第54話
——ぺしん
なんとなく幸せそうな顔に腹が立ったので、隙だらけのおでこに軽く一撃。
「
ん?痛い?普通の人間なら正常な反応だが、目の前にいるのは痛みを忘れた不死者であったはずだ。彼女に痛みを与えようと思ったら、膨大な魔力を叩きつける必要がある事は先日の戦いで理解している。だが、今の軽い攻撃で痛みを感じているとなると、なんらかの異常事態が発生していると考えられる。寝ぼけ
「おお、貴様は⋯⋯ご主人様ではないか!」
「おいまて何だその呼称は。そんな関係になったつもりは無いぞ」
再びツッコミとばかりにおでこに一撃。先ほどの反応が事実か、再確認だ。
「痛い!もっと!!」
うん⋯⋯なんだコイツ。ちょっとキャラ変わってるし怖い。痛いという割に滅茶苦茶嬉しそうな顔でこちらを見つめて来るし、頬も紅潮している。新しい性癖に目覚めたって感じだ。おっかないからこれ以上は止めておこう。
「あれから痛みが忘れられなくてな⋯⋯頑張ったら再現出来た!もっと叩け!」
ああ、そう。外的要因で体質に変化があった訳じゃ無くて、自分でそうしたのね。ついでにドMに目覚めたって事は完全に俺が原因か?やめてくれ俺は被害者だ。
「ところでご主人様は一体なんの用件なのだ?我を殺す算段でもついたかの?」
「不本意だが、お前を救出に来た」
目の前でツタンカーメンよろしく横になっているマキシに、現状を説明する。周囲の安全については確認済みで、このフロアで生きている人間は俺と彼女しか居ない。時間はまだまだ沢山あると言う事で、じっくりと説明を行うことにした。
「ふむ、そういう事なら助けられて進ぜよう」
「無理にとは言わない。そこで寝てていいぞ」
「あー待て待て待って!助けてくださいお願いします何でもしますから」
「やかましい」
——ぺしっ!
少し強めのツッコミを入れるが、逆効果だったことをうっかり忘れていた。まるで撫でられているシャルの様に喜ぶ物だから、こちらまで変な性癖に目覚めそうになってしまう。⋯⋯やっぱり救出せずに放置した方がいいんじゃないだろうか?
「⋯⋯情報、そうだ我を捕らえた者の情報を渡そう。交換取引だ」
無論、そんな情報を聞かずとも助けるつもりではあったのだが、トール本人に聞くよりはマキシから聞いておいた方が信頼性は高いだろう。トールには一度騙されているし、彼を殺すとなれば保身のためにまた嘘をつかれる可能性もある。
マキシが話したトールの話は非常に有用だった。ここで聞いておかねば暗殺失敗にも成りかねない情報。それは、彼の所持するチートスキルに起因する。
そしてその能力は、他のチートスキルですら奪えるという破格の性能を有している。彼はその奪った能力でマキシを殺し、不老不死すら得ようとしたが失敗。現在は無力化して放置しておくことしか出来ない状態だと言う。
「我はガチで戦っても
つまりトールは私利私欲で動いていると言う事でいいのだろう。チートスキル持ちを回収し、己の強化に充てる。その為には平気で嘘をつくし騙しもする。この世界では奴隷制度は合法だが、自身の所有物だからといって殺害する事は違法だ。だがそれも平然とやってのける。そこまでの情報が得られたのなら、最早迷いはない。彼に事情を聞く必要は無くなったと言っていい。暗殺を敢行する。
「念の為に聞くけど、お前が嘘をついているなんて事は無いよな?」
「ご主人様の方が死ねる確率が高い。ここでも死ねる可能性はあるが、今の所望み薄だからのう。早い方がいいとはいえ、それほど焦っている訳でも無い」
つまりは置いて行っても良いと言う事なのだろう。先ほどは助けろと言いはしたが、ここで無理をして俺に死なれても困る。それなら次の機会を待つのもやぶさかではないという判断か。
「我としてはこのまま連れ去ってくれるのが一番有り難いが、そう言う訳にもいかんのだろう?ならここで作戦を練っていくが良い。知っていることは全て話そう」
トールの持つチートスキルはかなり豊富だった。持ち前の簒奪以外に、
「彼奴は元Sランク冒険者。一時期は聖剣の担い手でもあったのだが、魔王に敗北してからは名前を変えて活動していた様だな」
は?勇者?とんでも無い大物じゃないか。それを暗殺となると、流石に分が悪い気がしてきた。ううむ、ここは一時撤退を視野に入れた方がいいだろうか。
「我を助ければ逃亡生活。捨ておいて行けば無敵の怪物の誕生だな。何、殺せるかどうかで言うなら殺せる。以前我に喰らわせたアレならいくら彼奴とて粉微塵よ」
当てられるならな、と注釈される。それだけ対応能力が高いという事だろうが、それでも魔王に適わなかったというのも驚きだ。
「以前彼奴と戦った時はこれ程強くは無かったがな、
なるほどな。この世界に来たのなら、そういう存在に憧れるのは判る。最強という称号は、例えいくつになっても追い求められずにはいられない。圧倒的な力を持ち、他を
「てか昔戦った事あるのかよ?後、現勇者って言った!?聞いてないんだけど?」
「聞かれて居らんからな。何、少しばかり雲行きが怪しくなってきたし、その辺りは我を無事連れ出してくれたら話そう」
むう、交換条件として提示された情報は既に充分。これ以上
改めて、トールを仕留めるプランを練る。彼はこの施設の地下3階、この牢より更に2つ下の階層に籠っているとマキシは言う。行動は制限されているとは言え、チートスキル持ちを嗅ぎ分ける程の五感を持つ彼女の言う事なら、恐らく正しいだろう。
何故そこに籠っているかは分からないが、今この施設に存在するのは彼一人。地下3階という事を考えると、大き目の音を出す戦闘になったとしても周囲に気付かれることは無いだろうとマキシは続けた。つまりは、それが狙いであるという事も視野にいれなければならない訳か、面倒だ。
そして恐らく、その鍵はトールが持っているのだろう。そんな物無くても俺なら開けられるが、開錠する事で発動するトラップの類もあるかもしれないし、何より時間が必要だ。どうせ彼を倒すなら、マキシの救出は後回しで良いだろう。
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