第21話
それからは、順調すぎる程順調であった。先ほどのゴブリン以降、魔物に遭遇することは一切なく、ただ
唯一の見どころと言えば森を抜ける最中に野生の鹿と遭遇した事であった。警戒に当たっていた俺が鹿に気付づきその旨を報告すると、すかさず荷台から飛び降りたルーベルトさんが一瞬で鹿を狩るという離れ業を披露したのだ。
「少し離れますね」と言って獲物を回収しに行くルーベルトさん。それを見たシャルが、ボクも行きたいと念話で伝えて来るので、皆に聞こえるように「シャルも手伝っておいで」と発言した所で、既に鹿は木に吊られ血抜きまでされているという状況になっていた。
恐るべき
周囲警戒の手伝いとばかりについていったシャルは、そのご褒美にと鹿の肝臓を貰い、そのまま生で食べていた。口のまわりを血で真っ赤に染めていたが、それをロザリアが取り出したハンカチで甲斐甲斐しくも綺麗に拭いてくれていたのには驚いた。女性だからそういうのは苦手だろう、なんて先入観を持っていた自分の失礼さを深く反省する出来事であった。
「さっきのは
「いやはや、ルーベルトさんのお陰でいいものが見れましたし、こうして獲れたての鹿肉が頂けるとは本当に有難いですなぁ」
まだ日暮れには早い時間だったが、本日分の移動距離は充分稼いだという事で夕食となった。ルーベルトさんが仕留めた鹿肉を振舞ってくれるとの事で、食事は随分と豪華だ。更には、タダで貰うのは悪いからと言い出した行商人さんまで果物や野菜を振舞う事になり、本当に旅の最中かと思うほどの贅沢な食事を堪能した。
夕食を終えて少し経つと、夜の
夜の見張りは俺とルーベルトさんが交代で行う予定で、急遽パーティに編成されたロザリアは頭数に入っていなかった。だが、昼寝をしていたせいで眠くない事と、何もせずに報酬を貰うのは忍びないと言う事で、交代までの見張りに付き合って貰う事となった。
——パチッ、パチチッ
春とはいえ夜は冷え込む。そのため用意された
「ねぇ、オルトはどうして冒険者になったの?」
当然の如く暇を持て余したロザリアが話しかけて来る。どう説明しようか少し迷ったが、師匠の設定どおりの話と、拾ってくれた師匠に恩を返す為と語る事にした。
「冒険者は助け合いと学んだけど、そうじゃなかった時の俺はただ助けられるばかりだったからね。恩人を助けられるだけの力をつけて、キチンと恩返しがしたいんだ」
なんて、歯の浮く台詞である。本心ではあったが、当然それが本当の目的ではない。目の前の少女に嘘を付く事と、簡単に嘘をつけてしまう自分に嫌悪感が増していく。
「立派な心がけね。私の場合はもっと利己的と言うか⋯⋯死にたくないから冒険者になったって感じだもの」
死にたくないから、とはまた不思議な理由だ。死にたくなければ冒険者をやるよりも街で仕事をして暮らす方が遥かに死ににくいだろうに。そう思ったが、それをそのまま言えるような雰囲気では無かった。どこか辛そうな顔をしている彼女に踏み込むのは
「そう言えばロザリアはずっとフードを被りっぱなしだけど、何か事情が?」
出来るだけ遠回りで、彼女の事情について聞いてみようとする。もしかしたらそれが冒険者にならなければいけなかった理由かもしれない。直接的に聞いて気分を害されるよりは、逃げ道の多い質問の方が良いだろう。
「ああ、これね。普段から被りっぱなしだから忘れてたわ」
そう言ってフードを外した彼女は、あまりにも美しかった。月明りと焚き火に照らされたその淡いピンク色の髪は、まるでその
「綺麗だ」
思わず率直な感想が口から
「そう、ありがとう。でも私は、この髪の色が嫌いなのよ。ストロベリーブロンドだなんてお上品な名前が付けられているけど、私はオルトみたいな何処にでもいるダークブロンドが良かったわ」
ロザリアはそう言うが、丁寧に整えられたその髪を維持するのは非常に労力が掛かるだろう。編み込まれた髪を
「お父様やお母様もこの髪が綺麗だと言ってくれたわ。でも街の人はそうじゃ無かった。まるで珍獣でも見るかのような視線に晒されて、言い寄られる事も多かったわ。街中であるにも関わらず、
幼いころからずっとそうだったなんて言われれば、当然何年も辛い思いをして来たことは想像に
「フードを脱いで生活するのは難しいのかもしれない。でも俺はその髪、ロザリアに似合っててとても素敵だと思うよ」
同じ様に美しい髪を持った少女、ミルタの街で別れたティナを思い出しながら言葉を
「オルトに言われるのは余り嫌な感じがしないわね。誉め言葉として受け取っておくわ」
そう言って僅かに微笑むロザリア。笑顔も相まってか、驚くほど綺麗に見える。そういう笑顔が出来るなら、少なくとも人間に絶望している訳ではない筈だ。彼女の両親はきっと数少ない理解者であり、彼らの為に髪を伸ばしているのかも知れない。他人ではなく自分に原因があると考え、自分の髪が嫌いだと言って隠している。とても優しい少女なのだろう。
「ピンク色の
「——ぷっ、あははははは」
突然笑い出すロザリア。一体何が
「何よその歯の浮く
言われて気付く。そして顔から火が出る。尚も笑い続けるロザリア。これは正直やってしまったと言わざるを得ない。ああ、もう多分ロザリアにはこれからずっと
「はぁ、驚くほどスッキリしたわ。フードを取るのは簡単じゃないけど、ちょっと努力くらいしてみようかなと思えるくらいにはいい言葉だったわよオルト」
ああ、もうどうにでもなーれ!
こうして楽しい楽しい旅の一日目が幕を閉じた。二日目と三日目の午前も同様に過ぎ、その間現れたゴブリンをロザリアが得意の火魔法で仕留めたりもしたが、それ以外の脅威は無い穏やかな旅だった。途中何度か別の行商人とすれ違う事もあり、比較的安全なルートが開拓されているのだろうという事を思わせる。
ロザリアは結局その間もフードを取ることは無く、こちらを揶揄う事も無かった。だが、わだかまりの様なモノは解けたらしく、時折笑顔を見せながら会話をするようになったのは大きな収穫だ。今後の彼女の人生に、少しでも助力できたのかもと考えると心は晴れやかだった。
そして三日目の夕方、今回の旅の目的地であるこの国ユノクスの首都、シーヴァスへと旅の一行は無事に辿り着いたのだった。
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