第55話

 予想は的中していた。マキシと別れ地下3階に辿り着くと、そこは全てが一つの部屋、大きなホールとなっていた。


 階段を降りた直後に現れた大きな扉にはご丁寧にのぞき窓が付けられており、中の様子を確認する事が出来た。地下だというのに非常に明るく、仕切りもない広大な空間にはトールがただひとり、ぽつんと奥側の机で作業をしていた。


 奥の壁には本棚が一つ、ホールにはそれしかない。広大なスペースを無駄に利用したその状況は、あからさまな罠と言っていいだろう。彼の趣味という線も捨てがたいが、それは本人から直接聞いた方が早い。どうせ彼とは対峙する運命だ。


——キィ


 扉を開ける。それに彼も気付いたようで、こちらを向くと後ろの本棚に手をかざし、消してしまう。続いて机も同じように掻き消え、このホールには何もなくなってしまった。


 予想できたことだが、彼も『無限収納』を持ち合わせているらしい。もしかしたら転生者は全員所持しているのかもしれないな、羨ましい限りだ。


 しかし『無限収納』持ちとなると困ったことが一つ。マキシを解放する為の鍵を取り出すことは不可能だろう。どのみち手間が掛かるなら、先に彼女を解放しておくべきだったか。


「二度と会うことは無い、なんて予言は外れたなトール」


「そう言っておけば君は必ず会いに来るだろうと思ってね。従魔が先に調査に来ていたから、こちらも準備させて貰ったよ」


 何もかもお見通しと言う訳か。シャルに手を出さなかったのは、こちらの警戒心を下げる為だろう。警備が手薄だったのも、ここへ誘いこむ為の罠だったと言う事だ。


「何故こんな回りくどい招待を?」


「君からはステータス以上の能力を感じる。それにその装備、魔石の複合装甲なんてのは聞いたことも無い。僕の能力でさえそれは作り出せない。研究対象としてはこれ以上の物は無いと感じてね」


 どうやらこの男、聞けば何でも答えてくれるタイプらしい。ステータスや装備についてバレているのは『看破の魔眼インサイトアイズ』の効果だろう。以前ダンジョンマスターとやり合ったときと同じような能力を所持しているという事だ。


 トールは油断している。そういうのは簡単だが、彼が所持するチートスキルと通常スキル、更にはレベル、どれを取っても俺より上だという事は揺るぎない事実だ。元Sランク冒険者なら、最低でもレベル70以上。彼の性格なら更に上であろうと確信する。老いによる能力減少もあるだろうが、奪ったスキルとやらでそういった部分を補っている可能性すらある。普通ならどう足掻いても適う相手ではない。


「僕のチートスキルは簒奪スナッチという。これは文字通り相手のスキルを奪う力なんだが、スキル欄にある君の能力は至って普通だ。つまりは奪えない。手荒な真似をするつもりはないから、素直にその秘密を教えてくれないかな?」


 なおも柔和な表情と声で語り掛けて来るトール。だがそれには騙されない。ここに来る途中、夥しい数の生き物と人間の死体を目にした後で、おいそれと簡単に従える筈もない。彼は俺との能力差を誇示したかったのだろうが、それでは逆効果だ。


「俺は頭が悪くてね。単純な方が好きなんだよ。知りたければ力づくでどうぞ」


 開戦の合図。背中の右側に装備したマチェットを引き抜くと同時に構える。様子見が通じる相手だとは思わないが、いきなり全力で戦って対応出来なかった場合が怖い。効果的な場面まで手の内は極力温存しておくべきだろう。


——キィンキィン


 トールの周辺に氷柱が生成され始める。密閉空間での戦闘といえば氷魔法。お馴染み感が強すぎて飽き飽きしてはいるが、その汎用性はピカイチだ。しかも通常のアイスランスとは違う無詠唱で、本数は15を超えている。様子見にしてはエグい量だ。


 生成されると同時に、まるでリボルバー拳銃の様に次々と撃ち出される氷柱。誘導性のが無いのは救いだが、途切れることなく発射されるソレは非常に厄介だ。しかも発射と同時に次の氷柱が生成されていく。彼は魔法使いとしても優秀なのだろう。


 かわす、躱す。時には左腕で殴りつけ、時にはマチェットで切り裂く。いくら量が多いとはいえ、ロザリアとの訓練で散々対応してきた魔法だ。『魔力吸収マジックアブソーブ』を使わずとも対応可能なら、使う必要は無い。奥の手として温存しつつ、じりじりとトールとの間合いを詰めていく。


「ふむ。この辺は対応しきるみたいだね。まぁそのレベルなら当然かな。お次は酸素を奪ってみようか」


 彼の周りに浮遊していた氷柱が全て吐き出されると、次はファイアランスへと変化していた。火魔法による酸素の消費。閉鎖空間では相打ちの可能性すらあるが、使うという事は対策があると言う事。それならこちらも対応せざるを得ない。


——「風の盾エアリィシールド


 風属性の防御魔法を速やかに発動する。自身の周りに展開するため、『魔力吸収』は行えない。だが、質量の無い火魔法は刺突能力が低い。この程度なら魔法で充分対応できるし、魔力も装備から直接利用しているのでスキルリストに反映される事もない。先に奥の手を披露する事になったが、これで充分警戒してくれるだろう。


「習得していない風魔法を使うか、やはり面白いねオルト。空気の流れをコントロール出来るなら、酸素の枯渇狙いも無理か。ならやっぱり近接戦かな?」


——ぞわっ


 全身が総毛立つ。遊びは終わりという事だ。一瞬で装備を着用すると、両手剣を構えてこちらを睨んでいる。堂々たる佇まい。青と金で染められたその武具は、正しく勇者の名に相応しい。味方であればどれほど心強いか。心を揺さぶられてしまう。


 だが、今は敵対関係だ。例え勇者らしい振る舞いをしていたとしても、その精神は醜悪極まりない。他者を食い物にして自身を鍛え上げるという行いは、勇者の行いとしては正しくないだろう。その点については俺も似たようなもので、決して向こうが悪でこちらに正義があるとは言えないが。


 世界は単純では無い。魔族に敵対している勢力が、俺の味方とは限らない。チート転生者を狩るという行いを続けている俺は、むしろ魔族側の勢力に近いだろう。世界の滅びを防ぐ為の行動とは言え、人間の平穏を乱す存在であると言った方が正確だ。


 不法侵入者であり他人の所有物を奪おうとする俺は、一般的に見れば悪者だ。決して正義を語れる存在ではない。だがしかし、そんな物はどうでもいい。俺は俺の信念に基づいて行動するだけだ。


——ギィィィィン!


 トールが繰り出した突進攻撃は恐ろしく強い。防御の為に繰り出したマチェット毎大きく弾かれる。衝撃は全て逸らす事が出来たのでダメージは無いが、何度も受けられる様な物ではない。ミスリル製で無ければ間違いなく一撃で砕かれ、失命していただろう。


 体勢を立て直す暇すら得られない連撃。剣戟の間に仕込まれるスキルは詠唱破棄の効果を受けており、タイミングが図りにくい。純粋な剣術のみで言えばまだマキシに分があるものの、スキル込みでは圧倒的な能力を発揮している。


 防戦一方。次第に肉を削がれ、ダメージが蓄積していく。しかし突破口はまだ見つからない。このまま後手後手で奥の手を開示していくという状況は避けたいところだが、そうも言っていられない程の実力差。かなり厳しい戦闘だ。


「レベルの割には良く持つね。かなりの実力者に稽古でもつけて貰ったのかな?」


 師匠はBランク、実績次第ではAランクと言っていたが、同じ土台で戦うならSランクにも引けを取らない様だ。だが、彼が奪ったというスキルを全て使って戦闘を行うとしたら、その差は圧倒的だろう。今、まだこちらの実力を測っている段階なら虚を突くことも出来るかも知れないが、それすら難しい状況。正直ジリ貧だ。


「これくらいで理解してくれたかな?嘘を突いたことは謝罪するから、素直に情報を渡してほしい。僕と協力関係を結ぼうじゃないか」


「ここまで見せておいて、そんな話に乗ると思うか?上にいるマキシもいずれ殺すつもりだと言うのは知ってる。俺の能力もそうやって手に入れるつもりだろ?」


 道中、これ見よがしに置かれた死体の山を思い出す。魔獣も人も、分け隔てなく乱雑に放置されたあの山。せめて弔うという思考があったならまだ対話の余地もあったが、今は毛頭もない。


「へぇ⋯⋯知り合いだったとはね、驚いた。そういう事ならやはり殺すしかないみたいだね。君を殺して、ロゼッタ嬢も殺す。そしてあの不死者マキシも殺せば、僕は最強の転生者へと至るだろうな、はは⋯⋯はははッ」


 ロゼッタ⋯⋯つまりロザリアを殺すと言ったなこの男は。それは俺の逆鱗に触れる言葉だ。彼女の情報も漏れているとなると、彼のネットワークはかなりの物らしい。後ろにどんな人間がついているかは後で考えるとして、今は確実にこの男を殺さねばならない事を確信する。最早出し惜しみは無しだ。賭け事は好きじゃ無いが、全力であたるしかあるまい。

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