第48話

 朝、なんとも清々しい朝だ。ベッドのふかふかさとバスローブのふわふわ具合で随分ゆっくりと眠れた。昨日、お開きになった後、俺もそのまますぐ寝てしまったというのも大きいかも知れないが、それにしたっていい朝だ。


 昨日食べ散らかした物も既に片付けられている。既に痕跡すら残っていない。せめて片付けくらいはこちらでやろうと思っていたのだが、何処に運べばいいかわからない状態で屋敷をウロウロするのも迷惑だろう。朝なら起きている人も多いだろうし、その時にでも聞けばいいかと思っていたが、やはりそういう仕事は全てメイドがこなしてしまうようだ。


 はー、俺も貴族に生まれたかったなー!


 冗談はさておき、取りあえずバスローブから着替える。当然といったようにベッドの横にあるサイドテーブルには着替えが用意してある。至れり尽くせりが過ぎる。


 しかも、また昨日とは違う服だ。昨日よりもラフな恰好と言えばいいか。今日は街歩きという話だったから、これが適した服なのだろう。昨日よりも柔らかい素材で作られており、動きやすさ重視であることがわかる。しかも足元に置いてあった靴まで別の物だ。貸出品という事なのだろうが、見た目はどう考えても新品である。このためだけに用意したのだと考えると、本当に頭が上がらなくなる。


——コンコン


 着替えが終わったとほぼ同時にノックの音がする。え?何見られてたの?それともメイドのスキルなの?怖い。


「はい、どうぞ」


 そう言って迎え入れたのはやはりメイドさんだった。昨日俺を案内したメイド長とは別の、少し幼さを残した少女といった印象の娘だった。彼女は事務的に朝食の準備が整っていることを伝えると、そのまま音もなく去っていく。絶対あれメイドじゃないよ、暗殺者の類だよ。なんて思いながら、昨日案内された広間へと向かう。


 広間には既にキャロルさんとロザリアが居り、お茶を頂いていた。何処に座ろうかと悩んでいると、ロザリアから隣に座るように促される。食事のマナーなんてのも良く分からないしな、彼女に聞きながら朝食を頂けるなら有り難い。


「あらあら朝から仲良しさんねぇ、お母さん少し妬けちゃうわ。そっちに行っていいかしら?」


 キャロルさんはどうやら相当なマイペースと言うかお茶目さんと言うか。適宜突っ込んでいては身が持たなそうなので、その辺は全部ロザリアに任せることにした。


 遅れてビルマさんがあくびをしながら到着すると、それを見計らったかの様にゴルテオさんも現れる。それと同時に食事が運び込まれ、朝食がスタートした。


 てっきり、食事への感謝とかお祈りみたいな物があるのかと思ったが、そういう分化は無いらしい。目上の者が食べ始めたら後は好きにしていいとの事だった。


 テーブルマナーに関してもそれほど厳しくはない。あまりカチャカチャさせない方が良いという程度であり、会話をしながら楽しむのが一番だ、とビルマさんは言っていた。流石に喋り過ぎてゴルテオさんに注意はされていたが、それでも大人しくならず、最終的には許容されてしまったのだから、普段からこんな感じなのだろう。


「そういえばロザリア、今日のプランについてなんだけど」


「オールートーくーん!?」


 すっかり忘れていた。ていうかここで呼び直せと言われても無茶苦茶ハードル高いので勘弁してもらいたいのですが無理ですねコレ。


「ろ、ロゼ、今日のプランなんだけど」


 死ぬほど恥ずかしいぞコレ。拷問かな?全員が食事を止めてこちらの動向を注視するとかさ、俺はこの時の為にやってきた芸人とかそういう類では無いので、軽く流してもらいたのですがー?


 もう全員が微笑ましい感じで見つめる物だから辛い。昨日は厳しい顔をしていたゴルテオさんまでもが微笑んでいる。一体どういう心境の変化なのか。


 お互い顔を紅くしているのは分かっている。だけど会話を途切れさせる訳にも行かない。なんとか気持ちを落ち着けて、会話を続ける。


「俺はこの街に詳しくなくて。不甲斐ない話ではあるんだけど、今日は出来れば案内を頼めないかなって」


「⋯⋯私もそのつもりだったわ。ま、食べ物が美味しい店とかは詳しくないから、その辺はちょっと冒険してみましょう」


 お互いの思惑が一致する。さっさと話を決めて、この空気を終わらせることだ。さもなければ延々とオモチャにされ続けてしまう。辛い。


「それなら、お母さんオススメのお店をいくつかメモしてオルト君のお部屋にメモを届けておくわねぇ。今日は一日、ロゼを宜しくね」


 キャロルさん助かります。でも、それここで言っちゃったら俺の株あがる事無くない?言わなかったとしても何で知ってるか聞かれれば結局同じことなんだけどさ。


「それじゃ私は先に行って準備するわ。30分後に入り口で待ち合わせしましょう」


 わかった、と短く伝えて手を挙げる。どうせ同じ屋敷なのだから、直接部屋で合流すればいいのでは?なんて野暮なことは言わない。女心というのは難しいものだが、そういう事に憧れるという事くらいは知っている。


「さて、私からも一言」


 ロザリアが広間を去ったのを確認すると、ゴルテオさんがそう切り出す。


「ロゼの帰る場所はこの家だ。それはもう大丈夫だが、街はまだそうとは言えない。出来る事なら、故郷はここだと胸を張って言える様になることを期待しているよ」


「わかりました。必ず、とは言い切れませんが。俺が出来る事は全てやってみます」


 良い返事だ、ありがとう。とゴルテオさんはニコリと笑う。昨日宣言した通り、俺の事を信頼してくれているのだろう。それなら、期待に応えるのは当然だ。


「んー、お姉ちゃんはちょっと心配だにゃー」


 流石に着いてくるとは言わない様だ。出来れば着いてきて欲しい気持ちはあるのだが、それではロザリアの為にならないかもしれないという事だろう。兎に角だ、今日一日は俺一人に掛かっている。頑張るしかないだろう。


 部屋に戻ると、先ほどキャロルさんの言っていたメモが既に用意されていた。本当に仕事が早い。


「どれどれ」


 メモには、簡単な地図とお店の名前が記されていた。基本的には大通り周辺の店だけで、細かい通りには行かない様に注釈されていた。治安の問題というよりは、迷子の恐れの方を心配してくれているのだろう。


 それに、人目に触れること自体が目的なのだから、大通りの方が都合が良い。


 というか、絶対ダメよと書かれた区域には、態々宿泊施設の情報が載せられている辺り、少し思惑を感じてしまう。これはあれか、コント的な奴だろうか。


 流石にそんな事は出来ないので、大人しく指示に従って絶対近寄らない事にしておこう。絶対にだ。

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