第56話

 ガンテさんが製作した装備は、驚くほど性能がいい。以前は籠手とブーツガードだけに装備されていた魔石部分が、今や左腕全体、バランス取りの為に追加された右肩部分、両脚の膝まで覆われたグリーブの全周と、ありとあらゆる部分に仕込めるように強化されていた。


 本来は骨素材ではあったが、これを見越して可能な限り複合化してくれていたのだから、それを生かさない訳が無い。全ての骨素材を魔石化した現在は、それだけでもマキシと戦闘時の5倍を超える魔力量を誇る。


 更には自身の両腕にある尺骨しゃっこつ部分、両足の腓骨ひこつと呼ばれる細い方の骨部分まで魔石化を終えている。現在行える最大級の強化、肉体に影響が出ない範囲でコントロール可能な量を最大限積載するという万全の仕込みを終えている。


 例え閉鎖空間と言えども、マキシとの戦闘時に使ったあの攻撃を数発は難なく撃てる用意が整っている。撃ってしまえば補充は難しく、相手を殺しきれなければ情報が漏れる可能性もある為、使いどころは重要だ。しかし、今はその道筋が見えない。


 だが、後手にまわるのはもう止めだ。最悪の場合は逃亡も考えていたが、ここで仕留めなければ間違いなく後悔する未来が待っている。ロザリアの様に未来予知を使うことは出来ないが、俺のカンは警鐘を慣らし続けている。ここで仕留めろと。


 トールはまだ油断してくれている。全力を出さずとも圧倒できる相手に対して余裕を見せている。彼が欲しいのは俺の命では無く情報なのだから当然ではあるのだが、こちらがつけ入るチャンスである事は変わらない。


——シュッ!


 戦闘中だが一息ついた、そんな状況で語り続けているトールへの奇襲。当然向こうも油断しきっている訳では無いだろうが、今まで我慢してきた奥の手を一気に吐き出すのだ、当然見誤る。



 魔力を爆発させ瞬時に近づくと、マキシに喰らわせたのと同等の魔力を叩きこむ。


——パァン!


 破裂音がホールに木霊する。慌ててガードしようと咄嗟に装備した盾ごと、その左腕を粉砕する。だが、トールの対応も早い。盾で視界を上手く防いだお陰で、伝播でんぱする威力の軸を逸らす事に成功し、被害は左腕だけでとどめられる。


「「チィッ」」


 お互いの舌打ちが重なる。ここで仕留めねば次は無いとばかりに間を詰める俺と、一度体勢を整えたいトール。片腕だけとはいえ流石はSランク。こちらの左腕の一撃をうまい具合に警戒しながらも、器用に剣戟けんげきを捌いていく。だが、生憎とこの攻撃は左腕だけでは無い。


——キィンッ!


 ここぞとばかりに魔力を込めたマチェットで、彼の両手剣を弾き飛ばす。同じミスリル製とはいえ、今や片手でしか扱えなくなった両手剣など恐るるに足りない。


 慌てて片手剣を装備した様だが、もう遅い。今度は手首から先を切り落とし、完全にトールを無力化する。


「舐めるなよクソガキィィィィィ!!」


 突然の怒号。そして辺り一面が爆発する。


——ドォォォォン!!


 慌てて防御体勢を取る。しかしそれは、攻撃の為と言うよりは距離を離す為の物であったらしく、強い衝撃で飛ばされてしまう。こちらへのダメージは殆ど無いが、彼を殺しきれずに仕切り直しとなってしまったのは手痛い。


「ふざけんなこんな所でコレを使わせるとはよォ!魔王相手でも出し渋ったんだぞクソが!人間の勇者となるために温存したコレを使うハメになるなんて全部台無しじゃねぇか!」


 明らかに人が変わっている。口調だけでは無く、見た目そのものまで——


「知ってるかオルトォ!魔族ってのはナァ、己の力に応じて、進化スル事が出来るんダぜぇ⋯⋯」

 

 人型の魔族とただの人間を見分ける方法というのは、基本的に存在しない。上位魔族という生物であれば、頭に角を生やしたり背中に翼を生やしたりしているため外見的違いはある。だが、そうでも無い限りは分からない。その存在が、トールだった。


 人ではない魔族。だが人として生き続け、勇者として君臨しようとしたトールは、既にこの世にいない。今目の前にいるのは、上位魔族として進化した怪物だ。


 額には3本の角が生え、背中には蝙蝠の様な羽。装備は全て解除され、四肢は毛深く、爪は鋭利に尖り伸びている。典型的な悪魔によく似た姿は、正しく上位魔族といった風貌だ。


 だが、ここで恐れる必要は無い。一般的には変身と言えば数倍の強化が成される物だと思われているが、ここは閉鎖空間で、彼は変身したてである。本来であれば角の部分に蓄え、高密度に圧縮されている筈の魔力が彼には存在しない。


 生まれたばかりのシャルと一緒だ。時間を掛けて取り込むべき魔力を所持していないのであれば、見た目は違えど能力に差はない。折角破壊した左腕と右手が再生している事は非常に厄介だが、冷静さを欠いて怒鳴り散らす彼ならばまだ打倒する望みはあるだろう。


「ブッ殺スゥゥゥゥ!!」


 正面から迫りくるトール。技術もへったくれも無い攻撃だが、彼はシンプルに特化する事を選んだ。千のスキルを持つ男サウザンド、なんて二つ名はもうそこには無い。だが、その単純さは非常に脅威だ。


——ミシッ


 速い。一瞬で繰り出された蹴りに対応するため左腕で守りの体勢に入ったが、骨の軋む音がする。威力を逃す為自ら横に飛んだというのにこの威力。クリーンヒットしていれば間違いなく砕けている。


 空中で体勢を整えつつ壁に着地、次の対応をと考えているうちにトールは眼前まで迫っていた。


「遅ぇナァ?ニンゲン。最初から魔族にナっていた方がヨカッタなぁ」


——ベキベキベキッッ!


 久しぶりに聞くこの音。身体の内側から響くその音は訓練の時以来だ。ギリギリ心臓は免れたが、右肺と肋骨、背骨の一部までが砕かれ、彼の腕がめり込んでいた。


「⋯⋯ゴフッ」


「ハハ、残念だったなクソガキ。死んでしまうトハ情けナイ。お前の冒険はここマデダァ。大人シク死ヌがヨイ」


「⋯⋯そうだな、サヨナラだトール」


 本当は、殴りつける必要なんてない。この有り余る魔力が相手に届けばいいだけなのだ。最速最短でこれをぶつける為に蹴ったり殴ったりしていただけ。今、敵対しているトールと密着している状況なら、その必要は無い。ただ、触れるだけでいい。


「⋯⋯ハ?」


——グジュッ、ボコボコ


 トールの身体が目の前で膨らんでいく。折角身体の中まで拳を通してくれたんだ。引き抜きもせずに勝利に酔っているなら、そこから全ての魔力を流してやるだけでいい。武器を捨て、己が肉体で勝負を挑んだ時点で、この戦いは終わりを告げていた。


「マッ⋯⋯」


——パァン!


 断末魔もシンプルだ。漫画の様に色々と喋っている暇など無い。気付いた時には既に死んでいるし、死んでいなければトドメを刺すだけだ。


 トールが破裂したと同時に、壁に縫い付けられていた身体が地面へと落ちる。受け身を取ることが出来ず顔をぶつけてしまったが、これも懐かしい。もしあの訓練を行っていなければ、痛みに耐えられず気を失っていただろう。そうなれば相打ち、俺もただ死ぬだけだった。



◇◇◇



「ふぅ⋯⋯」


 僅かに残った魔力で痛み止めを行うと、ポーションを飲みながら全ての傷を治癒する。今回は『魔力吸収マジックアブソーブ』を行うタイミングも無かったのでホール内にはまだ魔力が溢れており、それも回収。万全とは言えないが、脱出するだけなら何の問題もない程度まで回復が出来た。


「問題はマキシの解放だよなぁ」


 粉々に散ったトールから、彼女の拘束具を解除するための鍵を回収することは不可能。少々、いやかなり面倒ではあるが時間を掛けて解放するしか手段は無さそうだ。


「成し遂げたかご主人様。やはり恐ろしい存在よのう」


「いい加減その呼び方止めないか?」


 クタクタになった俺を迎えたマキシは元気そのものだった。どうやら戦闘の一部始終を感じ取っていたらしく、改めて称賛される。あまり慣れ合うと情が湧いてしまうので止めて欲しい所ではあるのだが、彼女は気にもめていない。


 少し荒んだ俺の心にはそういう態度は有り難いとも言えるのだが、いざという時に対応できないのでは困る。これから殺す相手を助けるという時点でも複雑なのに、懐かれてしまってはどうしようもない。まだまだ俺も甘いという事なのだろう。


 彼女に施された拘束具を解除する傍ら、ロザリアとシャルにも念話で報告をする。お疲れ様と短い労いの言葉だけだったが、今はそれだけで良いだろう。今回の任務を全て終えてから、ちゃんとした報告を行うべきだ。


「のう、ご主人様。まだ時間が掛かりそうだから先に話しておく」


 カチャカチャと鍵を弄る事に集中している俺は返事しなかったが、マキシは話を続ける。現勇者の存在についてだ。聞けば彼はまだその能力が万全とは言えないらしく、マグランシア周辺で己の技術を学んでいるらしい。


 偶然にも、これから行こうと思っていた場所に一致する。


 神聖国アルムシアによって勇者召喚されたのは、3年ほど前らしい。その後魔族領との国境沿いを移動しつつ力を蓄えた勇者は、魔王討伐の準備の為マグランシアへと立ち寄ったとの事だ。


 とは言えそれも数か月前。現在ではどうなっているか分からない為、空振りに終わる可能性もあるという事だ。だが、勇者の足取りを調べるのには有用だろう。召喚されたという事は転生者である事も明白。それならば今後の目的は決まったも同然だ。


 だが、正直勇者をどうするかは悩ましい所でもある。世界の滅びを防ぐというのは大事だが、彼までも日本に送り返すのが果たして正しいのか。


 勇者召喚という技術が存在するアルムシアは、勇者が死亡したとなれば再度召喚を行う可能性もある。地球の創造主がその辺をしっかりと止めていれば召喚失敗となるのだろうが、それも信用しきれるわけでは無い。神域と呼ばれる場所には、いまだに転生を待つ者の魂がストックされている。最後の被害者、その彼だ。


 もし彼が召喚されてしまえば最悪の事態とも言える。彼の望みを叶えられずに再び日本に送り返すと言う無意味な時間の浪費。再転生という形をとれるならまだいいが、俺の知らない所で死んでしまえばもう残るものは何もない。償いさえ出来ぬまま、彼はただ輪廻へと還る事となる。


 この世界の構造に関しては、まだまだ不明瞭な部分が多い。今、自身が行っている事が正しいのかどうかさえ、分からないのだ。正しさを決めているのは地球の創造主のみである。それを保証してくれる者など、誰もいないのだ。


 迷いは多い。だがタイムリミットも存在している。言われた通りに進むしか無いのは辛い所だが、それでも決意しなければならないだろう。


「⋯⋯さて、ようやく終わったぞマキシ」


「感謝するぞ。この身はもうご主人様の物だ。後は煮るなり焼くなり強姦するなり、好きにするが良いぞ」


——ペシッ!


 丁度いい位置にあるおでこに一撃。拘束具の中身は裸だったので、そういう台詞を吐くのは勘弁して頂きたい。いくら発育が悪いからといって、こちらも男だ。冗談では済まされない。


「ぁ痛ッ!そっちが好みか!いいぞもっとだ!」


「馬鹿を言っていないで服を着ろ。その辺に何かあるだろ」


 裸のマキシから顔を背けながらそう言う。幸いにも死体から回収したであろう布が山積みにされていた。あまり気持ちの良い物では無いだろうが、裸のまま移動なんてのは勘弁だ。適当に鷲掴みにするとマキシに向かって放り投げる。


「そうは言ってもご主人様よ、我を殺してくれるというならば、その分も先払いで恩を返さねばならぬ」


「それ以上余計な事を言うなら置いていくぞ」


 すんなりと服を着たマキシがむうと呟く。口を尖らせて頬を膨らませている姿は見た目の年齢相応だ。彼女から説明されなければ300歳だとか不死者だなんて想像も出来ないだろう。説明されたって信じられるかどうか微妙な所だ。


「準備が出来たら出発だ。仲間が外で待ってる」


 そう告げるとその場を後にする。警備の人間が外にいる筈だが、問題にはならないだろう。無事、ここでの仕事は果たした。後は二人のもとに帰り、今後の予定について話し合う必要があるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る