第65話

 あっという間の国境である。移動用馬車なら途中で馬を交換しても2日、荷物の輸送用なら更に時間が掛かる道程が、シャル輸送であれば1日。ロザリアの『無限収納』を考えたら流通に革命が起こるのではと言える程である。冒険者家業を引退してもコレで食っていけるのでは?と考えたが、そもそもルカの遺産が山ほどあるので働く必要が無いという事にも気付いてしまう。


 これはアレだ。間違いなくニートまっしぐらだ。


 全てを終えたら、そういう自堕落な生活も良いかもしれない、なんて考えるが、今はまだその時では無い。やるべきことをすべて終えた時の事など、その時になってから改めて考えるべきであろう。


 神聖国アルムシアへと卒なく入国した俺達は、一路、城塞都市キュクロテーへと向かった。マグランシアとアルムシア、そして魔族領に隣接するこの街は、国防の要とも言える街だ。とはいえ、人間の国である両国の関係は良好。お互いににらみ合っている間柄では無いので、実質魔族領向けの砦といった形を成している。


 魔族領側に高く、強固に張り巡らされた城壁は、今まで見てきたどの街よりも堅牢である事を窺わせた。高さは20m近くにも及び、厚さも5m以上あるだろうと思われる城壁が2重構造で配置されている。正に要塞である。


 街中の建物も殆どが石造りだ。整然と配置された建築物は武骨な印象を与えており、観光や娯楽といった物とはほど遠い印象を受ける。あくまでここは戦地に赴くための拠点、そういった味気の無い造りをしていた。


 戦争時はここから出兵する者も多いらしく、街には統一されたプレートアーマーを装着している者が多い。シャンズでは学生が多かったせいで、この街はとても異質に思える。これから戦争が始まるのだという事実を、否が応にも感じさせられる。


 冒険者という根無し草では無く、兵士と呼ばれる一国一城に仕える者たち。戦争の為にそういった者が集められている様は正に圧巻の一言だ。街の至る所で金属の擦れる音が響き、人が多く賑わっている筈なのに空気は冷たく感じる。とても不思議な光景だ。


 街に到着した俺達は、まず真っ先にギルドへと向かった訳だが、ここも随分と盛況なようだった。聞けば既に魔族との小競り合いが頻発化しているらしく、戦争の告知は魔族側にも知れ渡っているとの事だった。


 開戦はあくまで新年からだ。だが、それで国境付近が静かになると言う事はない。大規模な争いに発展する前に力を削ぐ為に動き出す者や、はたまた戦争回避の為に動き出している者も居るという事だ。


 ギルドでの情報収集の結果、今回の戦争を仕掛ける対象は、一番領土の狭い所らしい。魔族領というざっくばらんな分類しかしていないが、魔王と呼ばれる存在毎に領土が分割されているという。


 その辺は人間の国と大きく変わらない。魔族側からすれば、こちらは等しく人間領なのだろう。魔族の国にも名前くらいはついているのかも知れないが、そこまで聞くことも無かった。戦争が成功すれば消えてなくなる国、その名前等、誰も興味を持っていないというのが現状だ。


 他の隣接する魔族領の動きもあるらしく、小さな領土とはいえかなりの魔族が集まってきているという情報も散見された。向こうも戦争に向けて準備を進めているという事だろう。


「暫くはここを拠点にするのが正解かな?シャルちゃんのお陰でギリギリまではランク上げ出来そうな感じだし」


「だがもうすぐ冬の時期じゃないか?雪が積もれば移動は厳しくなるぞ」


 大陸中央付近のこの土地では、夏と冬の寒暖差が激しい。幸いな事に雨には恵まれているらしく緑は豊かなのだが、冬ともなるとそれが仇となる。大雪に見舞われた場合、そもそも移動が不可能になるといった状況もあるのだ。


 ただ戦争に参加するだけならこの街か、もう少し南側に配置されている砦の方が適切だ。開戦と同時にここは最前線になる。手柄を挙げ、報酬を得るつもりなら最もベストな場所と言っていい。


 だが、俺達の目的は勇者だ。少なくとも一度は姿を確認しておかなければ、探し出す事も困難。噂では既に王都入りして最終調整を行っているらしく、俺達も王都入りする必要がある。


「その辺はもう、神頼みでもするしかないんじゃない?先に王都入りしてしまうのが確実だけど、その場合はまずランク上げは不可能よ。行った所で勇者の姿すら拝めないなんて事になったら目も当てられないわ」


 勇者のお披露目。その式は聖樹ユグドラシルの正面に位置する広間で行われるという事らしい。かなりの広さはあるが、そこに参列するためには貴族かBランク程度の実力が必要だという。ロザリアは貴族ではあるが、現在は名前を偽って冒険を続けている。身を明かせばそれなりに融通は効くだろうが、同時に面倒事が増える可能性もある。


「最悪パレードの方を見に行けばなんとかなるかも知れないけど、戦場の配置で勇者から遠ざけられても意味ないしなぁ。駆け付けられる位置くらいは確保したいよね」


 悩み事は多い。そもそも残り2か月半程度でBランクまで到達出来るかどうかも分からない状況で、更には勇者の近くに配置されるかどうかも分からないのだ。やるべきことが多すぎるが、足を止めるわけにも行かない。最善最短を目指す必要がある。


「ま、移動に関しては私の能力でなんとかしてみせるわ。何せ天気予報ですからね、ふふ」


 こういった状況に役立つのがロザリアの『未来予知』だ。特に天気に関しては、まず外れる事が無いと彼女は言う。人の意志とは違い、自然現象と言う物はなるべくしてなっている。だが、あまり使って欲しくはないという想いもあり、心境は複雑だ。


「精神的な部分はアレよ、毎晩だっこしてくれるなら全然問題無いわ!」


 うーん。恥ずかしい事をさらっと言うようになったなこのお嬢様は。一体誰の影響なんだか分からないが、背に腹は替えられない状況であるのも確かだ。ここは彼女に一任し、取りあえずはランク上げに勤しむのが正解であろう。


 先ずは仕事、兎に角仕事だ。早めにこなせばこなすほど、スケジュールに余裕が出来る。それに本格的な魔族、魔物との対決というのも、早めに慣れておく必要がある。ここである程度依頼をこなせば、そういった力もすぐに身につくだろう。

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