第25話

「結構らくしょーだったね、オルト」


 通路で待機していたシャルが駆け寄って来る。最後の戦闘に参加しなかったのは、自分を切り札だと認識していたのだろう。予期しない出来事があれば即座にフォローにまわる、それまでは息を潜めているのが正しいと判断したのだ。


「⋯⋯何が楽勝なもんか、こっちは考えすぎてもうクタクタだよ」


 そう言ってその場に座り込むと、シャルが頭を軽くこすりつけてねぎらってくる。シャルのこういった行動は恐ろしく良く効く。先ほどまで抱えていた薄暗い感情が、少しだけ晴れていくのを感じる。


「オルトは余計な事考えすぎじゃない?慎重なのはいいケド、そのせいで抱え込みすぎだヨ」


 確かにそうかも知れないが、これは性分だ。今更直しようが無いと思う。


「ボクは奥の部屋を確認してくるからオルトは休んでてネ」


 戦闘は終了したが、どうやら奥にもまだ部屋があるようだ。危険は感じないので調査は任せ、こちらは精神の回復に注力する。


『やあやあお疲れ様、土坂有史ドサカアリフミクン』


 突如軽い口調で念話が聞こえて来る。俺の本名を知っているとなればそれは一人しかいない。


『よお、カミサマ。まさか連絡をくれるとは思わなかった』


 こちらからも念話を返すと、彼は不満そうな声を上げる。


『⋯⋯神様は止めてくれって言わなかったかい?そんな大層なモンじゃない』


『なら、俺の事もオルトと呼んでくれ、うっかりステータスに定着したらマズい』


 そりゃまた失礼。となおも軽い口調。確かにこんな性格では、とてもあがめられるような存在とは言い難い。というか、こちらの世界に存在するチートスキル持ちと大差ない能力しか持ち得ていないのだ。そんな状態で神様と呼ばれても否定したくなるのが道理だろう。


『とりあえず最初の任務完了、おめでとう。こちらの世界にヒイラギマサト君の魂が戻ってきたから、その報告に。気を病んでるかも知れないと思ってね』


 それは大変有難い情報だ。あると無いとでは随分違う。ダンジョンマスターの彼は柊と言うのか、知った所で意味は無いが、無事戻れたというならこの戦いに意味はあったのだろう。


 現在彼は地球で再度肉体を与えられ、復活したらしい。社会的死人ではなく、失踪扱いであったため戻すのは容易だったそうだ。その際、こちらでの記憶は封印し、もう一度異世界転生しようなどとは思わない様にしたらしい。


『もう一度死んだら戻れる、なんて考えられても困るからね。記憶の一部だけを消去するのはは難しいから封印したけど、強固だから夢で見る程度しか思い出せないよ』


 少し不安の残る言い方ではあるが、全ての記憶を消されて赤ん坊からやり直すよりはマシだろう。そんな対応では、地球に戻らず死を迎えるのと変わりないのだから。


『報告はそれだけか?他の転生者の情報なんかもあるなら助かるんだが』


 このタイミングでわざわざ語り掛けてきたという事は、こちらの行動を監視していたのだろう。こちらに投げっぱなしでは無いと言うのは有難いが、ただ見ているだけでも困る。


『君が旅立ってからこちらでは40分程しか経ってなくてね、まだまだ洗い出しの最中だよ。次の目標に関してはまだだが、分かったことはいくつかある』


 まずは残りの仕事の総数。柊とやらの魂を戻したから残り17人の筈だが、実際にはあと11人らしい。これは、俺がこちらに送られる前に既に亡くなっていた人物の特定が済んだからとの事。


 全てを救えるとは思っていなかったが、複雑な心境だ。考えてみれば師匠も、寿命間近で余生を過ごしていたのだ。そういう風に人生を終えた人も多いのだろう。


 そしてもう一つ、この世界の滅びが3か月ほど延長された。


 たったの3か月かと落胆したが、ダンジョンマスターという引きこもりが世界に与える影響として考えれば、破格の内容だとフォローされる。それに、転生者を倒すことで滅びが回避される可能性が大幅に上がったという事実は、とても大きいのだとも。


『それじゃあ僕はこの辺で。新しい情報が無い限りは報告しないから、後はよろしくね』


 唐突に語り掛け、唐突に消える。恐らく師匠に語り掛けた時もそうだったのだろう。随分と一方的だが、必要なことは全て聞けたので充分だ。


「さてと⋯⋯」


 精神状態は概ね良好。罪悪感が残っていないわけでは無いが、次へ進む準備をしなければ。


——そう、まずはお宝の回収だ。安い報酬で受けた仕事でポーションをガブ飲みするという愚行を犯したのだ。当然ながら補充分を考えると取り分が殆ど無くなる。ダンジョンマスターが指さしていた宝の山を確認するとしよう。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯えぇ⋯⋯」


 言葉にならなかった。本当にアイツはひきこもりだったようだ。貨幣価値なんてのを全く理解していない。いや、興味が無いだけだったのかも知れないが、いくら何でもコレは無いだろう。精々1日分の生活費程度にしかならないとは考えもしなかった。


 装備のたぐいはそこそこある。だが依頼内容を考えると持ち出すのは良くないだろう。あのダンジョンは1階層でもお宝がある、なんて思われて挑戦者が増えてしまえば、実際の1階層はただの薬草ばかりという現実に落胆してしまう筈だ。それは正直忍びない⋯⋯


 他には何かないかとキョロキョロしていると、奥の探索に出かけていたシャルが戻って来る。


「ふぉくにあにもあかったよ」


 口をモグモグさせながら話すシャル。特に何もなかった、と言いたいのだろう。どうやら奥の部屋は彼らの居住スペースで、残っていた食材をつまみ食いしてきたようだ。というかそういう状況なら念話を使え。


「それならもう帰ろう。俺は飯を食う気力も無いよ⋯⋯」


 ダンジョンコアはそのまま残す方向で決まった。コアを破壊し、攻略しましたとギルドに報告すればランクアップ間違いなしでは?とシャルに提言されたが、ここのダンジョンマスターを知る他の転生者の耳に入るという可能性を考慮したためだ。そこまで考えなくても、と苦言を呈されはしたが、あれこれ言い合う気力は無いので決定事項。ポータルを利用して一気にダンジョン入り口へと移動する。


「便利だなコレ。このまま街まで送ってくれたら良かったのに」


 ポータルと呼ばれる移動系の魔法陣は、現在の所ダンジョン内部でしか利用されていないらしい。研究はされているが、魔力で道を繋がなければ発動できない為、維持に莫大なコストがかかるのが現状だそうだ。


 街までは徒歩で1時間程。歩くのがしんどいと言うほど疲れている訳では無いが、一刻も早く帰って休みたい。そう思いながら帰路へと就くのだった。



◇◇◇



「大変精密な情報ですね、これでしたら追加報酬をお支払いしてもよろしいでしょう。良いお仕事をなさりますね」


 ようやく街に到着しギルドに報告に行くと、受付の男性は満足したようだった。念の為にと1階層のマッピング、トラップの位置や種類、魔物の配置を全て書き連ねていたのが大きかったらしい。追加報酬があるなら、2階層も同じように情報を纏めておいた方が良かっただろうか。


 予想外の収入が出来たのはありがたいが、それでも余裕が出来たとは言い難いのが辛い所だ。疲れてはいるが、明日の分も何か依頼を受けておくのが良いだろう。依頼が張り出されている掲示板へと向かう。


 仕事の内容は様々だ。植物採集の依頼や飼い猫探し、中にはお尋ね者、賞金首の人相書きをまとめた手配書なんてのも掲示板の一角にまとめられている。街の護衛は衛兵の仕事だが、あくまでそれは守る仕事。自由に動いてこれらを捕縛するのは、冒険者が適任という事だろう。なんなら賞金稼ぎバウンティハンターなんて職業もあるくらいだ。


 やはり夕方ではそれほど良い仕事が残っていないな、と思いながら依頼書を眺めていると、ふいに肩をトントンと叩かれる。


「こんにちは、オルト。今暇かしら?」


 そう言って声を掛けてきたのは、ロザリアだ。いや、ロザリアかどうか疑わしい人物と言っていい。昨日別れた際とはまるで違い、今日は町娘の様な恰好をしている。胸元が空いた上着に、ひざ丈の短いスカート。腰には太めのベルトを巻き、引き締まった身体のラインを強調している。


 何より驚いたのは、その髪型。以前はずっとフードで隠したままだったその髪があらわにされているのだ。束ねられていた後ろ髪は解かれ、周囲に輝きを振りまいている。フードを取る努力はしてみる、と控えめに言っていた筈の彼女とは思えない状況。


 表情も豊かだ。深い緑色の双眸そうぼうは力強くこちらを見つめており、周囲の目に対しての戸惑いなど微塵も感じさせない。僅かながら口元には笑みも見える。本当に別人と言っていい。


「⋯⋯驚いたよ、本当にロザリアか?」


 失礼ね、と軽く怒ったような仕草でこちらに抗議するロザリア。先日の彼女を見ていれば誰だってそう言う反応をするのは仕方ないと思うんだが?


 しかし、正直これ以上彼女に関わり合いになるのは抑えたい所だ。今日は疲れているし休みたいというのもある。明日以降なら暇もあるかもしれない、とそう彼女に伝える。やんわりと煙に巻くつもりだったが、彼女には見透かされていたらしい。


「今でなくてはダメよ。大事な話だから聞いてほしいの」


 正直こういう台詞には弱い。ただでさえ免疫が低いのだ、これだけ美人の女性に声を掛けられては断りにくい。だが、それでもそういう誘惑は避けなければいけない。そう思った瞬間、彼女の口から出た言葉は耳を疑う内容だった。


「⋯⋯世界の崩壊について、詳しく聞かせて欲しいのよ、転生者さん」


 それは恐らく彼女にとっての切り札と言うべき魔法の言葉だろう。だが、その言葉はこちらにとっては禁句と言っていい台詞だ。


 滅びと転生者、その両方を知っているという事は、少なくとも関係者という事だ。彼女自身が転生者である可能性もある。それならば今ここで敵対するか。いや、それは難しい。彼女自身が転生者という確証は無いし、ここで争えば掲示板に貼り出されたお尋ね者と同じ末路を辿る可能性もある。そして転生者だった場合、仕留められるとは限らない。


 彼女は魔法使いウィザードだ、それならば出し抜けるだろう。だがこの状態で、本日2戦目の転生者との戦闘というのは不安要素しかない。何よりも、彼女を傷つけるという行動を取るのは酷く躊躇ためらわれる。思考の結果は全て手詰まりを示していた。


 つまりここは彼女の提案に乗るしかない。警告が鳴り響く俺の脳内とは裏腹に、目の前のロザリアは穏やかな表情で語り掛けて来る。


「今、この状況なら安心だって言うのはわ。だからお願い、話を聞いて頂戴」


 両手を軽く上げて降参のポーズ。ここは彼女に従うしかない。だが、彼女の一方的な会話では無く、こちらの質問にも答えてもらう必要がある。そういう関係で会話が出来ないなら、今から全速力でここを去るという選択肢を取る必要もあるだろう。


「何故、俺が転生者だと?」


 自慢気な顔でこちらを見るロザリア。少し小馬鹿にした口調で、彼女はハッキリと答えた。


「簡単よ。この世界にピンク色の薔薇は存在しないし、花言葉も無いわ」


——それは護衛任務の際に彼女に聞かせた言葉。完全にこちらの失言が原因だった。

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