第2章

ロザリア

第26話

 私が生まれ直したのは、今から15年程前の事だ。


——不遇の死を遂げた貴方は、これから次の世界へと向かいます。輪廻ではなく、もう一度紡がれる生において、貴方の旅路は困難なものとなるでしょう。精霊王の御名みなにより、僅かばかりの祝福ギフトを。闇夜を照らす隣人が、貴方の助けとなるでしょう——


 そう私に語り掛けた男性は、緑色の淡い光を放つ髪、緑色を基調とした美しい衣装と、背中に4枚の羽根を生やした、不思議な人でした。


 まるで御伽噺おとぎばなしの中に居るような、そんな感覚だった。夢の様にも思えたけど、意識はハッキリしていたから、多分そうじゃないんだろうなとは漠然と理解していた。


 こちらが語りかける暇もなく、私の意識は遠のいていく。不思議と、恐怖では無く安堵の感情が芽生えるような安らぎの中で「ああ、流れ作業みたいね」なんて思ってしまった。


 次に気が付いた時には、身体は赤ん坊になっていた。良く見えないし良く聞こえず、身体もロクに動きはしなかったけど、意識と記憶だけは前世から続いていた。包み込むように抱き上げる人達が新しい両親なんだな、と何と無しに感じていた。


 こんな身体では自由も効かないし、色んなものは垂れ流しだし、ぶっちゃけ暇だなぁなんて考えていたら、明確に言葉と理解できる音が聞こえてきた。耳からではなく、頭の中に。


 彼女は精霊だと名乗った。恐らくは精霊王が与えた祝福なのだろう。赤ん坊の身体では言葉は発せないが、彼女となら頭の中で考えるだけでいくらでも会話が出来た。


 彼女は火の精霊だと言ったけど、名前が無いと不便だという事でホムラと名づけることにした。いたく気に入ったのか、何度も繰り返すように反芻はんすうしていたのはとても微笑ましかった。


 彼女と話すうちに理解したのは、この世界には魔法や魔物が存在している事、言語は現代日本語をベースにしているという事。なんともご都合主義な世界。創作の中に飛び込んだのかと思った。


 だけど、創作とは思えないほど不都合な事や理不尽な事、どうでもいい事なんかも多々起こる。世界の在り様に疑問は抱いたけど、紛れもない現実である事も理解するに至るまでは、それほど時間も掛からなかった。


 焔は気まぐれで、常日頃から私の近くに居るわけでは無かった。だけど、代わりとばかりに別の子も来てくれるようになったお陰で、むしろ賑やかとさえ言っていい日々が続いた。


 焔の次に現れたのは水の精霊、シズク。その次は土の精霊だったけど、他の子と同じく漢字一文字が良いと言うので随分と悩んだ。ルイ、砦を表すその言葉を何とか捻りだした所、焔と同じように喜んでいた。そして最後は風の精霊、ナギ。4人の精霊が私に与えられた祝福。


 時間はあっという間に過ぎていく。前世の両親も良い人達だったけど、この世界の両親は更にいい人達だ。愛してくれている、だからこそ嫌われたくない。前世に関わる事を秘密にし続けるか散々悩んだけど、結果的に全て話すことになってしまった。


 精霊も含めて、この事は他人に口外しないようにと厳命されはしたけど、それ以上は何も言わなかった。幼いころからただのさとい子では無いと気付いては居たが、そう言う事情なら良くわかる、と逆に安心されてしまった。


 この世界の精霊というのは御伽噺の存在らしい。魔法のある世界なのに精霊が居ないだなんて不思議だったけど、精霊王の導きが関与しているのかもと無理やり納得することにした。私以外には見えない、不思議な存在。だけど、私の空想の産物では無い事は理解している。私の知らない知識、見えない場所にある物を教えてくれる能力など、到底私には出来ない事を彼女らはやってのける。今では愛しい、かけがえのない隣人。


 私は恵まれている。温かい両親と、5人の兄姉けいし。一番上の兄は17も歳が離れていて、母親も違うけど、そんなことは関係ないとばかりに可愛がってくれた。父は家督を彼に譲り、引退後にもうけたのが私だそう。死別した最初の妻をこよなく愛していたけど、それと同じように今の妻もこよなく愛していると父はよく笑いながら語っていた。


 病弱だった私は中々外に出る事は出来なかったけれど、とても幸せな時間を過ごせていたから、不満は無かった。むしろ初めての不満が出来たのは、外の世界に出てからの事。


 6歳になり、ようやく外に出られる程元気になった私を迎えた外の世界は、一言で言うなら恐怖そのものだった。


 出歩くたびに奇異の目を向けられる恐怖。優しく接してくれる人も居たけど、ずけずけと言い寄って来る人達も多かった。それが好意によるものだと気付くのは随分後になってから。前世ではそういった事は無かったから、私の目にはただ恐怖の対象にしか見えなかった。


 そして事件は起こる。街中で、2番目の姉さまと手を繋いでいたにも関わらず、走る馬車の中から伸びた手によって、私はさらわれてしまった。


 幸いにして一時間と経たず助けられはしたけども、心に大きな傷を背負ったのは間違いない。私は酷く憔悴しょうすいし、部屋に引きこもってばかりになった。


 見かねた精霊たちが、この力はまだ早いのだけれどと言いながら教えてくれたのは、私のもう一つの祝福『未来予知』だった。


 私はこの能力の虜になった。なにせ全ての危険を事前に知ることができる。万能感を得るには充分な能力であったけど、決して万能では無い事に気付いた頃には、もう手遅れだった。


 あれだけ優しかった家族も私の事を奇異の目で見るようになってしまった。何もかもを言い当ててしまう私。前世という長い経歴からもたらせる未来の技術と知識、そして本物の未来を知ることが出来る能力。恐ろしいと感じるのは当然。


 私は次第に、心を閉ざすようになった。


 あれだけ嫌がっていた外に安らぎを求めるようになった。深くフードを被って人相を誤魔化し、『未来予知』を行って安全に過ごす。私にとっては造作もない事だったけど、やはり街の人にも受け入れられはしない。いつしか私は『悪魔の子』なんて噂もされる様になっていた。


 一体どこで間違えたのだろう、どうやったらこの失敗した二度目の人生を取り戻せるのだろう。私は必死になって最適な未来を探り続けたが、それも上手くいかなかった。何度となく繰り返しても、望んだ未来に辿り着けない。


 そして訪れる、能力の代償。


 記憶の混濁。繰り返される『未来予知』のせいで、今視ている物が現実なのか、未来予知の中なのか、それともただの既視感デジャヴなのか?まるで分からなくなっていた。


——その最中、私は視てしまった。世界の崩壊と、私を殺す男の子の事を。


 世界の崩壊、それを防げばまた幸せな生活が戻るかも知れない。私は躍起になって道を探した。だけど探すうちに、今度は男の子に殺される。崩壊を諦めれば男の子には殺されないが、幸せな未来が閉ざされる。どう足掻いても今の私では太刀打ち出来ない。だからこそ、私は自分を鍛えて戦うために、旅に出ることにした。

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