第29話

「——どうしてこうなった」


 なんかこの発言、2度目な気がする。でも仕方ないだろう。まさか女の子と二人で同じ宿屋に泊まるだなんて、思ってなかったんだから。


「私の力を知ってて、何か出来る度胸があるのかしら?」


 ロザリアは自信満々と言わんばかりに腰に手を当て、強引に二人で宿泊する事を決めた。スキルを使ったかどうかは明言しなかったが、つまりはそういう事なのだろう。安全を確認した上で判断したと。


 ヘタレと思われている訳では無く、ヘタレと上でこういった提案をされていると考えるとたまったもんじゃない。いくらギルド簡易宿2つより宿屋のツインルームの方が安いからって、プライバシーとか色々あるじゃん?⋯⋯もしかしてもう無いのか?その気になれば俺の情報は丸裸だもんな?やっぱりパーティは失敗だったんじゃないか⋯⋯


 だがこの状況は仕方ない部分もある。なにせ追加報酬目当てでゴブリンを倍も退治したのに、報酬はほんの少し色を付けて貰った程度だったのだから。依頼外の討伐は、高ランクにでもならない限り大して美味しくないという事を知れただけで良しとするしかない。だが、現実は残酷だ。ロザリアの資金は底を尽き、とうとう宿代すら払えなくなったなんて言われてしまえばこうする他無かった。


「そういえばオルト、私にまだ話してない秘密がまだあるわよね?」


 俺のおごりで夕食を済ませたロザリアは、ベッドに座りシャルとたわむれながら聞いてくる。昼間の模擬戦の事だろう。明らかに普通の斥候スカウトとは呼べない戦闘スタイルに疑問を持つのは当然だ。


「俺の第二職業セカンドジョブ拳闘士インファイター。つまりは近接職なんだけど、第一職業ファーストジョブよりレベルが高いよ」


 普通は逆だ。最も得意とする職業が第一職業となり、それを補助するのが第二職業。得意な順番に優先度が決まっている職業欄が逆転しているというのは、あまり常識的とは言えない。拳闘士は本来なら武器を持つ職業では無いのだが、刃渡りの短い武器なら拳と変わらない、なんて注釈をつけて誤魔化す。


 斥候は常にパーティの最前線に立つ。その理由はあくまで索敵の為。危険を見つければ即座に合流するか、後続の味方に合図を行う。戦闘に参加する場合は後衛にまわり周囲警戒やアシストを行うのが基本であり、決して単騎で接敵するような職業ではない。その為、他人から見れば俺の戦闘スタイルは斥候とかけ離れていると言っていい。


 厳密には戦闘職とは言えない職業。それをあえて公開する情報として前面に出し、自身の能力を秘匿するというのは色々とメリットがある。そう教えたのは師匠だったが、パーティメンバーが戦力を見誤るというデメリットも存在する。そこはきちんとコミュニケーションを取れ、という事だったが面倒な事この上ない。


「そっちもだけど、肝心な方を忘れてない?なんなら途中で魔法も使ってたわよね?」


 めざとい。ファイアで視界を塞がれている状態だったから大丈夫だと思っていたが、防御魔法を使ったのに気付いていたようだ。この辺の事情はどうするか、この技術を共有してしまえばロザリアの戦力を大幅に上げることが出来るだろうが、同時に自分の首を絞める事にもなり兼ねない。シャルに目配せするも、判断を任せるとばかりにそっぽを向いてしまう。


「⋯⋯正直に話したい気持ちはあるけど、危険を伴う。だから折を見て話すよ」


 逃げた。ロザリアとの付き合いはまだ浅いが、少なくとも信頼に値する人間だとは思っている。話す事が旅の近道になる事も理解しているが、それでも不安が頭をよぎる。


(ロザリアが更に強くなって、オルトが不要になった。なんて言われたくないってハッキリ言ったらいいのにー)


 やかましい。相変わらずシャルはストレートに痛い所をついてくる。だが、2回の転生者との戦闘を終えて自信が揺らいでいるのは事実だ。よりによって足を引っ張るなんて事にならないよう、早急なレベルアップが必要だろう。


「わかったわ。これ以上私からは言及しないように努力する。それで、明日以降はどうするの?」


 意外と素直にこちらの話を受け入れてくれて助かった。切り替えられた話題に乗って、このまま今後の方針会議といこう。


「今の所他の転生者は北のモルヴォーイに居るらしいという情報しかない。出来れば早く行きたいところだが⋯⋯」


 金が無い。しかも国境越えには結構な税金がかかる。Dランク以上の冒険者なら大幅に緩和されると言う話だが、それすら支払える余裕が無い。


「なら明日からはハードスケジュールで依頼をこなすしか無いわね。固定パーティ登録をしたから一番下のランクに合わせる必要は無いわ。バリバリ稼いでランクを上げましょ」


 即席パーティと違って固定なら多少融通が利く。パーティとしての活躍が認められれば、更に一個ランク上の依頼も受注出来ると言うのだから、それを使わない手はない。デメリットとして個人のランクは上がりにくくなるそうだが、効率を考えればソロでやるよりはむしろ早いだろう。


「それにしてもモルヴォーイか、あまり気が進まないわね」


 故郷から飛び出した人間が戻る、というのはやはり複雑な心境なのだろう。そのお陰で転生者と思しき人物の特定は捗ったが、ロザリアが生まれた街からはそれほど離れていない場所らしい。最悪の場合、足止めを食らう可能性も考慮して欲しいとの事だった。


「まぁ、私の街は海に隣接してるから、行こうと思わなければ大丈夫よ。トールが居るのはガレッジ村だから、内陸側になるわ」


 トール、と呼ばれた転生者疑惑のある男、名前は日本でもこちらでも通じるせいで、そこだけでは判断できない。直接彼に話を聞くのが一番だろう。何はともあれ、まずは資金調達だ。明日からは暫く忙しい毎日になりそうだ⋯⋯


「さて、そろそろ身体を拭いて寝る準備をしたいから、オルトは外に出てて。絶対勝手に入って来ちゃだめよ」


 あ、これなんか良くあるフラグだ。そう思った俺は即座に身体を綺麗にする魔法をロザリアに掛ける。フラグは早めに断ち切るのが最も安全だ。


「え?え?何か急にサッパリしたんだけど?」


 当然だよな。少なくとも師匠はコレに該当する魔法の類は存在しないって言ってたし。


「俺の切り札の一つ。便利だろこれ?」


「確かに便利だけど、やっぱりお風呂に入らないと物足りないわね」


 俺はそこまで風呂好きな方じゃ無いが、ロザリアはかなりの風呂好きらしい。護衛任務の最中や、さっき済ませた夕食の際にも風呂に入りたいと発言していたくらいだ。ま、流石に半年以上ロクに風呂に入っていないというのは精神衛生上よろしくないから、余裕が出来たら風呂に行くのも悪くないかもしれない。


 ロザリアは髪を解き、丁寧に櫛で梳かし始める。依頼と戦闘訓練で埃まみれだったのに凄いわね、と随分感心しているようだ。


「オルトの方がよっぽどチートよね?本当に一般人なのか疑わしくなってきたわ」


 そう言いながらも穏やかな表情。サッパリしたことがよほど嬉しかったのか、言及するつもりは無いらしい。先ほど努力するとも言ってたしな。しかしどうしてこう、女性が髪を手入れする仕草というのは美しいのか。思わず装備の手入れを行う手を止めて、見入ってしまった。


「⋯⋯そういや、髪は隠さなくなったんだな」


 なんとなく気恥ずかしくなり、思考をリセットしようと言葉を掛ける。


「⋯⋯昨日ね、貴方に話しかける前に思ったのよ。今までは隠すのが普通だから考えもしなかったけど、フードを外して『未来予知』したら、どうなるのか」


 ゆっくりと、確かめるように語るロザリア。


「そしたらね、あまりにも周りの人間が興味を示さないものだから、ああ、私って自意識過剰だったのかなって」


 クスクスと笑いながらなおも語る。ここ、シーヴァスはこの国の首都だ。目立つというだけで考えるなら、ロザリアよりも目立つ人間は沢山いる。全身黒ずくめの鎧を着た大男だとか、裸と変わらないレベルの装備をした女性まで、千差万別だ。


 ロザリアは確かに美人だし、目を引くこともあるだろう。だが、都会特有の他人に関心を持ちすぎないという風潮がプラスに働いたのだ。長年のコンプレックスがいとも簡単に解決してしまい、既に笑い話にできてしまう程までになるとは彼女も予想していなかっただろう。改めて、進言して良かったとこちらもつられて笑ってしまった。


「さ、着替えるわ!オルトは早く外に出て!」


 元気よく立ち上がったロザリアがそう表明する。結局部屋を追い出されるというのは変わらなかったらしい。当然サービスシーンも無しだ。


 廊下に出ると、街で情報収集をしていた精霊達の一人が目の前に現れる。見えるようになりはしたが、彼女達の存在は固定されている訳では無いらしい。霧の様に消えたり現れたりと自由自在に動けるらしく、物質の干渉も受けないとの事だ。俺の前に現れたのは水の精霊、シズク。彼女はありがとうね、と呟くとニコリと笑い、俺もつられて微笑みながら、どういたしましてと返すのだった。

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