位という訳ではないという事が判っただけでも重畳ちょうじょう。地球では稀に耳にすることもある貴族の義務ノブレス・オブリージュと言う物が、この世界でも働いていると知れただけでも大きな収穫だ。


 しかし、この状況は俺達にとってはあまり宜しくない。戦地である魔族領はマグランシアの西、アルムシアの北に位置している為、最悪の場合はここから赴くという事も考えてはいたのだが、それではあまりにも情報が少なすぎるのだ。


 目的は戦争に参加する勇者の動向であって、戦争そのものはさして重要ではない。広大な土地を当てもなく探し回る等という状況は、御免被りたいというのが正直なところだ。せめて勇者のご尊顔と、は確認しておきたい。その為の移動は、早くも頓挫しそうであった。


「馬車の中身を買い上げて移動に使わせて貰うってのは?」


「馬車自体が居ないわ」


「馬の一頭だけでも手に入れば⋯⋯」


「軍馬は売って貰えないし、農耕馬じゃ旅には耐えられないわね」


 ぐぬぬ⋯⋯。色々と考えてみたが、八方ふさがりという状況だ。新たに街に来る馬車達も、既に予約で埋まっているという有様。こういう所でも冒険者のランクと言うのが幅を効かせる様で、上位の者から順次移動を開始しているらしい。


 高額な賃金を振りかざした所で、信用第一の商人には効き目が薄い。高ランクであればそれに応じた報酬も出されるという事もあって、目先の金銭よりも実利を取る者が多いのだ。


 万が一、自分が送り届けた冒険者が英雄並みの働きをした場合、それだけでもが付く。戦争終結後にはそう言った物が有利になるという事らしく、低ランクの俺達がお眼鏡に適う事はない。


 普段からしっかりと鍛錬をこなし、能力を上げた者が得をする。それは転生前の日本でも同じ、いたって普通の事なのだ。


「ふっふっふ!それならボクに秘策があるヨー!」


 そこで救世主とばかりに声を上げたのがシャル。しかし内容は秘策というより奇策だった。


「ボクが馬の代わりになって二人を運べば解決ジャン?」


 馬車ならぬ獣車、いや猫車か?猫車と表現すると、前世の手押し一輪車を思い浮かべてしまうが、シャルが小さな荷台を引き、俺達がそれに乗って移動する形が今回の策だ。大型の魔獣であればそう言った事に利用される事もあるらしいが、シャル一人で果たしてそれが可能なのか、色々と悩む所はあるが、現状はそれしかないだろうという事で話が纏まってしまったのである。


 幸いなことに、従魔に荷物を引かせる為の装備類は防具店で見つけることが出来た。ジャケットに鎖を装着し、後ろの荷物を引くというスタイル自体は、それなりに確立されているらしい。


 だが、人間を運ぶとなれば話は別だ。シャルを拾ってから既に1年、身体も随分と大きくはなったが、まだ成体というには少し心許無い。そんな彼女に負担をかけるのは申し訳なかったが、背に腹は替えられない。頑張って貰うしかないだろう。


「言っておくけどボク、そこらのグレイキャットとは別物だよ?なんなら今はオルトより強い自信だってあるもんね!」


 おっと、普段目立った活躍をすることが無いシャルに喧嘩を売られてしまったぞ。確かに俺はここ1か月程の間鬱々うつうつとしていたが、流石にシャルに負ける程耄碌もうろくしちゃいない。折角だし、その喧嘩買ってやろうじゃない。


 しかしその喧嘩、即クーリングオフとなるとは夢にも思わなかった。


 シャルはロザリアの訓練についていくかたわら、こっそりと他の訓練を盗み聞きしながら技術を学んでいたらしい。人で無いので訓練所で学ぶ事は出来ない。だが彼女の能力を持ってすれば、盗み聞きくらいはいとも容易い。そうして得た知識は、俺を敗北させるには充分な程だった。


 補助魔法。基本的にはパーティが前提となる魔法で、パーティの能力を何倍にも引き上げるための物だ。バフと呼ばれる味方の強化魔法と、デバフと呼ばれる敵の弱体化を主とした魔法。その組み合わせは驚くべき性能を発揮する。


 なんでもシャルは、既に上級補助魔法まで取得してしまったと言うのだから開いた口が塞がらない。基本的にステータスを開示することが無い従魔というポジションなら、スキルや魔法を覚えるという事を制限しなくていいのだ、と鼻を高くして語っていた。


 シャルは自身に『加速アクセラレート』を始めとした数々の補助魔法を掛けると同時に、荷台や俺達にも複数の魔法を掛け、そして荷台を引く。驚くことにそのトップスピードは、時速70kmを超えるのではないかと思える程、ただひたすらに速かったのだ。


「馬車よりはえーじゃないかシャル!いやシャル様!!俺の負けだ!少し速度を落としてぇーー」


「あははははは!シャルちゃんもっとーーー!!」


 快適とは言えない狭い荷台、ちょっとした段差で大きく車体は跳ね、気分はさながらジェットコースターと言わんばかり。ロザリアはその状況が楽しくて仕方ないのか、終始笑いながら楽しんでいた。だが俺はその状況をあまり楽しめない。ていうか怖い。昔からこういうのはあんまり得意じゃないのだ。


 途中、何度も他の馬車を追い抜いていく様は、他の冒険者から見れば随分と奇異な状況であっただろう。土煙を上げて暴走する獣と、荷台に乗った二人の冒険者。


 あまりにも速度が出るものだから、うっかり魔物と思われて矢を射られかける一幕もあった程だ。驚かしてしまって申し訳ないと荷台から頭を下げるも、尚もシャルの暴走は止まらない。


 結局俺達は、馬車なら2日かけて移動する距離を、たった1日で踏破してしまう事となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る