第28話

 結果的に言うと、ロザリアとのパーティは驚くほど相性が良かった。今朝、ギルドで受けた依頼はパーティ推奨のゴブリン討伐だ。ソロでもやれなくはないが、狡猾こうかつですばしっこいゴブリンを効率的に狩るとなると、複数人で挑んだ方が遥かに楽だ。


 そして最も重要と言えるのが、索敵能力である。俺とシャルの二人でも充分な能力があるとは言えるのだが、ロザリアの精霊を利用した索敵は、更に効率を上げるものとなった。


 精霊1体ごとの索敵能力はそれほど高くは無いが、それが4体ともなると話が変わってくる。パーティ全員の能力を合わせるなら、俺単体時の3倍以上の範囲をカバー出来る程だ。もし俺やシャルと同じように念話を共有出来るなら、飛躍的にその能力が跳ね上がると言っていい。


 丸一日掛かると思っていたゴブリンの討伐は、オマケとばかりに倍の20体まで行ったにも関わらず、午前中で済んでしまうといった有様だった。


「ふっふーん、どうよ。私たちのパーティ、相性が凄くいいんじゃない?」


 自慢気に胸を反りながら話すロザリア。精霊を扱うと言うのは本来の魔法使いの能力では無いため、護衛任務の時は使わなかったそうだ。自立した精霊が索敵を行えるとなれば、例え一人旅でも相当安全に移動できるだろうと考えるとそれだけでも有能だ。


 更に『未来予知』のスキルも合わせるなら、ロザリアの情報収集能力はケタ違いに高いと言っていいだろう。今後、他の転生者の情報を得る手段として考えるなら破格だ。正直、かなり揺らいでいる。


「⋯⋯戦闘時のコンビネーションについてはまだ何とも言えないぞ。ゴブリンじゃまるで相手にならなかったしな」


 そうだ、肝心なのは戦闘時。いくら索敵が楽だからと言って、転生者に立ち向かう能力が欠けていては何の意味も無い。改めて、午後からは戦闘訓練という形で模擬戦を行うことになった。


「腹ごなしには丁度いいわね。手加減はするつもりは無いわよ?」


 当然だ。それでは意味が無い。なんならここで日本に帰すという選択肢すら浮かぶ。流石にそこまで不義理では無いが、彼女の実力を試さねばならないのは確かだ。


 お互いに間合いを10m程空ける。第一職業ファーストジョブでは二人とも遠距離職だ、それがどう出るか。


——シャッ


 まずはこちらから。スローイングナイフを1本投げ、相手の出方を見る。挨拶の一撃だ。この距離で当たる筈もなく、あっさりとかわされる。が、当然こちらは間合いを詰めている。


 ファイアボールの詠唱、向こうも挨拶のようだ。コレはやり過ごす。軽く体を捻って躱し、再度距離を詰め、ダガーを握りこむ。


——カァンッ


 ダガーによる刺突は難なく防がれる。ロザリアが手にした杖は、単なる詠唱補助用では無いようだ。


魔法使いウィザードじゃ無かったのか?商売道具に傷つけていいのかい?」


「私の第二職業セカンドジョブ槍使いスピアーよ、この杖はタダの武器ねッ!」


 そう言うと手首を捻り、こちらのダガーを巻き込むように跳ね上げる。ダガーを取り落とす事は無かったが、大きく体勢を崩され、胴がガラ空きになってしまう。そこへ素早い三段突き、どうやら近接戦闘の心得はオマケ以上の物らしい。こちらは残った左手を盾代わりにして全てを防ぐと、僅かに跳びのき間合いを取る。


「アイスランス」


 ここからは本気だ。当然の様に『魔力吸収マジックアブソーブ』で推進力を失わせると、お返しとばかりにショートボウでの三連射。咄嗟にサンドウォールを使いこちらの連射を防ぐが、それは悪手だ。防御力は抜群だが、視界を塞いでしまってはこちらの動きに対処できまい。


 気配遮断からの回り込みと同時に、反対側へのナイフ投擲。ナイフには疑似的な足音を再現する魔法を組み込んである。これに反応したら、真後ろには俺が居るという事だ。


 作戦は成功。後ろ向きでは対応できまい、とばかりに飛び込むが、氷系の中級魔法、アイスバレットが既に展開されている。勿論これも『魔力吸収』で落とすが、2段構えとばかりにロザリアはファイアを発動していた。


「ぐっ⋯⋯」


 流石にこの展開は読めていなかった。ほぼ同時に複数の魔法の詠唱など不可能だ。慌てて風系統の防御魔法で空気の層をまとい、熱をさえぎる。ファイアは生活魔法に格下げされたなんて師匠は言っていたが、この威力は火炎放射器並みかそれ以上だ。長時間喰らうのはマズいし、垂れ流されているだけの炎では『魔法吸収』でも対処しきれない。


 距離を取りファイアの範囲外へと離脱すると、再びアイスランスが展開されている。だが『魔力吸収』で落とせない。あろうことか推進力部分を火系統の魔法に切り替えている。これは正直驚いた。最早これはアイスランスでは無く、対『魔力吸収』用のオリジナル魔法だ。


 しかし流石に誘導性能は代替できる訳が無い。発射された3本の氷柱は回避か左腕で殴り飛ばすだけで充分対処出来る。


 改めて距離を詰め、今度はククリで攻撃を仕掛ける。


——バチバチッ!


 ロザリアの持つ杖の一部が、いつの間にか木製から鉄製に変化し、電気を帯びていた。このまま刃を止めずに切り結んでいたら、こちらが大ダメージを受けていた可能性が高い。大した技量だ。


「⋯⋯驚いたよロザリア、ここまで予知しきっていたのか?」


 ククリを仕舞い、戦闘終了とばかりに身体をほぐしながら尋ねる。ここまで完璧な対処となると、あのとき敵対しなくて良かった、と本気で思ってしまう。


「いいえオルト。今日は予知せずに戦ったわ。正々堂々とね」


 何せ貴方には何度も殺されてるから、対処方法は散々学ばせて貰ったわ。と続ける。そうか、まだ行ってもいない罪ではあるが、散々戦闘経験は積んでいるという事実をすっかり失念していた。ロザリアの自信もシャルの提言も、コレが理由だったのだ、とようやく気付く。抜けていたのは俺だけだったのだ。


「降参!降参だー!チートスキルはやっぱ強いわ」


祝福ギフト、と言って欲しいわね。私はそう言われたのだから」


 試合の行方を見守っていたシャルがロザリアに近づき、そっと頭をこすりつける。


「これでパーティ結成だネ。ようやくロザリアともお喋りできるヨ!」


「わっ⋯⋯シャルちゃんが喋った!?」


 仲良くお喋りし始める二人をよそに、俺は地面へと身体を投げだしていた。師匠から学んだ技術は、充分チートスキルと戦える技術だった筈だ。だが、ダンジョンでの戦闘と言い今と言い、不安になる部分が大きすぎる。レベルを上げる事で多少は対応出来るようになるかも知れないが、何かもう一手欲しいというのが正直な所だ。


 対策は思いつかない。そもそも多種多様なチートスキルに対して万能な技術など、果たして存在するのか。結局は既知の技術を組み合わせて対応するしか無いのではないか。悩ましい所ではあるが、少なくとも現状はロザリアがパーティに加入するという事で対処出来るだろう。追々、何か考えていかないとな。


「そういえばロザリアは魔法使いじゃなかったのか?複数属性の同時発動だなんて聞いてないぞ」


 精霊を扱うって言ったじゃない、と続けるロザリア。職業欄は魔法使いで、使える魔法もその通りなのだが、実際のプロセスは大幅に違うらしい。


「私の魔力で発動してるのは殆ど無いわ。全部この子たちにお願いして使ってるの」


 彼女は自分のMPの他に精霊4人分のMPも自在に行使することが出来、発動もほぼ精霊任せなのだそうだ。彼女自身は簡単な指令やブラフの詠唱と、不足した魔力の補充という役目を担っているらしい。総MPはステータスに表示されている分のおよそ5倍。各属性を扱う精霊のMPが尽きればその属性は使えなくなるとの事だが、それも彼女自身のMPで補充できるとなれば大きな欠点とは言えない。本当に恐ろしい相手だった。


「⋯⋯少し試したいことがあるんだが、良いか?」


 俺はそう言うと、彼女だけが見える精霊を手に乗せてもらい、その手を掴む。そしてそこに存在する魔力を視る。以前、シャルに行ったのと同じ方法だ。もし推測が間違っていなければ、そこに魔力の塊がある筈だ。


「ちょっとオルト、いきなりこんな⋯⋯」


「驚いた⋯⋯これ魔石と殆ど同じ密度だ。結晶化せずにこの密度、いや不可視化しているのかな?」


 この形を覚える。そして自分が見えるように意識を変える。彼女の手を通して彼女がどのようなプロセスで精霊を見ているのかを探る。


「えっえっ、ちょっと待って凄い変なカンジなんですけどー?」


 ロザリアがうるさいが放置。こっちは集中してるんだ。これが成功すればパーティ戦力は大幅に上がるのだ、少し黙っててほしい。


「⋯⋯よし、掴んだ」


 何故かロザリアが目の前でへたり込み、ちょっと艶っぽく息を切らしていたが気にしない。


「こんにちは精霊さん。ホムラっていうのか、ヨロシクな」


「オルト、見えてるの!?」


 驚くロザリア、そりゃそうだろう。今まで自分にしか見えなかった存在を他人が見る事が出来たのだから。


「ああ、勿論見えてる。全部で4人、可愛い精霊さん達じゃないか」


 4人の精霊は身長約5cm。属性ごとに赤、青、緑、茶となっている。恐らく彼女たちは肉体を持たない生命、魔力だけで構成された存在だ。見えるようになった俺に興味深々なのか、まわりをグルグル飛び回っている。そしてそれを俺も目で追う。その姿がロザリアにも見えていたのだろう、目を輝かせてこちらを見ていた。


「ボクにも見えたよオルト!可愛いねぇー!」


 『感覚共有』の効果か、シャルにも見えるようだった。俺から教える手間が省けたのはありがたい。しっかりと会話も出来るようで、はしゃぎながら追いかけっこを始めている。


「⋯⋯オルト、ありがとう」


 シャルを目で追いかけていた俺の背後から突然声が掛かったかと思うと、背中から軽く抱きしめられる。だいぶ慌てたが、肝心の胸は装備で覆われていた為、固かった。


「あの子達に私以外の友達が出来るだなんて、本当に嬉しいわ」


 そう言って短い抱擁を終える。ズルイなぁ、ホント。どうしてこの世界の女子はこんなにグイグイ来るのだろう。余りにも心臓が早鐘を打つものだから、上手く返事が返せなかった。


「⋯⋯おう」

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