戦禍

第63話


 精霊たちとシャルの情報収集の結果、魔族との戦争が開始されるという告知が出回っているらしい。


 とは言っても今すぐという訳では無く、新年から開始される侵攻作戦への参加者を募集するための物という事だ。


 勇者と呼ばれる存在が、その陣頭指揮を取り、隣接する魔族領へと進行する。蜂起したのは勇者召喚を成した神聖国アルムシア。つまり、勇者の準備が整ったという事であろう。


 よくある魔王と勇者の物語と言えば、冒険の果てに勇者率いるパーティが成し遂げるもの、といった感じだが、今回はそうはならなかったようだ。


 軍事侵攻を行い、領土を奪取する。そういう目的なら当然多くの人手が必要となる。新年と共に国境沿いに配備した軍隊を投入し、確実に敵の領土を削っていく。そういう作戦だそうだ。


 勇者のパーティは遊撃部隊として駆り出される、という事まで前もって告知されている。魔族の領土内を暴れまわり、敵の統制を崩す。その援護の為、各国から冒険者を広く募集するというのが告知の目的らしい。


「新年まではあと半年くらい、結構余裕あるわね。どうするオルト?」


 当然、向かうべきだろう。仮に勇者が志半ばで倒れる事があったとしても、俺達の目的から見ればそれはプラスだ。しかし、彼を日本に送るという事は諦めなければならなくなる。今の俺には、どうしても見て見ぬ振りが出来ない事案だ。


 送り返すなら、せめてルカの様に。そんな理屈を受け入れて貰えるかは未知数だ。だが、それでもやらなければならないだろう。争いの果てに勇者を返すのではなく、話し合いの末に返す。そういう方向で世界が救えるのなら、どんなに良い事か。


「アルムシアで行われる聖樹祭で勇者のお披露目があるらしいから、それに合わせて王都アルマに向かうのが良さそうね」


「聖樹祭?」


「日本で言うなら冬至にあたる日に、王都に位置する聖樹ユグドラシルが光り輝くそうよ。旧新年祭とも言われてるわね」


 新年の定義は地球でも様々だ。1月1日という新年は、かつて軍事行動の為に定められていたという。この世界でも、恐らくはそういったしがらみで決められたのだろう。旧くは自然の力、神秘の力によって定義され、現在は人の都合によって新年が決まる。聖樹祭は、その名残りという訳だ。


「最も闇が長い日に、淡く緑に発光する大樹。お話には聞いてたから是非見てみたかったのだけど、観光に来たわけじゃ無いから諦めてたわ。それがこんな形で叶えられるだなんて、複雑だけど感謝しなくちゃね」


 戦争の為の準備、そういう事なら観光を楽しむことは不謹慎とも思われるかもしれないが、少なくともこの世界では戦と祭は切っても切り離せない関係だ。死者が絶えないこの世界では、悲しみに暮れている暇などない。笑って弔い、次へ進むのが日常だ。そしてそれは、今の俺に足りない物でもある。


「いい切っ掛けといえばそうかも知れないな。郷に入れば郷に従え、なんて言葉を思い出したよ。時間は掛かったけど、ルカを弔う意味でもその祭を楽しみに行こう」


「戦争の方はどうするの?」


「当然、参加するよ。魔族側に転生者が居ないとも限らないし、判り切ってる勇者の動向もきになるしね」


 勇者率いるパーティは既に満席。可能ならクランメンバーとして加入出来れば、一気に勇者と近づく事も出来るのだが、現状では少し難しいだろう。


 いくらロザリアが稀代の天才と持て囃されようとも、俺達『白兎ホワイトラビット』はいまだにCランクだ。個人ランクもまだDと低い状態では、いくら技術があったとしても認められるのは難しいだろう。


 特に、アルムシアではその傾向が強い。以前に師匠から聞いた話でしかないから実態は分からないが、厳格な階級制度が敷かれているという話だったのだ。


 貴族という生まれながらの階級と、冒険者と呼ばれる実力主義の階級。その二つがどう折り合いを付けているのかは分からないが、いずれにせよ能力が低ければ恩恵にあずかれない、というか酷ければ迫害される事もあるのでは無いだろうか。


「少なくとも、勇者のお披露目とやらを見にいける程度にはならないとな。流石に王都入りの条件とかは無かったよな?」


「一応亜人は入れない事になってるわ。そういった人達でも実力者であれば、特徴的な部分を隠す事で王都入りを認められるケースもあるらしいけど」


 思っていたより根が深いという事か。そういえばそういった話も師匠に聞いていた気がしないでもないが、あまり気に留めていなかったな。


 そう言う事ならシャルは大丈夫だろうかと少し気になったが、従魔という形なら基本的には問題ないそうだ。王都近隣の街では亜人が奴隷として働いているケースは珍しく無く、キチンと上下関係さえ証明されていれば大丈夫という事らしい。


「むしろその価値観が問題な気もするんだが、それを言うのは野暮なのかな」


「⋯⋯随分と改善はしたらしいわよ。亜人の迫害が元で内乱が起きたって事もあったらしいし、使い潰されることは無くなったとは聞いてる」


 少し話題が逸れてしまった。迫害や差別等は、現状の俺達にどうこうできる問題では無い。何か出来る事は無いかと思う事はあっても、そこまで労力を割ける訳でも無いのが辛い所だが、自身の目的はハッキリとさせておかねばならない。


「王都入りは問題ないとして、それまでの間に多少でもランクを上げておく必要がありそうだな」


 訓練だけでは冒険者としてのランクを上げることは出来ない。キリの良いところで修行は切り上げ、依頼をこなしながら南下するのがベストだろう。そうと決まれば、準備を始める必要がある。


 クランハウスはどうしようかという話題になったが、ルカも去ってしまった現在では若干割高感もある。早々に引き払って、再び宿暮らしへと切り替えるのが無難だ。


 戦争の為の準備が、着々と進んでいく。これを止める手段は俺達には無いが、この状況に便乗する形で世界を救う事は出来るだろう。


 戦争というのは決して良いものでは無い。理由はどうあれ人が死ぬ。例え世界の滅びを防ぐことが叶ったとしても、人の営みが消え失せてしまっては意味が無い。


 世界の構造というのは、単純ではない。何が正しくて何が間違いなのか。戦争さえ無ければ人は幸せなのか、戦争を起こして魔族との争いに終止符を打てば平和になるのか。事前にその答えを知ることは出来ない。


 ロザリアの『未来予知』なら、ある程度まではそういう判断も出来るだろう。だが、あくまでそれはロザリア視点の話だ。彼女が幸せを感じたからといって、必ずしも世界が正しい方向に進むとも限らない。


 俺達に理解できているのは、この世界が滅ぶという事だけだ。それだけは確実で、それを防ぐ事が出来るのは恐らく俺達だけだろう。平和な世界を求めるわけでは無く、あくまで世界の存続を目指す。まずはそれが先決だ。

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