第49話

「お待たせオルト!さあ、追試を始めましょう!」


 待ち合わせ時間の少し前に出てきて待機していたのは正解だったようだ。ロザリアの爽やかな笑顔をみるのは久しぶりだ。これだけでもう、前払いで報酬を貰ったのも同然。後は彼女の家族らが満足できる結果を出すだけだが、正直心配はしていない。


 昔がどうだったのかは分からないが、今まで見ていた彼女なら、街の人にも簡単に受け入れて貰えると信じている。彼女はもう、大丈夫だ。


 シーランドの町並みは美しい。海に隣接しているという事もあってか、建築物はレンガを用いているものばかり。そのお陰でとても色が鮮やかだ。時期的にも初夏の空気を感じられるという事もあって、爽やかな風に乗って来る潮の香りが素晴らしい。


 この街は、海に隣接している。そう聞くと漁業が盛んなのだろうと想像するが、実際にはそうでも無いとロザリアは言う。何でも、海は森よりも危険な場所なのだと。


 魔力の影響はありとあらゆる生物に及んでいる。その結果、重力の影響を受けにくい水棲生物は肥大化する一方らしい。


「向こうの神話に出て来る名前がついた怪物がウジャウジャいるわ。クラーケンはイカじゃなくてタコだけど、他にも鱗がついた鯨のカリブディスとか、アスピロケドンとか呼ばれてる大きな亀も居るのよ。島みたいにでっかいわ」


 楽しそうに語る彼女は、見た目の年齢よりも幼く感じてしまう。こういうお話も好きだったのだろうか。兎に角面白そうに話すものだから、こちらもつられて笑ってしまう。


 もっとも、話の内容としては全く笑えないのではあるが。巨大生物の棲み処と化した海は、人間という存在をこの大陸に押し込めてしまっている。船に関する技術というのはまるで育っておらず、外洋に出るのは無謀を通り越してただの自殺というレベルにもなっているそうだ。


 他の大陸が見つかっていない為、この大陸自体にも名前が無い。当然、この世界そのものにも名前はついていないのだという。考えてみれば、日本にいた時も世界に名前なんて無かった。地球という言葉はあるが、それはあくまで星の名前だ。


 この世界は、まだ自分たちの住む場所が丸い星の上である事さえ理解していない。天動説が主流なのだというのだから、文明のギャップが複雑になっている。


 かたや現代世界をも超える力を発揮する魔法技術と、中世から近世付近のヨーロッパ的な価値観を持つ国々。


 まぁ、そもそもこの世界は東城麻弥子の都合で産まれているのだ。そういったちゃんこ鍋的世界観になるのは仕方ないと言えば仕方ない。


 そんなあやふやなままで世界を作り上げる物だから、この世界は不安定なのだ。こちらに来てからあと3か月程度で1年。残り15年半程度で滅びてしまう世界を、果たして俺は救うことができるのだろうか。


 時間はまだある。きっと大丈夫だ。こんなことをしている場合では無いと焦る気持ちもあるが、協力者としてのロザリアの能力は破格だし、なにより彼女の精神が安定してくれるのならば、たったの数日など簡単に取り戻せる。


 そんな打算もあるが、本音は違う。俺は、彼女に幸せになって欲しいのだ。世界の滅びと彼女の幸せ、その二つが天秤に掛かるとしたら、俺は迷わず彼女を選ぶ。


 まぁ、実際にはそんなことは無いだろう。世界の滅びは彼女にとっても不幸をもたらす展開だ。つまり俺は、どちらも叶えなければならない。強欲だと言われようが関係ない。全部を上手くやらなくちゃいけないのだ。


「ところでロザリ⋯⋯ロゼ。気付いてるか?」


「勿論。というか周りの人間も全員気付いてるわ。気付いていないのは本人だけね」


 どうしたものか。屋敷をでてすぐの辺りから、ずっと尾行されているのだ。いや、尾行だなんてちょっと恰好良さげな単語を使う必要は無い。なんだろうアレは。果たして隠れる気があるのだろうか。


「姉さんにも困ったモノね。どうするオルト?」


「周りが不審がってるからなぁ、ビルマさんには申し訳ないけど、捕獲しようか」


「そうよねやっぱり。あれじゃ衛兵に通報されてもおかしくないわ」


 そう、ずっとビルマさんが着いてきているのだ。変装する気は多少あるようで、頭にスカーフを巻いて隠している。だけどせめて、今朝着ていた洋服は取り替えないと意味が無いんじゃないかな?


 あと、建物に隠れるのが下手過ぎる。こちらの頭が動くたびに大げさに動いて視線から外れようとするものだから、馬鹿みたいに目立ってしまっている。周りも見えていないのか、街人から不審な目で見られている事にもまるで気付いていない。


「じゃあオルト、そこの小路に入って誘い出しましょう」


 了解。そう言って小路に入り、入り口で息を潜める。潜める必要も無かったかも知れない。俺たちを見失ったビルマさんは、慌ててこちらに走り寄る。


 そして建物の陰を抜けた所で、ご対面。


「あ、あの。すみません私急いでおりましてホホホ」


 取ってつけたような理由と他人のフリは無駄だ。どう考えても取り繕うのは不可能な状況だぞ。


「急いでお屋敷に帰ってね姉さん。ついてくるなら、家格を落とす事になるわよ」


「貴方たち!一体何をする気なの?家格を落とすだなんて何を考えてるの!?」


「⋯⋯何かをしてるのは姉さんよ。尾行してるだなんて知られたら、街の笑い物よ」


「ナ、ナンノコトカシラ。私ハタダノ通リスガリヨ⋯⋯」


 いやもう絶対無理でしょこの状況。まだ言い逃れ出来ると思ってるのだから逆に称賛してしまいそうになる。あくまでシラを切りとおすつもりのビルマさん。どう対応しようかと思案していたが、ふいにロザリアが彼女に抱きついた。


「もう、姉さんたら心配性なんだから。私もオルトも今は冒険者よ。そう簡単に大変なことにはならないわ。安心してお屋敷で待っていて頂戴。お願いよ」


 そうだ、ロザリアはその昔、誘拐された事があると言った筈だ。殆ど未遂と言っていい時間で救出されたが、その時隣にいたのは2番目の姉、つまりビルマさんだ。その時の事をずっと気にしているという事だろう。心配で心配でたまらず、こうしてついてきてしまったのだろう。


 まだ少し不満そうにしていたが、どうやら観念したようだ。ちゃんとお留守番できる子にはお土産を買って帰るわよ、と半ば揶揄う様に言ったロザリアに大人しく頷き、そのまま帰宅していった。見ればビルマにも尾行がついていたようで、途中からはメイドさんと二人になっていた。


 ううん、やっぱりメイドさん怖い。あっちには全然気付かなかった。

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