迷宮と転生者の弱点

第23話

「お金が足りないなら、魔石作って売っちゃえばいいのにー」


 翌日、ダンジョンへと向かう最中にシャルとそんな話をしていた。


「それは最終手段かな。Fランク冒険者が狩れるサイズじゃ安すぎるし、狩れないサイズの魔石を持って行っても出所きかれたらアウトだよ?」


 仮にうまく誤魔化せたとしても、そんな金策では長くは続かない。将来的に市場価格が暴落してしまう恐れもある。あくまでこの世界のルールにのっとった行動をしなければ、いずれ自分の首を絞める結果となる可能性が高いのだ。


「今日のダンジョンのお宝も期待出来ないんデショ?美味しいごはんも食べてみたいのにナ」


 そう言うと不満そうにむーとうなり、行く手を阻む木の枝に八つ当たりをする。


「腐らない腐らない。Eランクまでの昇格は緩いから、あと何件かこなしたらもうちょっと稼げるようになるさ」


 今日の依頼報酬は、節約しても3日程度の生活費にしかならない額だ。根無し草の冒険者という状況では、宿泊するだけでも相当のお金がかかってしまうのだ。野宿でも問題ないとは言いたいが、そんな下らない事で命を落としてしまっては師匠に顔向けできない。買える安全なら買うべき、それが長生きの秘訣だ。


 街からおよそ5km、本来なら一時間程度で到着出来る距離ではある筈なのだが、ダンジョンの入り口を見つけるのはそう簡単では無かった。何しろ、地図に描かれている道が無いのだ。往来があれば自然と道が作られる。それが無くなっているというのは、ダンジョンの現状が悲惨で、閑古鳥が鳴いているという話を裏付けるのに充分な内容だった。


「やっと見つかったネ。人か獣が居れば音かニオイで分かったのに、それが無いってのは想像以上にマズそうだヨ」


「うん、確かにコレはマズい⋯⋯」


 シャルの発言とは異なる内容、俺がマズいと言ったのは報酬では無く、ダンジョンの扉に描かれた紋様だった。前世で見たことがある物ととても酷似していたのだ。


「まさかの当たりを引いたかも知れない。ここは異世界転生者のダンジョンである可能性が高い——」


 どういう事?とシャルは聞いてきたが、まだ確証は持てない為、言葉を濁す。転生者自身がここにいるとは限らず、ただダンジョンを作るというチート能力かもしれない。だがここに居るとなれば、この旅の目的の第一歩となる事は間違いない。


 念の為、ここから先は全て念話での会話に切り替えようとシャルに伝える。充分に警戒し、万が一危険と判断した場合は即、撤退する。軽い作戦を立てた上で、ダンジョンの調査へと乗り出す。


 予想通りだった。壁や床の質感、設置されたトラップの方式や見た目は、全て転生前に見たことがある物だった。


『ダンジョン・マイスターズ』


 そう呼ばれたスマートフォン向けゲームアプリに酷似したこのダンジョンは、ほぼ間違いなく地球からの転生者により制作されたものだろう。それほど人気のアプリという訳では無かったが、一時期ドはまりして遊んでいたのをよく覚えている。


 問題は、ダンジョンマスターが転生者かどうか。そもそもマスターが存在するかも分からないが、依頼内容の1階層を調査するだけで済ます訳には行かなくなったと言える。転生前の俺の知識を持たないシャルにもそれを伝え、より警戒するようにと促す。


 ゲーム内容はプレイヤー一人一人がダンジョンを制作し、余剰戦力で他人のダンジョンを攻略して略奪する、といった内容の物だった。だが、マスターがダンジョンを空ければそれだけ守備戦力が低下する。プレイヤーの間では、空き巣ゲー、コソ泥ゲー等と呼ばれて楽しまれていたのを思い出す。その例にならうなら、恐らくマスターは存在している。この規模の構造であれば、ひきこもって侵入者を迎撃するのが無難な戦略なのだ。


 ギルドの依頼内容によれば、1階層の魔物モンスターを処理した場合に死体が残るならマスターが存在しないダンジョンとして間引き、そうで無いならある程度処理しつつ情報を収集したのち撤退、との事だった。しかし、これが転生者のモノだと言うなら話は変わって来る。


(恐らく俺達の動きは監視されている、可能な限りこちらの手札は見せない方がいいだろう。魔物を回避しながら進めそうかい?)


 シャルにそう念話で尋ねると、魔物は殆どいないからよゆーよゆー!と返ってくる。ここまで寂れたダンジョンでは、強化もままならないのだろうと推測する。通路や壁にはそこそこレアリティの高いトラップが設置してあるが、基本的なトラップの解除方法は学んでいるし、この世界に存在しないタイプのトラップであっても、構造は理解している。難無くとまではいかないが、うっかりトラップを発動させてダメージを受けるような状況にはならないだろう。


 随分とトラップに偏重した構造だ。そう感じ始めたのは、調査を始めてから15分程経った所であった。シャルの嗅覚や聴覚を利用し、彼女の案内通りに進んでいるので魔物との遭遇は無いのだが、あまりにも配置がザル過ぎる。隠れてやり過ごすなんて必要も無いほど魔物が居ない。全然遭遇しないのでこちらから確認しにいった所、一定のルーチンで同じ場所を徘徊するだけの魔物が配置されているだけだった。無論戦闘は行わず、気付かれる前にその場を去る。余力は少しでも残しておきたいところだ。


 ランダム行動は無し。つまりはここの魔物はダンジョンに使役されているタイプであり、野生ではない。ダンジョンマスターが存在する可能性が非常に高いという可能性が出てきた。しかし、ここにマスターが居るなら素人も良い所だ。こんな配置では簡単に突破されるのが目に見えている。よく今まで攻略されずに残ってくれていたな、と感謝する程だ。


 道中、宝箱も存在していたので一応開けておくが、中身は悲惨と言う他無かった。こんなアイテムしか無いのでは、誰もわざわざ攻略しに来ないだろう。正直開けるだけ無駄とも言えるが、監視されている可能性が高いのであれば、空き巣とばかりに行動しておいたほうがあざむきやすいだろう。気乗りはしないが開けるしかない。けど薬草ってさ、外の森でいくらでも手に入るじゃん。ナメてんの?


(これは俺の方が舐めてた。正直しんどいな⋯⋯)


 そう思い始めたのは、2階層に降りた頃だった。先ほどまでは素人と評していたが、あまりにもトラップが多すぎる。階層ボスまで削ってトラップを配置するとは、よほどのこだわりがあるのだろう。こちらは安全確保の為にひたすらトラップを解除しながら進んでいる訳だが、スキルが必要な物も多く、MPがゴリゴリと削られていく。


 師匠が言っていた、閉鎖空間での大気中魔力はすぐ枯渇する、という意味が身に染みて良くわかる。空気の入れ替え用に設置された換気口はあるが、新鮮な外の空気と魔力が一緒に流れ込むには時間がかかる。師匠謹製の魔石入り装備が無ければ、とっくにMPが枯渇し、トラップの解除が出来ず撤退している所だった。


 まだ余裕があるとは言え、収入と支出のバランスが釣り合っていない。その上、マスターと戦闘する可能性もある。悔しいがMP回復ポーションを飲みながら探索を続行せざるを得ない。ポーションの値段を考えると赤字になる可能性すらあるなと考え始めると、正直涙目であった。


 3階層の攻略を終える頃には、装備の魔力がほぼ尽きていた。貧乏性な所も手伝ってか、ポーションをガブ飲みしながらの攻略を行うのを躊躇ためらっていたのが原因だ。とはいえガブ飲みしていても、所持しているポーションを含めたMP総量が変わるわけでは無い。あくまで消費する順番が違うだけだ。


 今までの傾向から察するに、この階層の半分ほどを攻略しただろうかといった所で、突如シャルが周囲の警戒を高めるかのように身構える。


(オルト、この階層のトラップが全部消えたっぽい。イヤな気配が全部なくなっちったヨ)


 つまりはトラップではなくをしかけた、という事だ。言葉の意味は一緒だが、道具としてのトラップではなく、構造としての罠。心理戦の始まりだ。


 今までの予想は当たっていたという事だろう。このダンジョンにはマスターが存在し、こちらの動向を監視している。恐らくは対策として周辺のトラップを解除したのだ。これからはトラップではなく魔物中心の再配置が行われる可能性がある。


 MPポーションを飲み、警戒レベルを引き上げながら尚も探索を続行する。だが、予想していた魔物の気配すら感じられないというのは一体どういうことだ——


 不安ばかりが募る。ここで引き返すべきか、進むべきか。相手の行動が分かりにくい。この場所での排除を諦め、こちらを誘っているのだろうか?その場合のメリットはなんだ?まさか客をもてなそう等というふざけた話ではないだろう。


 ズルズルと悪い思考に引きずられ、思考のリソースを奪われていく。これでは思う壺だ。正確な理由など分かりはしないのだから、ここは進むべきだ。


 そうして進み続け、階段を降り、気付けば小さな扉の前に立っていた。この先が終着点かは分からない。だが、今までの構造では扉をくぐって次のエリアに進むという状況は無かった。充分に警戒する必要がある。


(とりあえずはトラップが仕掛けられているかの確認⋯⋯と)


「しまっ——」


 気づいた時には遅かった。今まで存在したスイッチ式ではなく、僅かに触れるだけでも発動するタイプのトラップ。ゲーム中では高レアリティに存在し、触れた者だけを通すパーティ分断用のアイテムがその能力を発動する。


 目の前の扉が自動で開かれ、こちらの身体を吸い込んでいく。踏ん張りが効かずシャルに手を伸ばすが、結界の様な物で阻まれている。


 敵の狙いに気付いた時は既に罠の手中に収まってしまっていた。強制的に扉は閉められ、シャルと俺は分断された——


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