第24話
「クソッ」
完全な油断。疑心暗鬼になった思考を停止してしまったのがマズかった。唐突に今までと違うパターンの扉が現れたのだ、もっと慎重に行動すべきだったのに、マイナス思考を打ち消すだけで終わり、改めて思考を張り巡らさなかったこちらの落ち度。
とはいえ万全でもこのトラップに掛かってしまう可能性は高い。このタイプは解除難易度の高いレアアイテムだった筈だ。手持ちのスキルではよほど警戒していない限り対応出来るものでは無い。そういったものをこのタイミングで仕掛けて来るとは⋯⋯先ほどまでの評価は全て改め、このダンジョンのマスターは狡猾な思考と判断能力を持っていると再認識しなければならない。
シャルに念話を送ってはみたが、返事はない。恐らくこの扉には阻害系の魔法が掛けられているのだろう。だが、少なくともシャルに危機が迫っている状況ではないという程度までは理解できる。それほど強い阻害魔法ではないのだろう。
だとしたら、分断の狙いは俺。閉じ込められた部屋の奥には大き目のホールが広がっている。他の階層には存在しなかった構造で、天井が高い。部屋の中央奥側にはボーリング程度の水晶と思しき玉、恐らくはダンジョンコアと呼ばれている物を載せた台座と、その前方に二人の男女が立っていた。
どう足掻いても戻ることは出来ないだろう、なら進むしかない。最悪の状況ではあるが、覚悟を決めて前へと進む。
『神眼』
ふいに正面の男から声が掛かる。魔法の類かと警戒したが、周囲の魔力に大きな動きはない。となるとその名前から考えられる可能性としては、ステータスを覗き見る鑑定系のスキルを発動したのだろうと推測できる。
「最悪だ」
再び正面の男が声を発する。何故そのような言葉を吐いたのかは理解できない。こちらのステータスが上だと理解し絶望しただなんて、その可能性は低いだろう。でなければこんなトラップなど使って閉じ込める理由が無いし、お世辞にも俺のステータスは高いと言えないのだから。
「侵入者のオルト君、ここまで来たのは褒めて遣わそう、だが」
こちらの名前を呼んだ、つまり先ほどの神眼というのはやはり鑑定系スキルだ。ステータスを確認したという事はそれだけ慎重な性格であるとも言えるが、こちらにとっては有利をとれる可能性が出て来たと言う事でもある。リスト外スキルの利用。問題はそのステータスを
「君のレベルは17、そしてここにいるフレイヤのレベルは62だ。この意味が分かるかい?」
目の前の男が続けて言う。そりゃ勿論分かる。ステータス基準の強さしか見ていない、こちらを侮った上から目線の発言だ。実際に絶望的な差があるのは事実だが、裏を掛けるだけの技術があるという事を警戒していない。
「正直君とやりあっても得は無い。なんならお土産を渡すから早々に出て行って貰えないだろうか」
男が指さした方向にあるのは、控えめに
彼の言葉を信じるのはリスクが高すぎる。それにシャルもまだ分断されたままで、彼女も無事脱出できるとは限らない。提案は却下、つまりは明確な敵対行動を取らざるを得ない。少しばかりでも会話を続け、情報を引き出す必要があると判断した。
「残念だけど、ここで引くつもりは無いよ。そこのチンケなお宝より欲しいものがあってね」
こちらからのフリ、会話に乗って来るかどうかは不明だ。もし戦闘になった場合、どうするか。プランは何も出来上がっていない。どちらから排除すべきか、そしてその方法は?行き当たりばったりで確実な戦果を上げられる程戦闘経験が豊富な訳ではない。何かしらのキッカケさえ掴めればいいが——
「フレイヤ、すまないが処分してくれ」
男がそう告げた瞬間、全てのプランが組みあがる。今、フレイヤと言ったな?
それはとてもいい情報だダンジョンマスター。感謝してもし足りないとはこの事だ。
SRフレイヤ、このダンジョンの元になったゲームにも存在するキャラクターだ。元は3頭身程のキャラクターだが、目の前の女性と
幸いにもこちらのステータスを見て
「アイスランス」
勝った。その詠唱でそう確信してしまった。大き目のホールとは言え、こういった閉鎖空間で大魔法を使う事は無いだろうと踏んでいたが、対処しにくい範囲魔法ではなく指定型の単体魔法を発動してくれたのだ。勝機といって差し支えない。
——シュッ
敵がこちらに向けて魔法を放つ。それは悪手だ、お嬢さん。
一気に距離を詰める。展開された3本のアイスランスが到達する前に、師匠直伝のリスト外スキル、『
「終わったな」
その通りだダンジョンマスター、どうやら気が合いそうだな!
こちらに向けて放たれたアイスランスに
『魔力吸収』の範囲は、目の前のフレイヤを包み込める範囲で展開していた。つまりは先ほど彼女が自身に掛けていた防御系魔法もズタズタの状況である。完全な除去とは行かないが、すでにその能力は殆ど失っていると言っていい。念の為にククリに魔力を込め強化すると、そのまま彼女の身体を魔石ごと切り裂く。
——ザシュッ、パキィン
手ごたえあり。確実に魔石を切断した感触がククリから伝わって来る。
「なっ⋯⋯」
彼女の最期の表情は、ただ驚きに満ちただけの顔だった。恐らく苦痛を味わう暇もなく消滅しただろう。ゲームからの産物とは言え、意志があるようにも見えた。そういった相手を殺さなければならかったのは残念だが、命の奪い合いの最中に慈悲など掛ける余裕はない。
そのままもう一人の男も、と向きを変えた所で彼の右手が上がっていることに気付く。こちらに攻撃を仕掛けるなら今が絶好のチャンスだ。慌てて体内の魔力を全て動員し、無理やりブレーキをかけるとそのまま
「そんなまさか⋯⋯あり得ない」
彼はただ消えていく彼女、フレイヤに手を伸ばしていただけだった。全ての魔力を使い切ってしまったが、判断ミスだとは思わない。あのタイミングで攻撃されていれば死んでいた可能性もあるのだ。おそらく彼は転生者。未知のチートスキルを持っている可能性が高い相手を警戒するのは当然だ。
『神眼』
再びこちらに鑑定系スキルを発動する。つまりそれは対応する能力が無いという事をわざわざ暴露しているのと等しい行動だが、彼は恐らく気付いていないだろう。
この局面に至っても尚、ステータスという情報にしか頼っていない。見えないまま対応しようと試みず、見ることを優先する。ステータス至上主義者と言ってもいい。無意識ではあるかもしれないが、固定観念にガチガチに囚われているのだろう。
「何が起こっているのかわからない、そういう顔をしているな」
ならばチャンスだ。先ほど使い切ってしまった魔力を補充する時間を稼ぐ。流石にポーションを飲む等という隙を見せるわけにはいかない。フレイヤの魔石から
「さっき、俺の名前を呼んだな。つまりアンタは鑑定持ちって事だろ?転生者クン」
僅かだが転生者という言葉に反応が見える。フレイヤの魔石から吸収している魔力があまり
「残念だがアンタがみたステータスは真実だよ、なんの隠蔽も行ってない素のステータスだ」
「それが真実だとして、あり得ない話だろう。レベル差は3倍以上あったはずのフレイヤを一撃で葬り去るなど、不可能だ」
ステータスへの拘りは、そう簡単には変えられないのだろう。もし俺も彼と同じように転生していれば、こうなってしまって居たかもしれないと考えると、正直恐ろしい。だが、師匠から学んだ技術が驚くほど有効だという事は喜ばしくある。
「勿論、種も仕掛けもあるさ、だがアンタ、戦闘経験は少ないと見えるな。
ある程度精神的余裕がでてくると、彼が今何を考えているのかが見えて来る。コイツは今、俺と同じく時間を稼ぎ始めている。あからさまにこちらに降参と言ったポーズを取り、敵である俺に媚び始めている。今はまだ魔力が足りないが、仕留めるには絶好のチャンスではないだろうか。
ククリを構え、彼へ狙いを付ける。それでもまだ動こうとはしないのだ。殺してくれと言っているようではないか——
しかしその考えは、シャルの念話によって遮られる。
(もう少し情報を得ておいてもいいんじゃナイ?ボクもサポートできるからいつでもヤれると思うよー)
トラップに掛かってから既に10分経っていたらしい、色々な事に集中し過ぎて時間の感覚を失っていた。シャルが解放され、安全を確認したところで更に思考がクリアになっていくのが分かる。ここはシャルの提案に乗るのが得策だ。
「まぁ待てオルト君、同じ転生者と話をするのは初めてなんだ。少し情報交換と行こうではないか」
既に分かり切っていたとは言え、彼が転生者である事の言質が取れる。正直、今回の遭遇は運が良すぎたと言っていいが、今後もこういったことが続くとは限らない。僅かでも情報を得ることは無駄にならないだろう。
「何か聞きたい事はあるか?知っている限りの情報は全て話そう」
向こうからの譲歩案、ならば回り道などせず直接聞くのが早い。トラップが解除されたことにより通路側からも魔力が流れ込み始めている。回収量は既に充分、仕掛ける準備は完全に整っているのだ。
「強いて挙げるなら他の異世界転生者の情報だ。お前が知っているとは思えんが」
精神的優位はこちらに有ると見て強気の要求をすると、彼はいともあっさりと他の転生者の情報を語り始める。ここで渋れば即座に首が飛ぶ、そういう判断だろう。戦闘前とは真逆、自分が不利だと完全に認めてしまっている。
彼が言うには北の国、モルヴォーイの小さな村にいる男が転生者の可能性が高いそうだ。生産系、いや知識系チートといった感じか。戦闘能力がどの程度あるかは分からないが、スローライフを目的とした人間なら、ある程度は話が通じるかもしれない。幸運が続くとは思っていなかったが、シャルの提案を呑んだのは正解だった。
「こちらからも1つ、聞かせて欲しい、君の目的は何だ?」
続けて彼が質問してくる。交換条件、という訳か。だが既に用は無い。今ではこちらに媚びを売っているとはいえ、殺し合いを始めたのは向こうなのだ。
たとえ和解し歩み寄る事になろうとも、それは打算の関係にしかならないだろう。隙あれば寝首を掻く関係性にもなり兼ねないのであれば、ここで禍根を絶つのが確実なのだ。
「目的は何だ、か。人生で一度は言ってみたい台詞だよねぇ。ならこっちも言ってみたい台詞で返すよ、冥途の土産に話してやる」
これから君を殺す、そう告げたにも関わらず、彼は戦闘態勢に入ろうとしなかった。未知の相手に対して挑むことを忘れ、屈服することを選んだ。ならばもう一押し、念には念を入れて、確実な隙を作る。彼が反応できないであろうタイミングさえ生まれれば、難なく仕留められるだろう。
「長話はあまり好きじゃ無くてね、簡潔に伝えるならそう。
出た!オルトの中二病!と念話で伝えてくるシャル。やかましいわ。緊迫したシーンでそういう合いの手はやめて⋯⋯ていうか今絶好のチャンスだったじゃん。どうやらシャルも目の前の男に対して警戒することを止めたようだ。慢心は良くないぞシャル、これはあとで叱る必要がある。
——改めて、仕切り直す。
「さて、お前はもう用済みだな」
武器を構える、狙いは首。いまだ椅子に座っている彼を確実に仕留めるならそこしかない。椅子の背もたれの材質が判別出来ない以上、首を刎ねてから心臓を狙うのが一番だろう。魔石を持っているなら、首を刎ねた程度では復活する恐れもある。
「ま、まて。お前も女神に転生させてもらったんだろう?それなら共闘した方が互いの利益にッ⋯⋯」
まて、と言われて待つ奴がいるか。喋ってくれるというならその間にケリを付けるさ。
復旧した魔力を脚に込め、爆発するように一気に飛び掛かる。その途中で『魔力吸収』を行うのも忘れない。こちらは慣性で移動しているため速度に影響を受けることは無いが、向こうは魔法の発動も難しいだろう。対抗するなら体術を駆使するしかないが、その動きはない。
まずは首、横なぎに切り裂きその感触を確かめる。次いで心臓、太腿に装備したダガーを左手で抜き、魔石がある心臓付近へと突き立てる。先ほどのフレイヤの様な手ごたえはない、どうやら彼はただの人間だったようだ。
これで終わり、そう思ったときにようやく彼が武器に手を掛け始める。まだ死なないのか?と一瞬慌てその場を離れるが、身体には頭から発せられた指令が残っていただけだったようだ。生命活動が完全に停止するまで時間差がある、と師匠から学んだ事を思い出す。
「女神ね⋯⋯お前はそういう設定でここに来たのか」
ごろり、と転がる生首に語り掛ける。もう聞こえてはいないだろうが、転生者達がどういう状況でこちらに来たのかは少し気になっていた所だ。神域の間とやらで、何を見、何を語り、何を与えられたのか。無論、聞いたところで特にメリットがあるわけでは無いが。
——ふぅ。
一息つく。この地に転生してから8か月。ようやく1人目の転生者を葬る事が出来た。地球の創造主の言う通りなら彼は無事に地球に戻っている筈ではあるが、それを確かめる術はない。果たしてこの行いが正しいのか正しくないのか。
自問しても当然答えなど出る訳がないが、少なくと初めて人を殺害したという事実が、暗く心に圧し掛かって来る。
旅の目的の第一歩。それは、地獄への片道切符と言っていい程の苦悩に塗れた一歩だった。
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