第39話
装備が完成したので取りに来い。そう書かれたメモが受付嬢から渡されたのは、ワイバーンを狩ってから12日後の事だった。予定よりも少し早いがこちらは既に準備万端。早速取りに行く為、ガンテ防具店へと足を運んだ。
「来たかの、年甲斐もなくはしゃいでしまってついつい夜なべまでしてもうたわい」
そう出迎えたガンツさんの目の下には凄いクマが出来ていた。その割に気分は晴れやかという印象なので、多くは追及しない。防具の方向性等を語り合ったときと言い、やはり男はいつまで経っても少年なのだろう。楽しんで仕事をして貰えたのならこちらも有難いってもんだ。
「さてさて、コイツが完成した装備一式じゃ。調整も兼ねてここで着替えてくれ」
そう言われて試着室へと向かうロザリア。こっちは服に関しての変更は無いからここで充分だろう。早速着替える事にする。
新装備は革の上着と一体化した鎧だ。上着を着る感覚で装着が完了するため、以前よりも扱いやすい印象へと変わっている。左側だけ袖が長く、右側は袖が無い。重量バランスを取るため、右側には少し重めのプレートが肩に付けられているが、無くても充分と感じる程、重みを感じない。左半身は胸の部分も金属で覆われていると言うのに、匠の技と言うのは素晴らしい。
左袖に固定された金属部分も良好。近接戦闘向きで可動域が広い割に、装甲部分が少ないと言った事もない。指部分が3本タイプに変わった為多少の違和感があるが、強度とメンテナンス性を重視した結果なので文句はない。殴ることが多い分、ナックルガードにも厚めの装甲板が配されている。いい仕事だ。
革部分は元の赤から比べるとかなり控えめに抑えられたこげ茶色。金属部分、装甲の色は白だ。魔力を通す事で黒に変わるという塗料を使用しており、試してみると驚くほどスムーズに黒へと変化した。白色時には光沢のある見た目が、スッと非光沢の黒に変化する様は非常に楽しい。
「色を戻すときは胸のプレートの裏にある紐を引けば戻るからの」
そう言われてごそごそと弄ってみると、わっかのついた紐が確かにある。グイと引っ張ると先ほどとは真逆の流れで白に戻っていく。めっちゃ楽しい。
「これだけで一日中遊べるよ、ありがとうガンテさん!」
お互いガシッと握手する。本当にこの人に頼んで良かった。
他にも色々と変更点がある。ククリはミスリル製のマチェットに変更され、背中の右側に背負う形で装備するようになった。これも左腕とバランスを取るためだ。マチェットと言っても刃渡りは30㎝に満たない短めの物で、刀身も分厚い。攻撃用と言うよりは防御用に使用する場合が多いため、耐久性重視で頼んだものだ。
ダガーとスローイングナイフについてはそのままだ。どちらかと言うと使い捨てになりやすい武器なので、高価なミスリルは勿体ないという判断。
俺の剣技は正直言って心許無い。先の戦いでも、結局慣れないロングソードでは戦いづらく、途中から殴った方が早いと結論づけてしまった。師匠からそこそこの手ほどきは受けたが、メインはあくまで超至近距離での戦闘だ。
折角師匠から奪った剣の使い道が無いというのも勿体ないのだが、拳闘士に特化すると決めたのは俺だ。あらゆるスキルを扱う能力があるとは言え、器用貧乏では意味が無い。しかし、奥の手としてもう少し剣技を学ぶ必要性も感じ始めているのも事実だ。もう少し出発を送らせてでも学ぶべきだったろうか。
新装備の感触をチェックしながらそんな考えを巡らせていると、着替えの終わったロザリアが店の奥から出て来る。
「ど、どうかしら⋯⋯」
スカートだ!それもミニスカートだぞ!
「似合ってるよ、ロザリア」
文句なしのいい仕事だ。今までグレーだったポンチョは白に変更され、ふちの部分には金色の刺繍が施されている。スカートも同様で、端には金色のライン。上着は綺麗な赤を採用しており、その上に装備されたプレートも白く、金の縁取りがされている。太めのベルトとブーツはこげ茶色で落ち着いており、その間に覗く素足を引き立たせている。
武器の杖は以前より短く、120㎝程になっている。見た目は完全に魔法使い用の杖といった感じだが、非常にシンプルで左右非対称。杖の先には、普通の魔法使いなら必ずと言っていい程装備している、
どこからどう見てもただの杖だが、槍として扱えるように刀身が隠されているとの事だ。ぱっと見では判断できない為、相手を欺くという用途では完璧だろう。
「ロザリアってばスカートの中にショートパンツ履いてるんだよ、ズルくない?」
不満そうな声を上げながら現れたシャルが、その尻尾でロザリアのスカートをめくる。ふわりとスカートが舞い上がり股上の浅い黒のショートパンツがチラリと覗く。
「ちょっとシャルちゃん、いくら履いててもそれは恥ずかしいってば!」
例え下着でなくとも良いものが見れた。シャルグッジョブ。下着でないのが残念と言えば残念だが、その辺もガンテさんの拘りなのだろう。
「オルトが戦闘中に注意散漫になっても困るじゃろ。あとは敵が成人男性だった場合、下着じゃないと知ってガックリしたときの隙はデカイぞ」
ん、その気持ちは分かる。思わずツッコミ入れたくなるもん。
「ボクの目線だったら常に見放題だったのになぁ⋯⋯残念だよ」
大きくため息をつくシャルも、よく見れば着替えを終えている。今まで背中側にしかなかった革のジャケットは、胸側まで覆う形に変更されている。こげ茶をベースにピンクの花びら模様がワンポイントで施されており、可愛らしさがアップしている。
「シャルも随分可愛くなったな。ところでティナに貰ったバンダナはどうした?」
「大事だから内側のポッケに入れて貰ったよ。戦闘でボロボロになるのヤだし」
おしゃれや思い出も大事だが、これからは戦闘重視で行くという事だろう。綺麗な花びら模様も、魔力を通せば消えるように調整されているらしい。白と灰色の毛並みは隠密行動向きとは言えないが、シャルが覚えているスキルや身体能力で充分カバーできる範囲だろう。気配遮断なんかは俺よりレベルが高いしな。
「さて、お披露目が終わった所でオルトには少し話があるんじゃが、エエかの?」
「それじゃあ私は先に街の外に出て杖の具合を確かめてみるわ」
ボクもボクもとシャルが言い、二人は店外へと出ていく。何やら察してくれたのか、ガンテさんと二人きりにしてくれるようだ。
「まずはコレじゃ。ホイ」
そう言って小瓶を二つ、目の前に出してくる。
「これは?」
「剥離剤と接着剤じゃ、お前さんの防具の内側の素材用のな」
俺がこの防具の内側に使用しているワイバーンの骨を別の物に変更しようとしていた事を、ガンテさんは気付いていたようだ。今までの彼の鋭さを見る限り、気付いていない訳がないとは思っていたが、あっさりと助力まで申し出てくれる。
「お前さんが何を考えてるかなんて一発よ。ワシに言えないってのは少々残念じゃが、無理に聞き出すってのも性分じゃないしの」
申し訳なさと有難さで胸がいっぱいになる。言ってしまえばこの罪悪感も少しは減るかも知れないが、それが当たり前の技術として確立してしまったら自らの首を絞めてしまう事になる。ガンテさんの口が固くても、知っているというだけで危険になる可能性があるのは心苦しい。
「ごめん、ガンテさん」
「気にする必要は無いぞ?あんな量のミスリルを出した時点で更にヤバそうな素材を持ってるであろうことは想像してたからの。聞きたい気持ちはあるんじゃが、聞かないのが正解じゃとワシも思っとるよ」
それともう一つ、と言いながら小瓶を再び出してくる。装備の補修用塗料だ。本当何から何まで至れり尽くせり。改めて感謝の意を述べる。
「なぁに、気に入ったヤツがいたらキッチリここを宣伝してくれれば大儲けじゃよ」
「それならいっその事、背中にガンテ防具店製作なんて書いちゃいますか?」
ダサい、と二人でハモり、そして笑った。
「それじゃあガンテさん、お世話になりました」
「おう、またな」
改めてもう一度お辞儀をし、ガンテ防具店を後にした。
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