トール
第40話
新装備の調整が終わり、俺たちは次の目標であるガレッジ村へと旅立った。初めての国境越え、ユノクスからモルヴォーイへと移動する際には、ギルドから通行手形の発行をして貰うなど色々と手間が掛かった。
「トールと会った後はどうする予定なのかしら?」
旅の途中、ロザリアはそう話していたが、この後の情報は何もない。ノープランでの旅を続ける事になるだろう。
「それなら、私は魔法を学ぶためにマグランシアまで足を運びたいわ」
マグランシア。技術の探求者が集う国。来るもの拒まずでありとあらゆる種族が修学に訪れるこの国は、神聖国アルムシアと隣接した大国だ。
「学校の様に何年も学ぶ場所もあるけれど、覚えたい魔法やスキルのコースを受けるのが一般的だからそれほど時間は掛からないわ」
貴族の様に安定した収入を得られる者でも無い限り、何年も無収入での修学には無理がある。どちらかと言うと各種試験の様な、短期で必要なものを得るというのが人気らしい。
「学校ともなると貴族のたまり場で、他の種族を見下しがちだから。そう言う部分でも人気が無いのだと思うわ」
なるほど、よくあるお決まりの奴だな。長期間の拘束は望むところでは無いし、短期で必要な能力を得られるならその方が良いだろう。
「それじゃあガレッジ村での仕事が終わったら、マグランシアへ向かうとしよう。モルヴォーイでの滞在は短くなるけど、観光に来てる訳でも無いしな」
ありがたい提案だ。ロザリアも使える魔法と言うと初級か中級の一部だけであり、更にその上を学ぶならキチンと師事した方がいい。俺に関しても、普通のスキルと言うのを学ぶのは重要だ。バグとも呼べる裏技だけで全て事足りる訳でも無い。
「ガレッジみえたよー!」
先行していたシャルから声が掛かる。モルヴォーイの首都から少し外れただけのこの場所は、広大な農地を抱える農村地帯だという。
周囲の安全が確保されている為警戒に人を割く必要が殆どなく、居住区の周りにも小さな柵が設置されている程度だった。
通りすがりの冒険者、そういう体を装うためにギルドへと向かったが、この村にはギルドの建物が無い。薬屋に簡易ギルドと言う名の掲示板のみが設置されているだけだと言う。
となれば長居は無用なのでさっさと目的のトールへ会いに行くこととなった。
「いらっしゃい、ここに来るなんて珍しいね」
そう言って出迎えたのは高齢の男性だった。白髪頭と、皺でくしゃくしゃになった顔をしていた。トールと名乗ってくれたので目的の男性である事は間違いない。情報通りの転生者かもしれない男だ。
「僕の商品は殆どがもう手元を離れてる。首都のギュッセルかシーランド領に行く方が品揃えは豊富だよ」
「旅の途中でたまたま寄っただけなので。つい最近ユノクスから出てきたばかりなんですよ」
「へぇ、その割にはあんまり驚かないんだねぇ」
店内には多種多様の道具が並べられている。普段見かけるような物はそう多くなく、どれも転生前ならそこそこ見かけていた様な商品ばかりだ。もちろん驚きはあったが、新鮮味に欠けるといった印象は間違いない。
「ああ、それならそこのロザリアがこの国出身なので。話だけは聞いてたんです」
慌てて取り繕う。油断していたつもりは無いが、既に情報戦は始まっているのだ。当のロザリアは商品を手に取りながら色々と吟味している。やはり小物が好みのようだ。
トールは一度ロザリアを見ると、興味は無いとばかりに再びこちらに視線を戻し、話を続ける。
「単刀直入に言うよ。僕は同郷の者を探すために道具屋を始めたんだ。ニホン、と言う言葉に関して何か知っていることは無いかい?」
彼女に聞こえない様に小声でそう呟くトール。正直驚いた。こちらからどう仕掛けるべきかと迷っていた所で、本人から直接その話題が提示されるとは。
正直戸惑う。どう返答するのが正しいのか。何故彼はいきなりこんな話を始めたのかも分からない。下手に変なことを言えば敵対せざるを得ない状況にもなる。
「難しい話じゃないよ。以前にも君のような子が何人か訪れたことがあるからね。もしかして同郷の人間かなと思ったんだ」
考えあぐねていたこちらに提案とばかりに話を続けるトール。彼が一方的に情報をくれるというのであれば、先ずはそれを聞いてから判断する方が良いだろう。
「僕は故郷に帰る手段を探している。もう何十年と経つけど、いまだに故郷が忘れられなくてね。僕自身は足が悪くて冒険は出来ないから、こう言う情報収集に頼ってるんだよ」
信用していいのだろうか、不安は募る。だが、こちら側が情報を出し渋れば、そのまま逆に不信感を抱かれることにになるだろう。
「ロザリア、済まないけど少し店の外に出てて貰えるかい?」
せめてもの切り札だ。彼女が転生者である事は伏せた上で話を進める。万が一戦闘になれば数の有利は無くなるが、恐らくその線は無いだろう。
店の入り口付近で商品を物色していたロザリアも意図を察したのか、軽く返事をすると外に出ていく。外周の監視をしているシャルと合流するつもりだろう。その方が店内の状況を把握しやすい筈だ。
「じゃ、こっちも単刀直入で。実は帰れる手段がある」
ここからは包み隠さず。日本に帰還する方法とこの世界に俺が来た理由を話す。
「なるほど、死ぬか⋯⋯ううむ。その場合、死体は残るのかい?」
「ああ、既に送った奴のは残った。帰るのは魂だけで、肉体は向こうで再構築されると創造主は言っていたよ」
「実績があるという事だね、そうかそうか」
戻れる手段はあるが単純に喜べる内容では無い、という事がトールから伝わって来る。そりゃそうだ、死んでくれと言われて直ぐに納得は出来ない。可能であれば創造主と連絡を取ることで説得出来るだろうが、向こうは気まぐれだ。
「全面的に信用することは出来ないだろうけど、考えてみて欲しい」
「⋯⋯死ぬことについては問題無いよ。やり残した事はもうない。だが、死んだあとが問題になるね」
聞けばトールは現在の仕事について強固なパイプが出来上がっていると言う。商人どころか有名貴族ともだ。不審な死であれば当然色々と調査される事になる。そうなった場合を案じてくれているらしい。
「君たちはまだ旅の途中だろ?僕自身、帰れれば後はどうでもいいだなんて言えないし、ご覧の通り僕は足が悪くこの店に引きこもってるんだ。唐突に居なくなったとしても、君たちが疑われる事になるだろう」
つまりは外傷のある死体を残すのはご法度。毒物関連も検死されればアウト。行方不明扱いでも疑われるのは余所者の俺達だ。
「今日の所は手詰まりって感じかな?日も暮れてきたし、明日朝一でまたここに来て貰えると助かるよ」
トールには店番もある、確かに余り長居するのは問題だろう。お客さんなんて滅多に来ないとは言っていたが、冒険者が長時間店に滞在したあと、不審な死を遂げたとなるのもやはり問題だ。
「わかった。一度宿屋に帰って明日また出直すよ。それまでに何かいい案が重い浮かべばいいんだけど」
「それじゃあよろしくね⋯⋯えーと」
まだ名乗っていなかった事に気付き、名前を告げると共に挨拶すると店を出る。彼を帰らせる方法について、ロザリアやシャルとも話し合わないとな。
◇◇◇
「それで、結局どうするの?」
散々考えあぐねた結果、あまりいい案は浮かばなかった。死に際して、俺自身が看取らなければならないという事が枷になるとは思いも寄らなかった。これなら敵対していた方がマシだったのではと思った位だ。
「偽の殺人犯をでっちあげるってのが結局一番無難なのかな」
手口としては、非武装の俺がトールと話してる間に犯人が現れるというシナリオだ。そのまま犯人は鋭利な刃物を使用してトールを殺害、そして逃亡という流れ。
俺のステータスを調べても魔法は習得していないから、その辺の偽装工作も上手くいくだろうという予想だが、楽観論でしかないとも言える。
「攻撃魔法を使えばいいんじゃないかしら?オルトなら平気でしょ」
「万が一にもロザリアが疑われる訳にはいかないよ。そこで、兼ねてから練習中だった
現場検証で疑われる訳には行かないので、装備類は全て宿屋に預けていく必要がある。無限収納はロザリアの物を使っても良いだろうが、人殺しの片棒を担がせるのも気が引けてしまうという理由もある。可能な限り現場にはいて貰わない方がいい。
旅の最中、余裕があれば無限収納を再現するためにアレコレ手を尽くしていたが、正直かなり難しい領域だ。なにせ原理がてんで分からないのだ。
攻撃魔法の類なら自然現象と結び付けて模倣と構築を行うことができ、失敗しても発動しないという程度のリスクしかない為トライアンドエラーが効く。だが、収納の場合は失敗したら中身ごと消えてしまう恐れがあるのだ。確実に構築出来なければ貴重な装備品を失う恐れがある。
「
「疑われないためにはそういうのを一切持たない方がいいと思うよ」
「⋯⋯相変わらず入念ね、悪い事じゃないけど。それなら未来予知を使うべきだと思うのだけれど?」
いや、それはダメだ。安易に使えば今後も気軽に使ってしまう事になるかもしれない。出来るだけ彼女に負担をかけたくないと言うのが本音だ。
「今日中に出来る限りの事をするよ。それで無理ならお願いするかもしれない」
とりあえずこちらで出来そうな事は全てやっておく。もしかしたら明日には、トールさんの方でも何かいい案が浮かんでいるかもしれないしな。
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