第19話

 大通りから小道に入り、少し離れた所にティナの家はあった。そこそこ大き目の木造2階建てで、昔は師匠も住んでいたらしい。年齢的にも限界を悟った彼は、今期いっぱい、来年の春で森を守る任を終え、この家に戻って来るつもりとの事であった。


「久しぶり~オルト君って⋯⋯全然身長のびてないじゃん!!」


 開口一番、痛い所を付くティナ。あれから度々身長を測る癖がついていたが、一冬という長い時間を過ごしたにもかかわらず、俺の身長は殆ど伸びていなかった。どうやら成長期はこちらの世界基準だったらしく、元は175㎝あった身長に届くのは絶望的かもしれない、と不安になったが、師匠は2m近い。きっとそのうち伸びるだろう、きっと⋯⋯


「久しぶりティナ。これでもちょっとは伸びたよ、今じゃ俺の方が身長高くなってるもんね」


 そう言って自分の頭に手を当て、滑らすようにティナの頭の上まで持っていく。正直ギリギリだが、見栄を張れば3㎝くらいは上回っていると言っていい。随分と子供じみた行動だが、肉体に精神が引きずられるというのはあながち間違いでも無いようで、気付けば自然と子供らしい振るまいをする様になっていた。とはいえ一応成人はしているのだが。


 負けないもん、と頬を膨らませて俺の肩に両手を置いたティナは、そのまま俺の身体をぐるりと反転させ、背中を合わせて背比べの再審を行う。


「あ、ティナがあげた髪どめ、使ってくれてるんだ?」


 後頭部でまとめた後ろ髪が彼女の頬をかすめたのだろう、髪留めに気付いた彼女は、身長の事など放り出してこちらの尻尾ショートポニーを触り始める。切るのは勿体ないとそう言った彼女の言葉が気になり、何となく伸ばしていたのだが、どうやら気に入ってくれたらしい。


「にゃあ」とタイミングを見計らった様に鳴き、家に入ってきたシャルに気付いたティナの驚きは凄まじいものだった。目をキラキラ輝かせでシャルの成長を喜んでくれたのには正直安心した。イエネコでは無い魔獣。身体が大きくなり、その存在感を増したシャルは「もしかしたら受け入れて貰えないかもしれない」等と不安をこぼしていたが、全くの杞憂であったようだ。


 おめかししましょーね!と薄いピンク色のスカーフを持ち出し、オルト君にもあげたからシャルちゃんにも、と首に巻いて二人で喜んでいる姿を見られただけでも、ここに来た甲斐があったと言うものだ。


 肝心の母親、師匠の娘さんはまだ帰ってきておらず、フランクさんも仕事があるからと家の前で別れた。宴会は夕方から行われるらしい。それまで少し休ませて貰おうと申し出ると、ティナが街を案内すると提案してくれた。


「2階の奥の部屋がじぃじの部屋だから、好きに使っていいっておかあさんが言ってたよ」


 そう言われて部屋へと案内され、荷物を置き武装も全て解く。街の中を歩くなら特に必要は無い。視力に関してはまだ不安な部分があったが、ティナとシャルがフォローしてくれるなら問題は起こらないだろう。



◇◇◇



「——どうしてこうなった」


 街を散策し始めてものの数分で3度もつまづいてしまい、シャルとの契約に関する事をティナに話すと、彼女は手を握って歩こう、と半ば強引に俺の左手を掴んでしまった。完全にデートの様相である。


 隣でふんふんと鼻歌を歌いながら歩く彼女の姿を見るのは楽しい。だが、こっちは女の子と手を繋ぐのだなんて人生初なんだ、正直手加減して欲しい。途中、顔見知りとみられる近所の男子にデートだ!と冷やかされもしたが、えへへと笑いながら俺の腕に絡まり、あっけなく撃退する姿はオトナの余裕さえ見せている。


 だが待って欲しい。鈍感系主人公ではない俺は、これが好意だという事はよく理解している。しかし孫なのだ、そういう好意を寄せられても正直困ってしまう。いや、発育はいいがまだ12歳の女の子なのだ。出会ったときには、師匠によく似ているしお兄ちゃんだとも言っていた筈だ。これはきっと親族に寄せる好意と同等なのだ、きっと。⋯⋯そうであって欲しいな。


「⋯⋯ハァ」


 考えるのを諦め、もうどうにでもなぁれと頭の中で呟いて散策を続ける。まだ太陽は高く、昼食も取っていないとの事で買い食いをしながら案内をして貰う事にする。


 街の一角で開催されているいちは賑わっており、豊富な種類の食材や道具などが所狭しと並べられていた。時折鼻孔びこうをくすぐる匂いに釣られては、あれもこれもと購入し、備え付けのベンチに座って食べる。シャルはやはり肉類を好むようで、中でも串焼きにご執心だった。新鮮な肉なら森で獲っていたが、やはり商売をたしなむ人間が調理した肉は格別だった。日本で味わった屋台の商品を上回っているとさえ言っていい。


 こんな事もあろうかと師匠に渡された旅の資金がどんどん減っていく。ちょっとマズいかなと思ったが、幸せそうに飯を食うティナとシャルに待ったなんて掛けられる筈もない。諦めて買い食いを楽しむ事にする。というかシャルといると間違いなく彼女のペースに巻き込まれてしまうのがちょっと辛い。


「⋯⋯見つけた」


 不意に声が聞こえる。街の喧騒にまぎれたとても小さな声だが、それが自分に向けられた呟きだと理解できたのは、恐らくシャルとの感覚共有の賜物たまものだろう。殺気とまでは行かないが、明らかにこちらに注視しているという感覚があった。声の主に気付かれぬ様にゆっくりとそちらを向いたが、既に立ち去った後のようでそこには誰も存在しなかった。


 女性の声の様にも聞こえたが、正確には分からない。何故自分なのかも分からなかったし、ただの人違いの可能性もある。危険は感じなかったので、取りあえずは気にせず散策を続行する。


 そろそろお腹も膨れてきたな、といった所で散策の目的でもあった薬屋に到着する。ポーション類の購入の為だ。正直必要ないのだが、おいそれと人前で回復魔法を使うわけにも行かないので仕入れておく必要があったのだ。


 店内に入ると、カウンターの奥には色とりどりの液体が並んでいた。ガラス製の大きな容器に入れられたソレは、ポーションの純度を目に見える形で陳列する為の物だという。購入の際は木製のボトルに入れて売られるのが殆どなので、劣悪な商品では無い事をアピールするためらしい。


「ローポーションを大ボトルで1つ、MPと解毒、麻痺を中ボトルで下さい」


 麻痺は麻痺解除ポーションだよな?と店主に聞き直される。はいそうですと丁寧に返事して、ボトルに移されるのを眺めていると、店主がちょっと迫力のある営業スマイルで話しかけて来る。


「随分な量だが、どっかの冒険者にでも頼まれたのかい?坊主」


 いえ、これは自分用ですと答えると、店主はバツが悪そうに寂しくなった頭を掻いた。お駄賃目的のおつかいとでも思われたのだろう。


「これから初めての仕事があるので⋯⋯正直ちょっとビビってるんですよ」


 そうか、と短く呟くと、どうやら気を使われたと察したらしい。改めてこちらに向き直り、そういう事なら少しオマケをしておくよ、と未使用のポーション瓶を出してくる。当然中身もオマケするぜ、なんて言いながら3本も出してくるものだから、こちらも恐縮してしまった。


「ありがとうございます。また寄らせてもらいますね」


 にこやかに挨拶をし、代金を支払うと店を出る。昔なら考えられなかったが、ほんのちょっとの気遣いとやり取りで、お互い気持ちの良い買い物が出来るというのは素晴らしい事だなと改めて感じる。またこの街に来ることがあるかは分からないが、その時には是非寄らせてもらおう。


 店内にシャルを入れるのはマズいかな?と外で待ってもらっていた二人と合流する。彼女らの事だから見えない所まで遊びに行っているかとも思ったが、こちらの視力を案じて大人しく待っていたらしい。目のぼやけは殆ど収まっていたので大丈夫だよとは伝えたが、結局また手を繋ぐことになり、彼女の家へと帰宅する事になった。


 歓迎会は非常ににぎやかになった。マリアンヌと自己紹介したティナの母親は、師匠が評した通りなんの誇張も無くたる⋯⋯失礼、マシュマロ系女子だった。フランクさんが合流するとそのまま彼の音頭で宴会が始まり、テーブルが見えなくなるほどの大量の食事でもてなされた。


「そういえばお二人はどういう関係何ですか?」


 フランクさんはマリアンヌさんの事をマリーと呼び、当のマリアンヌさんはフランクさんの事をラビ、と呼んでいた。お互いに気心の知れた間柄の様ではあったが、当然夫婦には見えないし、旦那さんも見当たらない。


「ああ、ラビとは昔一緒のパーティ組んでたのよ。旦那のドレット⋯⋯ハンドレットも一緒にね」


 旦那さんはまだ冒険者を続けており、大体3か月に一度位は戻って来るそうで、つい最近までは街にいたらしい。それなりに稼いでいるらしく、いい加減腰を落ち着けろとはなかなか言えずに困っているとボヤく。フランクさんに付けられた愛称のラビは、その昔ウサギにビビッて崖から落ちた事に由来しているそうだ。フランクさんは開き直っているのか酔っているのか、その時のことを「あれは体長20mはあったね」と誰が聞いても嘘だと分かる冗談で話を盛り上げていた。


 食事は山小屋にいた時と比べれば雲泥の差、あまりの美味さにいくらでも入りそうな気がしていたが、流石に大量過ぎて平らげる事は出来なかった。残った分はフランクさんへのお土産と明日の朝食に回るから無理しなくて良いよ、とマリアンヌさんが助け舟を出すと、同じくフランクさんも俺の朝飯も残しておけよ、と気を遣ってくれる。改めて、いい人達だ。


 それから暫くは彼らの冒険譚ぼうけんたんを聞き、なんならお酒も少し頂いた。この辺ではエールと呼ばれるビールの一種が主流だそう。何となく前世の知識で苦みが強いものだと思っていたが、濃厚でフルーティな香りと苦みよりも甘さを感じる味わいで、いたく気に入ってしまった。


 次第に船を漕ぎスヤスヤし始めたティナをマリアンヌさんが寝室に運ぶと、そのまま宴会はお開きとなった。


「じゃあなオルト坊、明日は7時だろ?見送りは出来ないが遅れるなよー」


 今生の別れとは限らないが、それでも暫く会えなくなるにしては淡白な挨拶をしてフランクさんが帰っていく。結局恩を返す事は叶わなかったので、必ず帰ってこなくてはな、としみじみ。


 師匠の所には時計が無かったので不安だったが、この世界にも時計は存在しているらしい。と言っても一般家庭にまでは普及しておらず、昼の間は6時9時12時といった感じで3時間ごとに鐘を鳴らすそうだ。予定は7時であるため、6時の鐘を聞いてから準備を始めても十分間に合うだろう。


 そう、この街に留まるのは今日だけだ。ギルドに立ち寄った時に明日の予定は既に決めてある。Eランク昇格条件の一つである行商人の護衛任務、約3日かけて目的の街、この国の首都シーヴァスへと向かう仕事が待っている。


「やっと喋れるネ」


 2階の部屋に戻ると、早速シャルが話しかけて来る。流石に従魔契約初日で喋れるようになりましたとは言えないので、ずっと黙ったままだったシャルは不満が溜まっているのだろう。


「どこで聞かれてるかは分からないし、二人だけとはいえ街中ではあまり喋らない方がいいかもな」


 契約のお陰で念話も使えるようにはなっているから、暫くはそれで我慢してくれと頼む。折角定着した発声器官が退化しちゃうヨ?とスムーズに念話に移行して語り掛けてくるシャルには驚いた。普通こういうのって単語から実験しない?ていうか念話難しいんだけど。


 その後も念話の練習とばかりにお喋りを続けながら装備の手入れを始める。1日の終わりに装備の手入れと、魔力を無駄に消費して空にするというのがここ最近の日課になっていた。MP枯渇状態を長く続ける事で、最大値を増やすのに効果があるそうだ。おおっぴらな強化をしてしまうとマズいが、これくらいならば問題無いだろう。


「シャル、そろそろ寝よう」


 明かりの魔法が込められたランプのスイッチを捻ると、山小屋のものよりも柔らかい布団に身を滑らす。布団が無いシャルも隣に潜り込み、早々にくるりと丸まり寝場所を確保する。明日楽しみだネと念話でこちらに伝えると、少し寂しそうな声で鳴く。ティナとも明日でお別れだ。また必ず帰ってこようと念話で返し、そのまま眠りについた。

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