第59話

 目覚め、久しぶりのベッドは格別だ。ふかふかで安全が保障された場所というのは、この世界ではそれ程多くはない。特に冒険者という肩書を持っている場合は、大半が野宿となる。ゆっくり眠れると言うだけでも幸せなのだが、それに加えて柔らかい寝具があるとくれば、それはもう天国だ。


「ふぁあ⋯⋯」


 身を起こして大きく背伸びをする。昨日は結局、全員眠くなるまで騒いでいたものだから記憶があやふやだ。ウトウトしながら自分の部屋まで来たことは覚えているが、そこから先は覚えていない。恐らく倒れこむように寝てしまったのだろう、なんて考えていると、毛布がモゾモゾと動いている事に気付く。


 シャルが久しぶりに一緒に寝たのだろう。なんだかふわふわした夢も見た気がするし、やっぱり猫パワー凄い。気分も晴れやかだ。


「うにゅう⋯⋯」


 毛布越しにシャルを撫でていると、珍しい寝言が聞こえて来る。シャルらしくない声だが、こういった事は随分と久しぶりだし、彼女も大きく成長している。いつの間にか自分の知らない育ち方をしているというのは複雑な気分だが、それも悪くない。


「あっ⋯⋯ふぅ⋯⋯もっと」


 何やら雲行きが怪しい。明らかに変というか妙に艶のある声だ。流石に何かおかしいとばかりに毛布をめくり状況を確認すると、そこにはシャルではなくルカが居た。


「おー、おはよう⋯⋯ご主人様」


「えぇーーーーー!?」


 ちょっと待て。何故同じベッドに寝ている?そういう事をしてしまったのかと慌ててしまうが、自身の着衣に乱れはない。ルカも薄着ではあるがきちんと服は着ている。大半のものはベッドの下に落ちており、ズボンもずり落ちぱんつは丸見えであるが⋯⋯。


——ガチャッ!


「どうしたのオルト!?大きい声が聞こえたけど!」


 慌てた様子でロザリアが部屋に侵入してくる。完全に間が悪い。この状況は言い訳出来ない。まさか自分がこういう展開に出くわすことになろうとは想像もしていなかった。


「ちょっと!?何でここにルカちゃんが居るのよ!まさか⋯⋯」


 ないないないない違う違う!と激しく首を横に振る。爽やかな目覚めから一転、最悪の朝となってしまった。


 無理やりルカを叩き起こし、なんとかこの場を収拾させようと説明を求める。


「あー、昨日な?夜這よばいでもしようかと潜り込んだが、眠気に敗北してしもうて」


 わお、夜這い。そういえば、女を知りたいだのそんな話をしていた事を思い出すが、流石に急すぎる。というかそういうのはちゃんと同意を取ってからするべきではないだろうか。


「このままでは我はいつまで経っても帰れぬ。側室でも良いとは言うたが、なんなら正妻のポジションでも狙ってみようかと思ってなぁ」


 悪戯いたずらっ子のような、含みのある笑みでこちらを見つめるルカ。これがあれか、世に言う小悪魔ってヤツなのだろうか。


——ベキッ!


 部屋の入口で黙って聞いていたロザリアの方向から、不審な音がする。見れば右手で握られたドアの部分が砕かれている。うわぁ、怒ってらっしゃる。女の子に嫉妬されるという状況や、夜這いをされるなんていうのは男の子からしてみればちょっとしたロマンだ。以前はそう思っていたが、実際にその状況に立たされると、決して嬉しいものでは無い。これはそう、地獄だ——


 緊迫した状況は長く続かず、ロザリアは無言でその場を去ってしまった。ああ、これ追いかけないといけないヤツだ。なんて思いながらベッドから出た所で、ルカから声が掛かる。


「焚き付けにはこれで充分だろうて。早めに決着をつけるがよい、ご主人様」


 また、小悪魔の様な笑顔でこちらを見上げながら、ルカはそう言った。結局、何もかも計算づくと言う訳だ。自分のペースで進める、という事が出来ないのは悔しい所なのだが、こういう後押しでも無い限りはいつまで経っても進展しないという事を見抜かれていたらしい。


 今までずっとそうだった。何か理由をつけては、ロザリアとの進展を拒んできた。もし、俺と彼女の気持ちが一致していなかったらどうなるか、という不安がない訳ではない。だが、惹かれ合っているという事実を隠しようがない程、お互いが行動に出してしまっているのも明白だった。


 びびり、ヘタレ、甲斐性なし。色んな言葉を浴びさせられても尚、俺は動けなかった。だが、それもこのシャンズに滞在している間に全て終わらせろと、ルカは言っているのだ。そしてその切っ掛けは、既に行われた。


 これでもまだどうにもならないと言うのであれば、今ここで起きた事がそのままロザリアの不信感に繋がる。いくら言葉を重ねても、俺がルカを選んだのだと思われてしまっても仕方ないと言える状況。ここで、ハッキリさせなければならない。


「⋯⋯恨むぞルカ」


「感謝の間違いであろう?どちらにしても我の帰還という形で支払うから安心せよ」


 全く、憎めない奴だ。手早く準備を終えると、この場を去ったロザリアを追いかける為に部屋を飛び出す。幸いなことに精霊たちも応援してくれるようで、彼女がどこへ行ったのかを案内してくれた。おせっかいに恵まれているな、本当に。


 ロザリアの向かった先は、小高い丘の上、まだ利用されていない区域にある何もない場所だった。城壁に囲まれているとはいえ、こういった場所は少し不気味さを感じさせるが、そこから見える景色は彼女の故郷シーランドを思い起こさせる。


 彼女はその草原に座り込み、泣いていた。どうするべきか分からない、なんて事を言っている場合ではない。俺は静かに近寄ると、無理やり彼女を押し倒して膝枕に乗せた。旅館の時の再現、静かに泣き続ける彼女の頭を、何も言わずに撫で続けた。


「ごめんねオルト。私はやっぱり卑怯だ」


 前と同じ独白、今までの旅路を思い出すように、ゆっくりとそれに答えるように頭を撫で続ける。


「私は弱い、それを肯定してしまう。弱い私なら、きっと⋯⋯オルトに振り向いてもらえる。そういう風に考えてしまう。それはダメなのに、強くなきゃ、そばにいる資格なんてないのに。今だってそう⋯⋯わかっていても、涙が止められないの」


 ズルい女だ、弱みを見せて感心を引くだなんて。そう彼女は続ける。そういう事を言えてしまう辺り、俺の評価は真逆だ。彼女は強い。


「⋯⋯自分の弱みをありのまま伝えられるロザリアは強いと、俺は思うよ」


 以前の様に、俺の言葉を否定する事はない。まだ涙の収まらない彼女は、涙をすすりながらも黙って聞いていた。


「俺はたまらなく怖い。自分の弱点をさらけ出すなんて、俺には無理だ。だから君の様に、例え涙でくしゃくしゃになってもそれを言えるなら、俺は尊敬する」


 ほんの少しだけ撫でる手に力を込め、そして続ける。


「俺は、ロザリアが好きだ。君といるだけで強くなれる、そう思えるだけでたまらなく好きだ。君の為なら例えこの命⋯⋯いや違うな。君の為に絶対に死ぬわけにはいかないと、そういう風に思えるのが好きだ」


 ロザリアの震えが止まる。恥ずかしさが芽生える前に、もう全部告げてしまおう。


「俺こそ弱い。一人じゃ絶対に無理だ。でもロザリアが傍に居てくれるから俺は強くなれる。きっとなんて曖昧な言葉じゃなくて、絶対に大丈夫だと自信を持って言えるんだ。そういう風に思わせてくれる君が好きだ」


 ふわり、と膝が軽くなる。先ほどまで泣きながら黙って聞いていた彼女は突然起き上がると、こちらを向いて、そして抱きついてきた。


「ストップ、ストップ、ストップ!!」


「ええと⋯⋯ロザリア?」


「恥ずかしすぎて聞いてられない!もう無理!さっきまで涙でぼろぼろだったのに、今は顔から火が出てるのよ!涙なんか全部乾いちゃったわもう!!」


「はは、ははははは!」


 思わず笑いがこみ上げる。久しぶりのキザったらしい台詞に、ロザリアは降参したようだった。一応目標は達成かな、なんて少し安堵すると、ようやく恥ずかしさが湧き出て来る。この状況、結構マズいのでは?


 何しろ今、俺達は武装を解いている。つまりは布越しにお互いの体温を感じられる状況ということだ。お互いの心音がうるさすぎて、どちらのものともつかない状況。


 今までのデートでは赤点続きだった俺には、まだ早すぎるステップアップ。だがしかし、彼女は離れようとせず、これでもかという力で俺に抱きついたままなのだ。想定していなかったわけでは無い、だが、想像と現実は違う。思いがけない彼女の行動に、頭がパンクしてしまいそうだった。


「⋯⋯今度は、プロポーズと取っていいのかしら?」


 この状況で冗談なんか言える訳も無し、ましてや否定できる訳も無い。


「甲斐性なしだが、これからもよろしく頼むよ、ロザリア」


 そう伝えると、耳元からは再び泣きじゃくる声が聞こえて来る。相変わらず彼女は俺を離す気が無いようで、それから暫くはずっと彼女にされるがままにし、頭をゆっくりと撫で続けた。

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