第37話
バルネドに1か月滞在することが決まった。装備の製作に2週間ほど掛かるという事と、必要な素材を入手する時間が必要という事、ついでに訓練と新装備の慣らしとあれこれ考えた結果だ。
金銭を稼ぐにしてもこの街は丁度いいし、出来る事ならもう一度温泉を堪能したいという気持ちもある。そういうモチベがあれば依頼をこなす事にも身が入るというものだ。
1か月という期間は訓練を終えるには短い。もっとあっても良いのではと提案されたが、いくらタイムリミットが結構先だからといって油断することは出来ない。何より、長くなることがあるなら短くなることもあるのでは?という疑問もあるのだ。
現状送り返せた転生者はダンジョンマスターだけであり、他の転生者については無理だった。出会いは多いが事態は進展していない。それなりに歩みを進める必要があるのだ。
訓練内容に満足が出来なければ期間の延長も考える、という幅は持たせたが、出来る事なら1か月で終わらせたい所。まずはその為にも素材の収集を行うのが急務だ。
——アップルワイバーン
今回の素材集めで倒す必要がある魔物。日本にいた頃想像していたサイズよりはかなり小さめで、羽毛の無いデカイ鳥という見た目だ。推奨ランクはCというそこそこ強めの魔物であり、本来俺たちの能力では受けることが出来ない強さ。だが、賞金首の捕縛と言う手柄のお陰でパーティランクの実績解除が成され、一つ上のランクまでの仕事なら受けられるようになっていた。
名前から感じるイメージとしては非常に可愛らしいが、実際にはかなり獰猛だという。幼体が緑、成体になるにつれて赤くなり、やがて老いとともに茶色くなるという生態が名前の由来となっているらしい。
目的は深紅の成体、最も力のある個体を6体だ。新しい装備を作ってもらう手間賃と、それまでの間に代わりの武器をレンタルする料金も含まれている。お互いに得をするラインが丁度その辺りだという事でガンテさんに依頼された。こちらは報酬としてほぼ全ての装備が新調されるのだ。ギルドの依頼として受けた場合の報酬と比べたら破格の内容だ。
生息地は鉱山の更に先。放置すれば鉱山に被害が及ぶ可能性もあるという事で、定期的に数を減らすために山道が整備されていた。
今日は早速ワイバーン退治という事で、その道を歩きながら訓練を行っていた。基本的には知識的な部分になるが、ロザリアにとっては今一番重要な事だろう。
「魔族と呼ばれる魔石を持つ生物を倒す場合、最も効率が良い方法は何だと思う?」
「はい先生、首を
完全にノリノリのロザリアが、元気よく手を挙げながら物騒な答えを出す。その昔、学校に居た頃を思い出してしまう。当時はなんとも思ってはいなかったが、あれが青春という物だったのだろう。こんなに物騒ではなかったが。
「惜しい、70点!」
俺たちが狩れる範囲の魔族ならそれで問題ない。だが、それより上となると話は変わって来る。魔族の中には強靭な再生能力を備えている者も多く、首を刎ねるだけでは仕留められない事もあるのだ。
「正解は魔石を破壊する事だよ、ロザリア」
しかしそれは簡単では無い。基本的に魔石は心臓付近に存在しているが、正確な心臓の位置を知っていなければ出来ない芸当だ。
「知識があればそれが早いのだろうけど、そうじゃない場合は難易度が高すぎないかしら?心臓の位置を変えられる魔物もいるって聞いたことがあるわ」
「そこでだ、ロザリアの
「それはちょっと⋯⋯繰り返しの予知はあんまりしたくないわね」
彼女の『未来予知』は記憶の混濁というデメリットを抱えている。同じ日を別のパターンで繰り返すという行動は、記憶の
「本質はそこじゃないんだ。未来予知がどういうプロセスで行われているか、その仕組みを理解することで、未来予知無しに便利な能力を扱える可能性がある」
どういうことかしら?と頭に疑問符を浮かべているロザリア。一生懸命考えてくれてる姿は見ていて嬉しいぞ。先生頑張っちゃう。
「恐らくだけど、未来予知は魔力の流れを計測する事で未来を予測しているだけだと思うんだ。だからこそ、回避不能な未来を予知することはない。つまり——」
魔力の流れを見るという工程だけを理解して再現することが出来るなら、非常に濃い魔力が集中している部分が見える筈である。そう言う判断だ。しかも実際にその能力は既に獲得している。もう一つの祝福である精霊の存在が正にそれだ。
おおおお、と拍手するロザリア。腑に落ちる部分があったという事だろう。実際に実現出来るかどうかは分からないが、ものは試しだ。
「それってボク達でもできるのかナ?」
周囲の散策に出ていたシャルが戻って来るなりそう言う。どうやら付近には目的の魔物はいないらしく、暇を持て余しているようだ。
「多分な。ロザリアよりは習得に時間がかかるかも知れないのと、俺達はあんまりゆっくりできるポジションじゃないから見る意味は薄いかもしれないけど」
あれから3人で会議した結果、パーティの陣形も変更することになった。現状ではシャルが斥候を行い、俺が前衛、ロザリアが後衛。シャルは戦闘時には遊撃というポジションだ。
敵の左右からちょっかいをかけて注意を分散するのが目的となり、ロザリアには自衛能力を付けてもらう。全員の動きを視界内に収められてしまう陣形では、前回の戦闘の様に隙を突かれる場合もある。
シャルの危険性が上がってしまうが、彼女も立派なパーティの一員だ。ボクももっと強くなるからネ。とロザリアに誓い、シャルも俺に学ぶことを選んだ。とはいっても知識は師匠に授かっているから、後は猫の身体に合わせたスタイルを確立するだけなのだが。
「お?ワイバーン見つかったみたいだヨ」
早速のご登場、有難い。精霊達の働きに感謝だ。
「まずは見る事を優先して戦闘は避けよう。可能になったら狩るけど、今回は素材集めが目的だから魔石は残す方向で。ロザリアの答え通り、首を狩って仕留めよう」
シャルを救った時にしろ、精霊を見れるようにした時にしろ、俺は触れる事でようやく認識できたというレベルだ。鍛錬次第では見る事も出来るかも知れないが、それは追々。今は日常的に魔力の流れを観測していたという下地を持つロザリアが先だ。上手くいってくれればいいが——
「えっと⋯⋯なんか申し訳ないんだけど意外と簡単に見えたわ⋯⋯胸の間、丁度真ん中あたりねアレ。ついでに言うと血液みたいに流れてるのも見えるわ」
んー、流石チートスキル持ち。飲み込みが早すぎてちょっと引くよソレ。ワイバーンの魔石の位置については俺も学んでいるから、恐らく正解だろう。亜種であれば位置が違うと言う可能性もあったが、少なくともアップルワイバーンに関しては同じ様だ。
「優秀な生徒を持って先生は感激だよ。早速狩って解体して、答え合わせしよう」
以前から考えればこう言う事に抵抗がなくなったなぁとしみじみ思う。生き物の命を奪い、解体するだなんて。昔だったら間違いなく気分悪くなってた筈だ。
了解、の一言とともに風属性の魔法を発動するロザリア。空気を圧縮して鋭く整え、かまいたちの様に切り裂く初級魔法だ。発動した魔法はなんともあっけなく首を切り裂き、悠々と飛んでいたワイバーンはあっさりと絶命、落下する。衝突時に素材が傷まない様にと、更に風魔法でクッションを作るのも忘れない。
「仕事が早いねロザリア。ちなみに風魔法を使った理由は?」
「そこそこ距離があってまだこちらに気付いてなかったからよ。相手から見えにくい風魔法なら気付かれる前に仕留められる可能性が高いわ。あと素材も傷めずに済むし」
「満点!」
ほとんどの魔法を精霊頼みで行っていたロザリアは、魔法の知識に乏しい。精霊たちも色んな知識は持っているが、それでも魔法使いと名乗るには少々足りない。普通は一属性を極める形で学ぶ所を全属性使えるというメリットだけで補ってきた彼女の弱点。それを補う形で知識を共有していく。
とは言え、俺も詳しい訳ではない。師匠が脳筋だったお陰で、基本的な部分しか学んでいないのだ。いずれはキチンとした魔法使いに師事する必要があるだろう。現状は、適切な魔法を使用するという事を理解して貰うだけだ。
解体の結果、ロザリアが見ていた物は間違いなく魔石だったと判明。訓練の成果は上々、といった所だ。これなら今日中に必要な分のワイバーンは仕留められるだろう。ロザリアの
「さ、ガンガン狩るわよ!」
ロザリアも今日の訓練内容には満足したようだ。やる気に満ち溢れているのはいいが、ちょっと血の気が多すぎません?解体にしても自分から率先して行ってるくらいだし、ホント
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