第18話

「もう少々お待ちくださいね」と名残惜しそうな顔で告げると、受付のお姉様は部屋の奥側に設置された扉から退室していった。すっかり手持無沙汰てもちぶさたとなってしまったので、横に控えたシャルを撫でながら時間を潰す。


 程なくして奥側の扉がもう一度開くと、今度は先ほどの受付嬢より若いと思われる女性と、その女性に手を引かれた老婆が入室してくる。


「やあフランク、仕事は順調かい?」


 一度こちらに目をやり、フランクさんに視線を移すと老婆はそう挨拶した。お陰様でキッチリと仕事をさせて頂いています。なんてそこそこピシッとした物言いをするフランクさんを見るに、この老婆は立場のある人なのだろう。


 テーブルを挟むように向かいのソファに老婆が腰掛けると、一緒に訪れた女性も同じように腰かける。どうやらただの案内という訳ではなく、この応接に参加するようだ。


「早速だけど、その子がアインスの所の坊やだね。話は聞いてるよ」


 簡単な自己紹介を済ます。老婆の名前はエマといい、先ほどフランクさんが話を通すように受付嬢に伝えた名前だ。このギルド、ミルタ支部の統括という立場であり、40年以上の経歴を誇る大ベテランという事だ。師匠とは古い付き合いで、専属の受付嬢だった事もあるそうだ。


 隣に座った若い女性はナタリアと名乗った。従魔士テイマーの職業を授かってはいるが、性格的に冒険に出る事には抵抗があった為、現在はギルド職員として勤務しているそうだ。職業を授かったからと言ってその職に合った道に進まなければならないと厳しく定められている訳ではないようで、その辺は少し安心した。同席したのはシャルとの従魔契約を執り行う為だそうだ。


「まずはギルドタグを渡しておくよ、コレの説明をさせて貰うね」


 そういってテーブルに出されたのは、首に掛けるネックレスの様に細工された金属の板だ。前世で言えばドッグタグと呼ばれていた物に限りなく近い。板にはオルトという名前と出身を示すユノクスという国名、ミルタという街の文字、出生年である3845という数字も刻まれていた。この国の名前を知るのは今が初めてだったのが驚きだ。他にも偽造防止なのか良く分からない模様があちこちに刻まれている。


 一番下の段には冒険者である事を示すマークと、ランクの表記がされている。最低ランクのGでは無くFの表記、追記で対応出来る次のEまでは据え置きで、更に上のDからはタグの素材も変わるそうだ。


 最低ランクのGはあくまでド素人に基本を教える為のランクで、回復薬に使う薬草や毒消し草等を手に入れる方法や加工する技術、簡単な算術や言語等を教える学校の様なシステムの為だけに用意されているらしく、タグも木製の簡素な物だそうだ。このランクに登録されると、最低でも3か月はその街を離れられないという事で、ひとつ上のFランクからスタートさせるという事らしい。既に基本的な知識は師匠から散々学んでるし、3か月も拘束されるのは勘弁だ。


 ギルドタグには銀行のカードのような機能もあり、貯金もしておけるそうだ。お金も結構な荷物になるし、そういった機能は有難い。盗まれたら大変なんじゃ?と思ったが、本人確認出来なければ1割までしか支払われないらしく、そのせいで盗賊も激減したそうだと少し本題から外れた話もしてくれた。お金を持ち歩かない冒険者や商人のタグを奪っても、中にいくら入っているか分からない上に1割しか貰えないとなればそりゃ命を張るメリットが無い。どうせなら冒険者になった方が稼げるもんね。


 1割だけ支払われる理由は単純に、道半ばで力尽きた冒険者や行商人の扱いで回収して貰った場合の謝礼金という事らしい。残りの9割から手数料を引いた分は遺族に支払われるとの事で、ギルド利用者なら大半の者が貯蓄に回していると説明を受ける。


 念のため、という事でステータスの開示も行って確認をされた。流石はアインスの弟子だね、よく学んでいる。と太鼓判を押された時には気恥ずかしさでムズ痒くなったが、慢心せずに今後も精進するように。と付け足したエマさんの表情が師匠を思い出させ、身が引き締まる思いだった。


 冒険者の心得関連の説明が終わると、今度は従魔契約だ。いつのまにか従魔士のお姉さん、ナタリアの膝で丸くなってくつろいでいるシャルがそこにいた。師匠に刻まれた知識のお陰で女の子好きな性格になっているとはいえ、初対面の女性にそこまで懐いているのは魔獣としてどうなのだろうか?もしかして彼女の従魔士としての能力がそういった空気でも出しているのだろうか?と思案したが、ナタリアさん自身も少し驚いているらしい。


「アタシは昔から動物が好きでよく遊んでたんだけど、魔獣の子とこんなに早く仲良くなるのは初めてかもしれないなぁ。大体は服従させる形で契約する事が多いから、こういう主従関係を結んでくれるならいっぱい祝福しちゃうよ!」


 それに、結構頭よさそうな感じだね。と付け加えるナタリアさん。実は賢さだけなら一般人並みにはあるなんて自慢したかったけど、流石にそこはこらえるしかなかった。従魔契約は質素というかみすぼらしいというか、期待していたモノでは無かったので少々残念だった。魔法陣とかそういうのがビャーって出てきて難しい詠唱とかするのかと思ったら、2つに割った薬草団子みたいなのを主人と従魔で食べるだけ、という簡単な物だった。


「意外と旨いんですねコレ」


 なんて言いながらモグモグと平らげる。昔はもう少しマズかったらしいが、改良の結果随分とマトモな味になったそう。従魔士のスキルを使って練り上げた薬に魔法をかけ、それを主人と従魔となる者が半分ずつ食べるというのがこの世界の従魔契約というシステムとの事だ。


「食べた後で悪いんだけど、体調不良になるかも知れないんで気を付けてね。主従間で感覚共有ってスキルが付くんだけど、シャルちゃんが持つ聴覚や嗅覚がオルトに流れ込んだり、オルトの複雑な思考がシャルちゃんに流れ込んじゃったりしてぐるぐるおめめ回しちゃったりとか」


 森での共同生活が長かったなら大丈夫だと思うよー、なんて気軽に言われたが、そういうのは早めに言って欲しかった。今日は街を見て回ろうと考えていたが、安全を期すなら早めに宿屋にでも行ってゆっくり休んだ方が良いだろう。


 全ての説明が終わり、一通りのお礼を言った後退出しようと席を立つと、少し立ちくらみがする。先ほどの契約の影響が早速出てきたようだった。


「だいじょぶ?どんな感じ?」


「少し眩暈めまいがする、というか目が霞む感じですかね。少し聴力も上がった気もします」


「あちゃー、悪い方がでちゃったか。ネコって嗅覚聴覚は優れてるんだけど、目はあんまりよくないんだよね」


 心配そうにこちらの額に手を当てながら顔を覗き込むナタリアさん。気持ちは有難いがちょっとドギマギしてしまう。一時的な物だから心配しなくても大丈夫だよ、と補足されたが正直ちょっと不安になってきた。


「ならオルト坊、今日はゆっくり休むといい。当然宿屋は決めてないよな?」


 ずっと静かだったフランクさんが口を開く。ナタリアさんがギルドの簡易宿を使う事を勧めてくれたが、どうやらフランクさんにも当てがあるらしい。


「アインスさんの娘、マリーに話はつけてあるから、今日はそこで休むといい。というか歓迎会と成人式も兼ねてるから強制参加なんだけどな」


 なるほど、何故フランクさんがここまで付いてきたのか疑問だったが、彼の目的は宴会という事か。彼の表情から察するに、結構豪勢な食事でも用意してあるのだろう、それと多分、酒もだな?


 こっちでは成人を迎えたが、そもそも酒は成人してからとかそういう決まりはあるのだろうか?問題無ければちょっとたしなんでみたい気持ちはある。過ごした時間的に地球の自分も成人しているし大丈夫だろうと言いたい所だが、あっちは時間の減速が行われてるハズだからなぁ、まだ未成年だよなぁ。ってそんなに気にすることないか。


 ま、その辺の事情はさておき、ティナと合えるという事はシャルも喜ぶだろう。最後に会ってから既に5か月近くが経っている。成長したシャルにどういう反応をするのか、今からとても楽しみだ。

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