第27話

「私は色々とズルをしているから、まずは私の秘密を全部話すわ」


 そう言った彼女に引きずられ、ギルドに併設された食堂の隅へと誘導された。前世の知識で例えるなら、ファミレスのボックス席の様な作りをしている席だ。背もたれの後ろには高めの仕切りが設置してあり、あまり他人に聞かれたくない内容を話すのにはうってつけと言っていい。


 ロザリアは途中ですれ違った店員にティーセット二つとシャル用のミルクを頼むと、そのまま呑気に座席へと座る。


「まずは認識阻害系の魔法を掛けるけど、いいかしら?会話内容の重要度を下げる事で聞いた人間の記憶に残らない様にする物なんだけど」


 それなら防音系の魔法が良いのでは?と尋ねたが、周りに一切音が聞こえない防音では秘密の話をしていると公言しているような物だし、追加注文も出来ない。それに、私が殺されても誰も気づかないじゃない?なんて言葉を笑顔で言うものだから、ちょっと怖くなってしまった。


 可能性として有りうる。そういう話をこれからするのだから、可能な限りの対策は立てる。俺に声を掛ける前から、全ての予防策を講じていたのだろう。俺もその辺は周到な方だと思っていたが、どうやら彼女は更に2手3手先を読んでいるらしい。


 非常に頭が良い。そう判断したが、彼女の半生を聞いた限りでは、それはチートスキルの恩恵だったと理解させられる事になる。



◇◇◇



「——で、冒険者となって自分を鍛えつつも、貴方を探してたってワケ。何度も死にながら顔を覚えて、ようやく死ぬ確率が下がったのはつい最近。ミルタの街でオルトを見つけた時よ」


 死にながら、その言葉はとても重たい物の筈なのに、彼女はあっけらかんとして言う。実際にはスキルの最中だから死んでは居ないにしても、精神的ダメージが残らない訳が無い。彼女の並々ならぬ努力と覚悟は称賛に値する物だろう。


「という事で質問。少なくともオルトに殺される可能性は大幅に下がったけど、世界の崩壊については殆ど変わっていない。少し伸びたと感じるのは私が殺されずに話を出来るようになったからかしら?」


 この疑問に答えるのは難しい。それと同時に『未来予知』であっても全てを理解できるわけでは無いという事に気付く。何故滅びのタイムリミットが伸びたのか、ロザリアはそれについて把握していない。先ほども聞いた通り、チートスキルとは言え万能では無いのだ。


「分かった、こちらも全て話そう。と言いたい所なんだが、色々複雑な理由もあるし、出来れば巻き込みたくない」


 あら?私は既に何度もオルトに殺されているのだけれど?とニヤリと笑うロザリア。まだ起こしていない罪で責めるのは反則だ。なんて思ったが、テーブルの下に控えるシャルからは、やったねオルト、新しい仲間ができたよ!なんて念話が届くものだから、ここは諦めるしか無いと腹を括り、話す事にした。


 下手に小出しにするよりは洗いざらい。何より、中途半端な嘘などつける程体力も残っていなかった。切り札のバグに関すること以外は全て話す事とした。


「成程ね、つまりオルトは一般人のまま、この世界に蔓延はびこる転生者を帰さなきゃいけないって訳ね。それってかなり厳しくない?」


「それについては秘策がある。けどそれは話せないよ、ロザリアだってまだ全て話したわけじゃ無いだろ?」


「疑り深いわね、秘密にするつもりなんて無いわ。まだ話していないだけよ」


 そういって彼女は『未来予知』の弱点を話し始める。このスキルは天気予報のような物だ、と。あくまで可能性の問題であって、確実な未来が見えるわけでは無い。そしてその範囲は自身を中心としてしか視る事が出来ないのだと。


 『未来予知』が出来るなら、世界の滅びも簡単に防げると思っていたがそうではない。例えば、目の前の紅茶を飲み干したら100%お腹を壊す、と予知した場合どうやったら回避出来るか?答えは飲まない。非常に単純だが、現実は分かり切った2択にはならない。確定した未来を覆すには切っ掛けの一つ一つを崩していく必要があるのだ。


 ロザリア自身の行動だけでは世界の滅びに対処しきれない。だからまずは自身を殺す人間とコンタクトを取るのが先決、と考えたそうだ。自身が考えうる行動だけでは見込みがない、だからこそ他人の力が必要なのだと。


「⋯⋯つまりは俺とパーティを組もうって話しか、だが断る」


 ロザリアは魔法使いウィザードだ。つまりは俺の切り札が彼女にとってマイナスに働く。それは俺にとっても彼女にとっても決していい結果にならないだろう。


「なんでよ!今朝はポーションがぶ飲みしてまで予知しまくったのに!これで行ける可能性が高かったのに!!」


 これでパーティ組めなかったら大損だわ⋯⋯今日の宿代も辛いって言うのに。とボヤくロザリア。小声の独り言ではあるが、生憎こちらは耳がいい。ばっちりと聞こえてしまっている。


 だがこの決断は間違っていないはずだ。情にほだされて自滅するなんて愚策でしかない。というより彼女を日本に帰してしまうのが一番安全とさえ言える。


「私は日本に帰る気なんて無いわよ。というか半信半疑と言った所ね。少なくとも私の予知では貴方に殺されても戻れなかったもの」


 それは地球で魔力が使えないからだろう。なんて思ったが、そもそもあの軽い創造主を全面的に信じる理由が無かった事にもふと気付く。彼は魂が戻ったと確かに言ったが、俺自身が確認したわけでは無いのだ。前提さえ崩れかねない疑念だが、彼女の言う事にも一理あるのは確かだ。


「ああもう⋯⋯最後の切り札よ!」


 バン、とテーブルに手をつくと、向かい側の俺に顔を近づけて来るロザリア。一体何なんだと——


「わたしの胸の谷間をガン見する権利をあげるわ。これで納得しなさい!」


「ちょっ⋯⋯」


 胸の谷間、と言うほどその双丘は標高が足りない。しかしそのせいで、大きく開いた襟からはかなりきわどい位置までが見渡せる様になっていた。間に見えるのは谷間というよりは盆地に近く、奥には可愛いおへそも見えている。普段の装備姿ではあらわになってはいたものの、今日の普段着で隠れていた部分が見えるというシチュエーションは、何故か心にクる物があった。


 新たな性癖フロンティアの開拓⋯⋯。とか冷静に分析している場合ではないのだが、視線が外せない。これは魔法か?魔法の類だな?生憎と魅了耐性を習得していない俺には、どうにも視線を動かす事が出来ないようだ。


——ストン


 目の前に存在していた双丘が突如かき消える。ロザリアは椅子に座り直しながら、襟元を正している。自分でやっておいて滅茶苦茶恥ずかしかったのだろう。こちらから視線を外して横を向いているせいで、耳まで真っ赤になって居るのが良く見える。


 だが、それは恐らく俺も同じなので、決して突っ込む事は出来ない。確実に顔が火照っているし、なんなら心臓もバクバクいって落ち着かない。完全に術中にハマってしまった。


 ちなみに勝負パンツも履いてるヨ。とテーブル下のシャルが念話を送って来る物だから、もう完全に降参するしか無いようだ。ここで拒否すれば更に先もある、という事だろう。大変魅力的な誘惑ではあるが、それは人として超えてはいけない一線だ。


「⋯⋯わかった。参りましたよ。とりあえず明日、一緒に仕事を受けてお試し期間を儲けるって形で許してほしい。合わなければ組めないってのは分かって貰えるか?」


 やっぱり男ってのは現金ね。そう聞こえたが聞こえないフリ。今は魅了に掛かってるから仕方ないんだ。明日冷静になってお互いの相性が悪い事が分かれば、考えを改める事になるだろう。これが精一杯の譲歩案だ。


「なら明日の朝6時、ここで集合ね。⋯⋯もし逃げたら地獄まで追うわよ?」


 了解。と軽く挨拶して席を立つ。先ほど宿代がどうのと言う台詞が聞こえていたので、お代はこちらで持つ事にした。手早く支払いを済ませるとロザリアは少し不満げな表情でこちらを見ていた。借りは作りたくないのだけれど。なんて聞こえるが、それはこちらも同じ事、少なくともサービスシーンのお代くらいは返しておかないと、今後の判断に響くのだ。


 依頼は明日、朝一で受けるのが良いだろう。今日はもう宿で休むか、と疲れた足取りでギルドの簡易宿へと引っ込むのだった。


「まったく、ドーテーちゃんは簡単に騙されるんだからー」


 装備の手入れをしていると、シャルがそう呟く。ん、何か騙されたのか俺?と疑問に思いシャルへと尋ねる。


「勝負パンツは勇気+5のアクセサリーみたいなものだヨ。別に見せるためにはいてるワケじゃないヨ」


 そういう事か、ていうか騙したのお前じゃないか。うまくハマってくれたお陰でありがたいネ。なんて小馬鹿にしたようににししと笑う。どうやらシャルはロザリアの味方の様だし、アレがなくても結果は変わらなかったのではなかろうか。ていうかそういうムダ知識まで授けられてたとかあのクソ師匠、帰ったら問いたださないとな。


「ボクは二人の味方だよ。組んだ方が合理的だと判断しただけ。ダンジョンじゃ偶然上手くいっただけで、正直力不足だったジャン?」


 『未来予知』確かに魅力的で強力なスキルに思えるのは確かだ。だがロザリアの話を聞いた限り、それを頼るのははばかられる。使えば使うほど精神を摩耗するスキルなど、あてにする訳には行かないだろう。


「だからこそ。使わせないためにオルトが力になったげればいいジャーン!」


 二人の味方とはそういう事か。だが、それでは戦力が半減するという事は紛れもない事実だろう。せめてどちらかが全力を出せない限り、パーティのメリットは殆ど無い。まぁ、考えても仕方のない事だ。明日になれば全て解決して、今まで通りのソロ活動が待っているさ。

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