第57話

 合流後の展開は、正直俺には良く分からない流れだった。何、君ら前世で仲良しだったの?なんて思うくらい和気藹々わきあいあいとした空気に呑まれ、完全に混乱した。


 お互い殺し合った間柄ですよねっていうのは何度も考えたが、少なくともここにいるメンバーでは挨拶みたいな物なのだろう。命の獲り合いすらコミュニケーションの一部というのは倫理観的にどうなのだろうか?スポ根漫画でもそこまではしないよ?


「おお、そうだ。我の事はマキシではなくルカと呼べ。牧志瑠夏まきしるかが我の本名ゆえな」


 驚きの新情報である、まさか本名だったとは。てっきり俺やロザリアの様に名前を偽っている物かと思っていたが、そういうことなら偽装にはうってつけの名前だったのだろう。偽装する気があったのかはわからないが、俺達には下の名前で呼んで欲しいと願うのであれば、そう呼ぶのも悪くないのかもしれない。


「本格的に殺せる気がしなくなってきたぞ⋯⋯」


「送り返すのだろう、日本に。それは罪ではない。特殊な方法に頼る事を罪などと考えるでない」


 それに、我は既に死んでいたのだ、と彼女は続ける。前世での終わりには何の文句もない。にもかかわらずこの世界に転生し、新しい生を迎えた。そして既に300年の長きを過ごし、精神すら既に死人と変わらぬ構造に近づいていた。


「救われたのだ我は、もう何度もな。未練などとうに無いし、仮に生を終えるとしても恨み言は言わんよ。出来る事なら、残りの時間を幸せに過ごしたいというのは迷惑なのかもしれん。だが、ご主人様達にも出来れば、辛い思いをして欲しく無いのだ」


 笑って、送れ。そういう事だ。不幸でも何でもない、ただの旅立ちを見送って欲しい。殺すなどと言う罪悪感を抱えず、良い事をしたのだと胸を張れとルカは言う。


 達観、そういう言葉が適切なのだろうか。見た目とは裏腹に彼女の中身は大人びている。300歳というのやはり真実なのだろう。前世と合わせても20年程しか生きていない俺とは全然違うなと再確認。


 それならば、俺がそういう考えを出来るようになったら彼女を送るべきだろう。少なくともそれくらいの猶予はある筈だし、彼女から学ぶ事が自身を成長させる切っ掛けになるかも知れないのだから。


「それで、今後の方針としてはマグランシアに向かうので良いのよね?」


「ああ、この国でやることはもう無いしな」


 しかし気がかりな事もある。金銭的な余裕が無いのだ。俺とロザリアが国境越えする分にはいいが、ルカもとなるとまず間違いなく足りない。というか身分証明書も所持していない彼女は、国境を超える事が出来るのだろうか⋯⋯


「我は気にせんでいいぞ。密入国なんぞ慣れておるでの」


 問題ないとは言えないが、問題ない事にしておく他無い。重要なポストに居たであろうトールを亡き者とした後だし、出来れば早めに国境を越えた方が良いだろう。金策やギルドへの加入申請で足止めを食らうのはあまり好ましくない。


「なに、マグランシアはアルムシアに次いで広い国だからの。身分証の発行については比較的緩いというか、金さえ積めばどうとでもなる」


 これも長く生きた知恵だろうか。300年ともなるとずっと同じ身分証を使う訳にも行かず、必要になれば取得するという方法を取ってきたとルカは言う。


「出来れば一度、マグランシアの北にあるエルフの国に寄って貰いたいのだが構わんかな?そこに行けば隠し財産を回収出来る故、今後の旅にも役立つと思うのだが」


 少し遠回りではあるが、日程で考えれば1週間にもならない。それならどこぞのギルドで金策するより稼ぎはいいかも知れない。


「いくらくらい隠してるのー?」


 半分くらい寝ぼけ眼になっているシャルが尋ねる。ルカの救出後は休憩も取らずに移動し続けたが、そろそろ限界といった所だ。気付けばもうすぐ夜明け。うっすらと東の空が明るくなっている事に気付く。


「城が立つ程度だのう」


「「「城ぉ!?」」」


 ルカ以外の全員が驚く、というか驚かない訳が無い。完全に眠気がどっかいった。


「我は『無限収納インベントリ』とか持っとらんからの。持ち運べぬから溜め込んで置くしか無かったのだが、全部ご主人様達に譲るとしよう」


 我を助けて良かったろ?とこちらに向かって笑うルカ。確かにその金があれば、今後一切困ることは無くなるだろうが、果たしていいのだろうか。金の山など死ねば何の意味もないとも言われたが、城が立つなんて言われたらそりゃ腰が引ける。


「気に病むなら我を抱け。女の喜びを知らぬまま死ぬのは味気ないのでな」


「ちょっ⋯⋯」


「何を言い出すのルカ!突然過ぎないかしら!?」


 あまりにも突飛すぎる。ロザリアには二人きりの間に何かあったのかと言い寄られる始末。俺はそんな八方美人でも優柔不断でも無いぞ!


「嫁入りの持参金だと思えば良かろう。側室で構わんから考慮しておけ」


 いやいやいや、本当に何を言い出すのかこのロリババアは。


「この際だから言っておくが、ご主人様は歪んでおる。世界を救うなどと言う大業を背負っておきながら、その無欲さはいずれ破滅の道を進むぞ」


 むむ、一理あるのか無いのか。俺には判断がつかないが、人生の大先輩の言葉であるなら、耳を傾けない訳にも行かないかな?


「英雄色を好む、それは単純な性欲の話だけではない。そうして苦しみを共有する相手がらねば、いずれ精神を病んでしまう。その大役、果たしてロザリアだけで賄えるかの?見ればロザリアも、僅かながらに病んでいる気さえするぞ」


「それはボクも感じてたヨ。てかアインスには心のケアをするようにって言われて旅についてきてるんだヨ。でも⋯⋯」


 俺より遥かにロザリアの方が重症だった。度重なる『未来予知』で擦り減った精神を抱えたまま、失敗に次ぐ失敗。もし彼女の心が折れていれば、俺にも少なからず影響が出る事は間違いない。だからこそ、シャルはロザリアにばかり付いていたのだ。


 そう言う事なら合点がいく。シャルが美味しい食事処やお風呂についての知識を持たされた理由は、ここにあったのだ。生活を豊かにし、心に潤いをもたらす知識。衰え始めているとはいえ圧倒的な戦力を持つ師匠ではなく、シャルという愛らしい猫を従魔として迎えた理由。こうなるであろうことを、師匠は予見していたのだ。


「ボク一人じゃ二人のケアは間に合わないヨ。だからボクもルカルカの意見に賛成」


 言い分はわかる。だがそれは飲み込める気がしない。欲に溺れてしまえば、この旅は立ち行かなくなってしまう。それに、俺にはそういう器用なことは無理だ。


「1週間!休みを取ろう。それでだいぶ良くなるよな?」


「「全然足りない」」


「じゃ、じゃあ2週間?」


「「1か月!」」


 シャルとルカはもう完全に意気投合している。なんとか譲歩案を採用しては貰えたが、上手く行かなければ押し切られる可能性も出てきてしまった。これはなんとかしないと非常にマズい。


 ロザリアに助け舟を出してもらいたい所だが、完全に俯いてしまっていて表情が見えない。なんとか取り付けた1か月の休暇で、結果を出さなくては。


 ルカを助けた事、正解だったのか間違いだったのか。悩みの種が増えてしまった分、大きくマイナスな気がしないでもないが、シャルと楽しそうに笑っている姿を見るとそうも言えないか。


 正直、足取りは重い。だが、歩みを止めるのはまだ先だ。まずは国境を越え、エルフの国とやらに向かわねばなるまい。

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