第22話

「ありがとうございました、ルーベルトさん」


 シーヴァスのギルドに到着すると、そこで護衛任務は完了となった。さん付けは無しだよとこちらに注意すると、ルーベルトさんは手を挙げ、軽く挨拶してその場を去っていく。彼が注意したのは、冒険者の心得についてだ。


 の隙が生死を分ける場合もある。だからこそ冒険者の間柄では敬称は不要。歳の近いロザリアはすぐに慣れたが、そこそこ年季の入ったルーベルトさんを呼び捨てするのはかなり抵抗があったのだ。結局、旅の途中は一度も呼び捨てできず、別れの段階になっても尚、さん付けで呼んでしまった。次からは気を付けなければ。


 護衛任務の報酬はてっきり三等分になるのかと思っていたが、一人毎の計算で決まっているらしく満額を貰える事になった。なんでも依頼主の行商人が出すわけでは無く、ギルドがその報酬を用意しているそうだ。


 商人は毎年高めの会費をギルドに納めているため、冒険者による護衛は無料で付けて貰えるらしい。しっかりとした店舗を持たずとも生活できるだけの資金を、安全に稼げる様にと配慮されたこの方式は、世界各地の流通を支える基盤を作り上げるのに一役買っているのだ。こういったシステムを作ったのが誰かは分からないが、改めて感心する事となった。


「それじゃあロザリア、良い旅を。色々と勉強になったよ」


「勉強になったのはこちらの方よ。ありがとうオルト、


 行商人とロザリアにも別れの挨拶を済ませると、早速その場で次の仕事を探し始める。既に夕刻を回っている為仕事は明日のものとなるが、朝一で探すよりは今見つけておいた方がいい。休暇を取る事も少し考えたが、特に疲労が残っている訳でも無いし金銭的に余裕がある訳でも無い。ランクさえ上げればより高額な依頼も受けられるとなれば、早い所仕事をこなして昇格してしまうのが一番だ。


「Fランクのお仕事といいますと⋯⋯そうですね、丁度明日張り出し予定のお仕事がありましたので、そちらのご紹介を致しましょうか?」


 掲示板には目ぼしい仕事が無かったため、受付で相談するとそう返ってきた。受付は妙齢の男性で、ぱっとみ執事の様な振る舞いをする人だった。これは一部の方々から根強い支持を得ていそうだな、なんて思っていると、早速依頼書を出してくる。


「お仕事はダンジョンの調査となります。近年ではダンジョンの人気が低く、挑戦する方が少ないとの事ですので、危険度を測るために細かい所を確認して頂く必要がございます」


 これもギルドの影響だ。ダンジョンで得られる報酬は、大抵が他の冒険者の所持品。つまりは遺品なのである。ギルドタグへの貯金というシステムや、死ににくい冒険者の育成を推し進めた結果、ダンジョンという場所は軒並み不況となっているのだ。しかし放置すれば魔獣のとなる事もあり、それらが突如あふれだすという災害が起こる可能性もあるため、定期的な調査が必要となると受付の男性は説明する。


 そして、ダンジョンの仕組みがあらかた研究しつくされているという事も大きい。宝箱型の魔物モンスター、ミミックと呼ばれるものとダンジョンの生態は酷似している。餌に吊られた獲物を喰らい、大きくなるのだ。それならば喰われない様にすればいい、攻略の為に侵入しなければ、大きくなる事が無いのだ。


 ダンジョンへの挑戦はギルドを通す必要が無く、個々の冒険者の裁量で行われている。ダンジョンの詳しい情報を知りたければ、帰還した冒険者から話を聞くか噂などに頼るしかなかったのだが、現在の状況ではそれもままならず、定期的に調査の名目で依頼を出すようになったらしい。報酬にそれほど旨みは無いが、一階層の調査だけで構わないとの事だったので早速依頼を受ける事とする。


「ダンジョンはこの街から北西方向に5㎞程の位置に御座います。日帰りでも可能な範囲の依頼となっておりますが、道中は魔物も出る可能性も有りますので充分ご注意下さい」


 そう説明を受けると改めて簡単な依頼内容を書いたメモと地図を渡される。材質は和紙、完全な白ではなく、薄茶色をして厚みもまばらな物だった。いくら地球からの転生者が多く流入しているとは言え、木材パルプによる真っ白な紙の製造にまでは至っていない様だった。だが、放置すればあらゆる分野での発展が加速するのは火を見るより明らかと言った感じだ。


「ありがとうございます。明日朝一で調査に出ますので、よろしくお願いします」


 仕事の情報は得られたのでその場を後にする。ふと香ばしい香りが鼻を掠めると、そう言えば夕飯がまだだったことを思い出す。


 本日の宿泊はギルドの簡易宿に決め、食事は併設されている食堂で取ることになった。あちこち動き回って情報収集するのも悪くないかと考えたが、異世界転生者を知らないか?だなんて聞いて回れる訳も無し、そこまで誘導できる話術も無い。噂話を聞きまわっている小僧が居るだなんて噂でも立ったりすれば、むしろこちらが不利になる可能性すらある。一旦はこの街で長めに過ごしつつ、情報屋等と交流出来るような環境を整えるのが良いだろう。


「⋯⋯意外と美味しいな、コレ。全然イケる」


 適当に選んだ肉系の定食セットがテーブルに運ばれると、早速かぶりつく。シャルには骨付き肉を用意して、テーブルの下で大人しく食べて貰っているが、どうやら彼女も満足げな様子だった。


 この食堂は、ギルドに所属する者なら誰でも割引が効くという非常に良心的な店となっていて、利用者もそこそこ多いようだ。格安という性質上、街の食事処や酒場と比べると味は落ち、酒も置いていないとの事だったので多少不安にはなっていたが、全くの杞憂であった。


 森暮らしが長かった俺からすれば正直美味い部類に入る。というか判断基準が森とティナの家、あとはここに来るまでの食事程度しか無いため、美味いと感じてしまうのは当然と言えば当然だった。


 これなら下手に飯の美味い店に行くよりは、ギルド併設店で満足しておく方がお財布に優しいのでは無いだろうか。現状、決して所持金に余裕がある訳では無い。転生者の情報を集めるにしてもそれなりに余裕が無ければ始まらない。世界の滅びを救うのは重要だが、まずは自分の生活を安定させるのが先だ。


 案内された部屋に到着すると、すかさず装備を解除し早速手入れを始める。護衛任務中にはしっかりとした調整等は行えなかったので、普段より念入りに行う必要があるのだ。


 この簡易宿には風呂が無く、桶にお湯を貰って身体を綺麗にするのが普通だそうだが、魔法で身体を綺麗にすることを覚えてからはそれに慣れ切ってしまっていた。頂いたお湯は装備の手入れの為に使ってしまおう。


「大通りをちょっと行った所には大きいオフロがあるんだヨ、ボクも行ってみたい!」


 ようやく喋れる、とばかりに話しかけて来るシャル


「そうは言ってもシャル、お前は風呂に入れないんじゃないか?普通は人間専用だと思うぞ」


 えぇー?そうなの?と項垂うなだれる。アインスから色々な知識を授かっては居るが、あくまでそれは人間用の知識だ。この街の情報も多少は知っているらしく、その後も美味いパン屋だとか評判のいいパスタ店の話を教えてくれる。シャルの期待に応える為にも、しっかり働いて早い所ランクを上げなければな、と誓うのだった。


「ロザリアはパーティメンバーに誘わなくてよかったノ?結構いいカンジだったジャン?」


 いっぱい撫でてくれたしお話したかったなーとシャルは続け、上機嫌なのか尻尾をフリフリしている。


「まだミルタのいちでの不安要素が残ってるからな。彼女では無いとは思いたいけど、なるべくそういうのは排除しておきたい」


 それに、彼女はこの世界の住人だ。異世界転生者を殺すための旅に着いてきてくれなど、到底言えるはずもない。説明したって信じてくれる訳が無いし、信じてくれた所で戦力として充分かと問われれば、そうでは無い事は分かり切っている。


「でも惚れてるでしょオルト?」


 馬鹿なことを言うなと叱りつける。ちょっとでも仲良くなればそういう感情を持ってしまうような人生しか送ってこなかったが、今ここにいる目的を忘れては駄目だ。何より彼女の人生を、残り15年で終わらせるわけにはいかないし、旅に同行させればそれ以下の時間で終わらせてしまう事にもなりかねないのだ。


「でも15年だヨ?それだけの時間があれば、世界が滅びるとしても幸せな生活はできると思う。目的なんか忘れて、そうなってもいいとボクは思うヨ?」


 確かにそういう事を考えたこともある、一度や二度じゃない。だが既に俺は知ってしまっているし、原因の一部でもある。忘れてなんて言われて簡単に忘れられる物でもない。仮に幸せを掴んだとしたら、その手からこぼれ落ちると分かっているのに見ないふりなんて出来る筈もないのだ。


「⋯⋯この話は終わりだよシャル。俺はこの世界の人達にもっと長生きして貰いたいんだ」


 その為の訓練、その為の決意をした。文字通り血反吐を吐いて鍛え上げたのだ。それに俺は複製コピー、まがい物の魂を持った存在してはならない人間だ。オリジナルが存在するのだから、ここで幸せになる必要なんて存在しないのだ。


——ぺろぺろ


 暗い表情かおでもしていたのだろうか、いつのまにか隣に来ていたシャルが慰めるように俺の頬を舐める。⋯⋯けどそれ痛いんだよな、気持ちだけは嬉しいけど。


 ありがとうと感謝の気持ちを込めながらシャルを撫で、そのまま抱き合うようにベッドに潜り込む。こんな状況に巻き込んでしまって済まないな、シャル。お前もいつか幸せになれるように頑張るよ——

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