第3章

平穏

第58話

 エルフ国フルドラは、モルヴォーイの北西に隣接している。南西にはマグランシアが存在しているため、海岸線沿いにフルドラへ入国、そのまま南下してマグランシアへ向かうと言うのが今回のプランだ。


 エルフの国などと言うが、都市が形成されている訳ではない。彼等は非常に閉鎖的で、例え同じ種族であろうとも警戒を緩めない。各部族ごとに隠れ里的な集落を形成して森に潜むのが彼等の生活スタイルで、国土の殆どは深い森に包まれている。


 彼らは狩猟者だ。長い年月ずっとその生活を維持しており、生活圏を脅かすものは容赦なく排斥する。そうして生まれたのがこの国、この領土だそうだ。


 折角エルフの国と言うくらいなのだから、彼等と交流を持つことに期待していたのだが、残念ながらそれは適わない。彼等を刺激せぬように移動し、隠し財産を回収したら即移動というなんともわびしい旅路であった。


「閉鎖的な分化のお陰でこういった隠し物に向いとるのよ。この国に態々入る冒険者なんてもの殆どおらんしな」


 ルカは笑いながら説明していたが、折角の亜人との交流が空振りに終わったのは悲しい。国を出たエルフなら交流は難しくなく、マグランシアではそこそこ見かけるという事だったのでそれに期待するしかない。


 ともあれ、肝心の隠し財産を目の当たりにした時は流石に興奮した。まさに財宝の山である。武具の類はただの荷物でしかないからと売り払い、全て金貨として蓄えられていたその財宝は、眼が眩むという表現が的確だった。


 『不老不死』の能力で食事すら必要のないルカは、殆ど金の使い道が無い。だから貯める事に関しては何の苦労も無いそうだが、そもそも貯める必要すらあったのかは疑問だ。暇つぶしだと彼女は言っていたが、それにしては多額と言っていい。


 隠し財産の回収が終わると即マグランシアへの入国、そのまま首都シャンズへと向かう。道中は比較的穏やかで、魔物と遭遇することは殆ど無かった。言ってみれば休暇のようなものだが、それはそれ。首都でしっかりと1か月の休暇を取る事を確約させられてしまった。


「おおー!なんか変なカンジだねこの街!!」


 首都シャンズに着くなりシャルが声を上げる。他の国とは異なるその風景は、確かに面白みにあふれている。特に目につくのが学生だ。以前は魔法のみを研究するために設立されたという街が、次第にその裾野を広げつつ巨大化したという。


 現在では細分化されたあらゆる技術の研究開発をモットーとしており、学生という形で多くの者がこの街に滞在している。


 数年かけて学ぶシステムはもっぱら貴族の集まりだ。各学園にて支給されている制服をまとった姿は、転生前の暮らしを思い出させる。他にも冒険者と思われるような人達もまばらに居るが、大半は武装を解除しており、この街に長く滞在している事を想像させられる。


「我は先に身分証明を申請しに行く。滞在許可書だけでは不便だからの。ついでに冒険者登録も行う事としよう」


「ボクもついていくー!」


 早速とばかりにルカとシャルが離れていく。気を使ってくれるのは有り難いが、流石に露骨すぎる。二人の意図に気付いてしまい、俺とロザリアはちょっとモジモジしてしまうが、気を取り直して休暇を楽しむ事としよう。


「とはいえ、1か月はちょっと長すぎるよなぁ」


「確かにね。身体もなまっちゃいそうだし」


 折角なので俺達は街の散策と、全員で泊まるための宿を探すためにブラブラしていた。ロザリアの精霊とシャルが居れば合流は難しくない為、とりあえず適当に散策しようという事になった。


「ある程度長居するつもりなら、クランハウスを利用するのがいいかもしれないわ」


 宿については、ロザリアに案があるようだった。大人数かつ長期間の滞在となると、宿屋よりもお得なサービスが存在しているという。


 冒険者のパーティ登録は、最大5人までと決まっている。これは依頼側の都合や、ゲン担ぎという物で決まっているそうで、それ以上のメンバーの追加は不可能。その為、複数のパーティを纏めるクランというシステムが生まれたそうだ。


 補欠という意味合いもあるが、クラン内で適切なパーティを組みなおしたりクラン単位で仕事を引き受けたりだとかいう側面もある。そういったシステムを支えるために生まれたのがクランハウス。言ってみれば拠点だ。何かあっても合流出来る場所さえあれば、色々と面倒事にも対応しやすい。


「街の税収にも寄与できるしwin-winってワケか。この国は魔族領にも隣接してるんだっけ?冒険譚ぼうけんたんには事欠かなそうだな」


 肝心なのは勇者の情報だ。だがその情報を積極的に収集することは禁じられている。今は休息が第一の為、可能な限り面倒事には手を出すなという事らしい。


「私はここで魔法を学ぶつもりもあったし、いっその事3か月のコースでも受けてみるのもいいんじゃないかしら?それならシャルちゃん達も文句は言わないと思うわ」


 確かに、それなら1か月の休息より大幅に長くなるし、危険な事も少ないだろう。訓練と休息を両立したければ、その程度の期間を提示した方が説得もしやすくなるという算段だ。


 以前、トールを仕留めた際には、ダンジョンマスターの時の様に地球の創造主が現れなかった。その為、残り時間に関してかなり不安な要素はあったのだが、ロザリアの『未来予知』では20年を超えているとの事だった。しかも以前ほど明確なリミットではなく、時期もズレてあやふやになっていると言う。


 それだけの時間を捻出できたのなら、3か月の訓練期間と言うのはそれほど手痛いマイナスでもない。なんなら1年くらい使ってもお釣りが出るほど順調だ。


「コースに関しては追々ね。ざっと聞いただけでも凄く細かいから、受けるとしてもゆっくり考えた方がいいわ。まずはクランハウスを探しましょう」


 早速見つけた斡旋所で、建物の詳細を聞くことになった。だが、二人で決めるには少々情報が多すぎる。大き目の宿の一室から、貴族の所有物かと思われる豪邸まで。使用人付きの物件まで存在するらしく、兎に角ピンキリ。値段を考慮する必要が無いというのも影響している。選びたい放題というのはそれはそれで悩む物なのだ。


「あー、見れば見る程魅力的な物件ばかりで悩むわね」


「ボクはお風呂がついてればドコでもー!」


「我はデカいベッドな!ふかふかの!ふかふかのな!!」


 結局決めきれず、用件の済んだ二人と合流して物件を見てまわる事になった。カイショーナシとシャルに罵られるハメになったが、こればかりは仕方ない。全員で住む場所なら、やはり全員で決めるのが筋という物だろう。


 散々物件を見て回った結果。中心街から少し離れた物件を借りることに決まった。休暇も兼ねているのだから、静かな方がいいと言う意見に従った形だ。少し年季が入った建物ではあるが、広さは充分。家具類も備え付けが用意されているとの事で即事実入居を決めてしまった。


 面倒な掃除を終わらせるとそのまま夕食。近場で購入した出来合いの物で軽めの宴会となった。料理をするかどうかと相談したところ、なんと俺以外の全員が殆どロクに作れないという有様だったので仕方ない。


「私はホラ、実家だと作る必要が無かったし、無限収納インベントリに入れておけば食事は腐らないから⋯⋯その、ね?」


「我はそもそも食らう必要が無いからの。食事はあくまで趣味趣向の領域だな」


「ボクは狩り専門ー!」


 シャルは仕方ない。ていうか作れるのならそれはそれで驚きだし、出来たとしても毛だらけだと思う。俺は森で暮らしている最中に当番制で家事を行っていたから多少は出来るのだが、レパートリーはそれほど多くない。当面は出来合いの物と半々でやっていくしか無いだろう。


「折角だし覚えてみるのもいいカモだよ。作ったり食べて貰ったりって、心の安定にも一役買ってくれるって聞いたし!」


 シャルのいう事はもっともだ。他人に美味いと言われるのは気持ちがいい。師匠は口に出して褒めた事は無かったが、好みの味なら食いつきが良かったのを覚えている。そういう時は僅かながらに嬉しさを覚えたものだ。


「じゃあ、私も覚えようかしらね。一応調理実習程度の事ならやったことあるし」


「ちょ、調理実習!その言葉久方ぶりに聞いたぞ!あはははは」


 ルカのツボは少々判りづらい。この世界に来てからは聞くことが無かった単語に懐かしさを感じるのは分かるが、それが笑いのツボになるというのは不思議だ。


 折角なので、その後も懐かしい単語祭りが開催される運びとなった。転生者で無ければ分からない話、そういったものに花を咲かせる事が来るとは思いもよらなかったが、コレはコレで楽しい。文化祭や盆踊り、花火大会なんて言葉には少し哀愁を覚え、しんみりしてしまう場面もあったが、それでも腹の底から笑えたのは本当に久しぶりだった。


 シャルだけは会話に入れず少しむくれていたが、途中からはルカにつられた俺とロザリアの様に伝染してしまっていたのだから、笑いというのは本当に不思議だ。

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