第38話

 結局、アップルワイバーンはその日のうちに狩り終わった。途中、まだ幼いワイバーンの邪魔が入った為、トータルでは9体を狩った。若い方は素材としてはあまり良くないと言う事だったので、魔石を打ちぬく練習台になって貰うことになった。


 練習台で狩るのは申し訳ない気持ちなったが、肉は美味いらしい。綺麗に血抜きを行った後食材として食堂に卸す事になり、臨時収入としては充分な稼ぎを得られた。無駄な殺生とならずに済んで良かったよ。


「おう、中々早いの。感心感心」


 俺たちを出迎えたガンテさんは特に気にする様子もなく受け入れてくれた。魔法の収納鞄マジックバッグに偽装した無限収納インベントリから魔物を出しても、特に驚きもしない。割と一般的なのだろうか?


「ロザリア嬢ちゃんは引退しても商人で食ってけそうじゃな。オルトはヒモかの?ほっほっほ」


 人聞きの悪い事を言う。とりあえずこれくらいの量なら普通に見るという事だろう。ロザリアもその辺は承知の上で出したという事かもしれないな。


「そうじゃそうじゃ、装備の色について聞くのを忘れとったわい」


 そう言うと、カラーカタログとばかりに金属製の棒を取り出してくる。縞々に染色された一本の棒は、なんだか怪しげな呪術にでも使いそうな見た目をしていた。その中から選べという事なのだろう。充分に吟味するつもりだったが、ロザリアの返答は早かった。


「私は真っ白でお願いするわ。パーティ名にもね」


 なるほどね。だが俺の場合はそうも行かない。斥候スカウトの仕事を考えると、目立たない色合いの方が断然いい。金属の光沢も極力排しておかないと、夜間では気付かれてしまう。


「なら黒系統じゃが、真っ黒というのもそれはそれで目立つからの。茶系統と混ぜて落ち着かせるのが一番かのう」


 青系統という選択肢もあるが、革素材が赤の為面倒らしい。ワイバーンの革をくすませて、指し色として配置しつつ非光沢処理を行うのが一番だと提案された。


 白黒コンビか⋯⋯良く見るヤツだなぁと思いつつも、それを理由に色変えするにしても選択肢は多くない。ベタではあるがここは諦めるしかないか。


「オルトには好ましくないかもしれんが、つがい⋯⋯パーティとして統一感を持たせるために白も採用するぞい。戦闘時は隠せるように配色しとくでの、手間じゃが他の冒険者に分からせておいた方が都合が良かろう」


 爺今なんてった?つがいとか言わなかったか?


「お、そうじゃ!折角じゃから実験台になってもらうか。魔力を込める事によって色が変わる染料なんてのが開発中での。採用してくれるなら有難いんじゃが?」


 え?何それカッコいい。素敵な提案をされるものだから、さっきの失言に対するツッコミをするタイミングをすっかり逃してしまう。


「シャルちゃんもそれを採用するかの?普段は可愛い方がエエじゃろて」


「やったー!ありがとうガンテおじちゃん」


 場にいる全員が何となく失言をスルーする方向で話が流れているし、追及は諦めるか。シャルも喜んでいるし、水を差すのも野暮だろう。装備の製作に関してはもう全部ガンテさん任せだ。後は完成後に細かいフィッティングなんかもあるだろうが、それらを待つ間に旅の資金稼ぎを行わないとな。


 驚いたことに、ここバルネドの街はかなり依頼が豊富だ。その割に冒険者の数は少なく、依頼が余っている状況というのはなんとも勿体ない。


 有難いとばかりに散々稼がせて貰ったが、普段余った依頼は工房の職人が暇なときに消化しているそうだ。冒険者が多くなれば工房が忙しくなり、少なければ暇になる。そういった隙間を埋めるために依頼が豊富にあるのだとギルド員が説明していた。


 少し悪い事をしてしまったかなと思ったが、賞金首の依頼で訪れた冒険者と行商人がそこそこ買い物をして行ってくれたお陰で、いまは工房も補充で大忙し。依頼を消化するのは問題ないとの事で助かった。


 依頼と並行して行っていた訓練も順調。肉体強化のデメリットとして成長阻害があるかもしれないとロザリアには説明したが、二つ返事でその訓練も行うことになった。実際に不老化するとなるとマキシ並みの強度が必要だろうから、そう易々と辿り着けはしないだろう。


 もし不老となってしまったら⋯⋯そう考えると不安ではある。だがそれでも二人で生きていけるなら、きっと寂しくはないだろう。なんてな、別に付き合ってる訳でも無いのに。少し自意識過剰だろうか。


 肉体強化の訓練は、極力負担を減らそうという事で1回で1日分、つまり全身の骨を一気に砕くという方法で行うことにした。だが、驚くことにロザリアの精神力は半端なかった。何度も気絶はしたが、起き上がる度にもう一度行うと言い出し、たった1日で訓練を終わらせてしまったのだ。


「何度も未来予知でオルトに殺されてるって言ったでしょ。後半はむしろ貴方に殺される事でどこか安心してたくらいよ」


 えぇ⋯⋯何それ怖い。病んでないソレ?未来予知の副作用、本当にヤバい。


「オルトが気に病む必要は無いわ。私が私の意志で行ったのだから。今は使うのを躊躇ためらってるけど、それも克服するわ」


 それの判断は難しい所だ。今後の指針としても使って貰った方がありがたいのは事実。だけど、それによって彼女が摩耗していくというのであれば使わない方がいいだろう。


 元はチートに頼るつもりなどなく、独りで戦うつもりだったのだ。それが二人に増えたってだけでも充分ありがたいのだ。


「しばらくは無理せず対応していこう。とりあえず次の目標は定まってるし、いきなり戦闘って事にはならなそうな相手だからね。戦うだけが解決手段って訳じゃない」


「そうは言っても、正しい攻略ルートを取るって意味でも予知は必要だと思うわ。行き当たりばったりで解決出来る程簡単じゃないと思うわよ?」


「それはそうだけど⋯⋯使う時は相談してから決めよう」


 少し不満そうにはしていたが、理解してもらえたようだ。現状、彼女は自分の無力さに焦っている。過去に問題が無かったからと言って油断した結果、自らの命を危険に晒してしまった。そして、自分が足手まといだと負い目に感じてしまっている。


 だが、それは俺にも原因がある。かつてロザリアとパーティを組むと言ったときの戦闘がそれだ。全力でといいつつ手を抜いた戦闘が、彼女を慢心させる結果となった可能性も否定できない。彼女の好意に甘え、彼女を甘やかした。そのツケが取り返しのつかないモノになる前に、改めて律しなければならない。


「装備はあまりまともな状態じゃないから、訓練に近接戦闘を取り入れよう」


「私からもそうお願いしようと思ってた所よ。今度は手加減なしでお願いね」


 どうやらロザリアも手加減について気付いていたようだ。『未来予知』無しでも充分に戦える賢さが彼女にはある。それを伸ばし、お互いに高め合える関係になるならば、まずは同等の力を持つことが重要になる。甘えを捨てなければ、この先は立ち行かないだろう。



◇◇◇


「それじゃあ、お願いします先生」


「先生はナシ、オルトでいいよ。ここから対等の関係だ」


 金策の合間に行う訓練。今日は以前相談したとおりの近接格闘だ。お互いに武器も防具も無し、回復以外の魔法とスキルも無しの取っ組み合い。ステータスに頼らない戦闘技術を高める為の殴り合いだ。


 武術というのはまず身体の動かし方から始まる。スキルという、他人が作り上げ共有されている技術を使って戦うだけでも、充分な戦闘はこなせると言っていい。だが、それだけではいずれ限界が来るのだ。スキルを使うか使わないかの判断だけでも、戦闘の結果は大きく変わる。


 今一番何が必要なのかを判断する能力は、残念ながらスキルリストには登録されていない。自分で磨くしかそういったものを鍛える手段は無いのだ。それが、ゲームでは無いのにゲームの様なこの世界の落とし穴。転生者という存在では、そういった穴に易々と足を取られてしまうのは想像に難くない。スキルさえ、魔法さえ沢山あれば強くなれる等、決してあり得ないのだ。


「——セイッ」


 先ずは小手調べとばかりに拳を放つロザリア。槍使いという事もあってか、自らの拳を槍に見立てての突き技。脚運びも鋭く、一瞬で間を詰めてくる。


——パシィン


 だが当然そんな物では拳闘士インファイターに適う筈もない。突き出された右拳をいなし、隙が出来た右脇腹への殴打。ボキリと肋骨が折れる感触を確かめると、すぐさま回し蹴りでロザリアを転ばせ、顔面に拳で寸止め。


「中途半端な挨拶じゃ、あっと言う間に返り討ちだぞ」


「参るわね⋯⋯本職相手じゃここまで差が出るなんて思わなかったわ」


「肝心なのは初撃の後、相手がどう返すか予想しておく事だよ。自分がどう攻撃を続けるかだけ考えてるとこうなる」


「あら⋯⋯予知能力者なのかしらね?」


祝福ギフトなんて無くたって人は預言者になれるのさ」


 ふふふと笑いながら身を起こすロザリア。既にダメージは回復しきったようだ。ならば第二ラウンドの始まり。お互いに距離を空け、再び戦闘を行う。


 今度はこちらから、先ほどのロザリアの挨拶の模倣、全く同じ攻撃を放つ。知識の足りない彼女に教えるなら、反復とばかりに似たようなシチュエーションで戦う方が効果が高いだろう。どう反撃してくるか、見物だ。


——パッ


 先ほどの俺の模倣、右手で拳をいなすと、左拳による反撃。模倣には模倣で対応という事か、なるほど。つまり次の対応方法を吸収しようと言う訳か。


——パシン


 軽い。防御の為に差し出した左手への感触は薄く、脇腹に届くと思われた拳の威力は殆ど無い。単純な模倣では無いと言うだけで少し嬉しくなる。


 ロザリアは素早く拳を引き戻すと、そのまま下段への足払い。それを俺が読んでジャンプする事は当然織り込み済みだろう。大人しくその策に乗って空中へと逃れる。


 ぐるん、と足払いの勢いに任せて身体を回すと、そのまま空中にいる俺への追撃。低い体勢から手も使っての踏ん張りを効かせた蹴りだ。これならそれなりの威力が発揮できるだろう。良い判断だ。


 こちらは彼女の蹴りに合わせて同じく蹴り出し、ロザリアの蹴りの威力を使って間合いを取る。空中では逃れられないが、よほど鋭利な攻撃で無い限り威力を逃すのは難しくない。


 攻撃を合わせられたロザリアも衝撃を吸収するかのように後ろに転がり、既に体勢を立て直している。


 魔法でも使わない限りは着地点のコントロールは難しい。そこに合わせてロザリアが攻撃を仕掛けて来る。想定より少し早い。これなら着地前に到達する為、こちらの対応はかなり絞られる。


 攻撃は先ほどと同じく正拳による突きかと思われたが、眼前に迫ったのは貫き手。いなすだけの踏ん張りが効かず、衝撃を吸収するのも難しいであろうこのタイミングには最適。良く考えている。だが——


「うわっとっとぉ⋯⋯」


 対応しようと身構えたこちらに、攻撃が届く事は無かった。あまりにも予想外な展開。直前でつまづく様に体勢を崩したロザリアは、そのままこちらへと倒れこんでくる。


——どしん。


 月並みだがそんな効果音が聞こえる。着地直前で体勢を整えられられず、対応の切り替えも間に合わなかったせいで、もつれる様に地面に転がってしまう。


「ごめん、オルト」


 完全に抱き合う体勢だ。しかも今日は装備を外していたお陰で、彼女のふくらみがダイレクトにこちらの身体に伝わって来る。流石にうっかり揉むような事にはならなかったが、役得と言えば役得。不可抗力なので仕方ないとばかりに有難く堪能した。


 ロザリアは気にも止めない様子で身体を離すと、そのままゴロンと転がり俺と同じように地面に身体を投げだす。


「さっきの空中への蹴りの時、足をやられてたのね⋯⋯迂闊だったわ」


 痛みに耐えるのも限度が必要という事だ。我慢して大丈夫かどうかの判断で致命的なミスを犯した。回復する時間は充分にあった筈だが、追撃を優先したせいで肝心の踏ん張りが効かなかったという事だ。


 彼女の姿勢は評価出来る。すぐさま何が悪かったかという原因の洗い出しと反省。この分ならあっという間に技術は伸びるだろう。


 だけど、せめてもう少しさ⋯⋯キャッ!とか、どこ触ってるのよ!とかさ、なんかこう照れる様な仕草とかさ、欲しいよね⋯⋯。あまりにも素っ気なさ過ぎて少しだけ凹んじゃうよ?

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