旅立ちは別れと出会い

第17話

「それじゃあ師匠、行ってきます」


 そう旅立ちを告げた俺に目もくれず、左手だけを挙げて答える師匠アインス。こちらは向いておらず、背中を見せたままリビングでくつろいいでいる。


「もう、アインス!そんなんじゃ嫌いになっちゃうヨ!」


 それで構わないから早く行け、とシャルを冷たくあしらう。湿っぽいのは苦手なんだよ、とつぶやく声が、静かな室内に反響する。こちらはそんなつもりじゃ無かったが、そう表現した師匠自身は少なくとも今の状況を湿っぽいと感じているようだ。随分と涙脆くなったものだと、ふと目の前の老いた大男が自分自身の未来の姿であった事を思い出す。


 最近はあまり意識していなかった。結局、半年以上一緒に暮らしていたが、とても彼に近づけたとは思わなかったからだ。歳を重ねても近づくことが無い同一人物という存在。はたから見れば赤の他人と言える二人だが、心の奥底では同一だと認識しており、別れは自己の分割だとさえ言える。そういった喪失感を、師匠と呼ばれ続けた男アインスは感じ取っていたのだろう。つられてこちらも少しもの悲しさを感じた。


 だがここで歩みを止める程若造ではない。責任を果たすための力は充分付いたと言っていいだろう。見かけ上のステータスで言えばまだレベル17。一般的な成人男子を多少上回る程度ではあるが、そうでは無い部分での戦闘能力は徹底的に鍛えて貰っているのだ、この尊敬する偉大な師匠に。


「お土産は何がいいんだ師匠?なんならドラゴンの首でも持って来るか?」


 ハッ、抜かせ。と鼻で笑われる。そもそも旅の目的にドラゴン討伐は含まれていないし、オマケで狩れる様な弱い種族でもない。ドラゴン討伐とは国家事業レベルの難易度なのだ。


「じゃあな、夕飯までには帰って来るよ」


 当然そんな事はない。詰まらない冗談ではあるが、可能な限り湿っぽくならないように挨拶すると、シャルを伴ってミルタの街へと向かう事にした。


 シャルは随分大きくなった。グレイキャットという種族は、冬を2回越すことで立派な成体、つまり大人になるそうだ。以前森で見た彼女の母と比べればまだ小さいとは言えるが、それでも一般的なイエネコの2倍以上はあるだろうか、中型犬くらいのサイズにはなっている。


 今回は街に入るという事もあって、彼女には薄手の革ジャケットを着用して貰っている。駆除対象の魔獣が街に入るのだ、人に飼われているという目印が無ければ、最悪殺されてしまう事も考えられる。


 戦闘用の防具という事もあってかそこそこ武骨なデザインのそれは、女の子であるシャルには不似合いだ。正直可愛さの欠片もない。街へいったらなにかしらおめかし出来るものを買ってやろう、などと会話していると、あっという間に街が見えてきた。転生してから8か月目にして、ようやく街をこの目にすることとなった。


 ミルタの街は不思議な外観だった。川を挟んだ南半分が石で作られた城壁で、北半分が木製の壁、というより一般的には砦と言われるような簡素な丸太の柵だった。入領待ちの列に並んでいた時に暇つぶしとばかりに話しかけてきた商人に聞くと、なにやら拡張工事の最中らしい。


 南半分の城壁が出来上がった所で、予想よりも転入者が増えてしまったらしい。現在は計画の見直しもあって工事が難航、北門が封鎖されているため、全ての入領者は南門から訪れる必要があるのだと、商人は愚痴っていた。来るたびにぐるりと街の外を半周させられる為、面倒な事この上ない、と。


 それでもこの街を訪れるのは、前述の通り転入者が多い事と、工事によって需要が拡大しているのだろう。東側には海があり、西側には深い森がある。街のまわりには平原が広がっており、麦の栽培もされている。恵まれたこの土地では、売買が非常に活発なのだそうだ。


 そうして情報を収集していると、短くなってきた待機列の向こうから、聞きなれた声が聞こえて来る。


「おーい、オルト坊」


 フランクさんだ。冬明けに食料を小屋に届けに来たタイミングで知らせていた事もあるが、わざわざ迎えに来てくれていた様だ。ティナの姿がそこに無かったため、シャルはぬか喜びとばかりに表情を一喜一憂させていた。


 山小屋に来る時とは違って金属製の鎧を着こなしているフランクさんの姿はとても新鮮だ。危険が多い筈の森を歩く時は軽装だった事を考えると、師匠がしっかりと森の管理をしていたのだな、なんてしみじみ思う。


 ようやく列が無くなると、暇つぶしとは言え貴重な情報をくれた商人に軽く挨拶を済ませる。門衛にはどうやら事前に話がついていたようで、特に審査など無くそのまま街へと通される事となった。


「聞いてたとはいえ、やっぱり異世界感が薄いな⋯⋯安っぽいアミューズメント施設みたいだ」


 ぼそりと、街の感想が口からこぼれる。そりゃそうだ。西洋ファンタジー風の建物が並んだ町並みは散々TVで見たこともあってかそれほど目新しさは感じない上に、看板の表記がなのだ。


『異世界語なんて作るのが面倒な上に、どうせ翻訳スキルとかで表示毎変えられるなら、最初から日本語表記の方がコスパ良くない?』と、のたまっていたこの世界の創造主、東城麻弥子とうじょうまやこの言葉を思い出す。


 コスパって何だよと当時は不思議に思っていたが、彼女が創造主だと判明した今なら分かる。アイツ絶対面倒臭がったな、仕事が雑過ぎる。


 流石に魔法陣の表記なんかは日本語だとダサさ全開という事もあって英語表記が採用されている、なんて話を師匠もしていたが、現地の人間でもそんな風に感じているのだろうか?それとも最初に魔法陣を開発したのが英語のできる異世界転生者だったのだろうか?疑問は尽きないが、ともかくそこは英語で良かったな、と安堵したものだ。


 そしてオマケとばかりに異世界モノの定番、亜人が全く見えないのも大変喜ばしくない。隣には喋る猫が居るんだからそれで充分と言えなくも無いが、やっぱりネコミミとかもふもふ犬しっぽとかエルフとかエルフとかエロフ。そういう亜人カテゴリの人達と出会いたいよね。でも残念。お国柄と言えばいいか立地条件というか、ともかくこの国は亜人が少ないらしい。


 決して迫害されている訳ではないと言うが、南西と北西に位置する2つの隣国が、亜人を奴隷として徴用している為に亜人が寄り付かない環境が出来上がってしまっているらしい。辛い。この国は世知辛い。北に位置するモルヴォーイという国まで行けば、それなりに亜人を見る事も多くなるそうだが⋯⋯当分は亜人達と触れ合う状況は無さそうだ。


「オルト坊、まずはギルドに挨拶しにいくぜ、冒険者になるって話だったから住民登録はこの街って事で済ましてある。細かい事情も全部通ってるから、それほど手間はかからないさ」


 案内を申し出てくれたフランクさんが先導しながら話しかける。森で暮らしていた時と言い、何から何まで感謝しきれないくらいだ。


 でかでかとGuildギルドと書かれた看板のある建物は、城門からそれほど離れては居なかった。ていうか一直線だった。案内必要だったのかな?なんて思ったりしたが、フランクさんも同行するとの事だ。


 扉を開けるとそこは想像よりも少し広めで、内装もしっかりとしていて清潔に保たれているようだ。左手には受付と思われるカウンター、正面奥の壁には仕事内容を張り出した掲示板が設置されており、右手には冒険者や商人が利用する格安の食堂が併設されている。


 ギルド、とシンプルに表記されているこの建物は、商人ギルドと冒険者ギルドが合併後に建てられた物でどの街でも似通った構造をしている。元は別々に設立された組合ではあったが、商人と冒険者は切っても切り離せない密接な関係性が構築されていた為、合併に踏み切ったそうだ。


 街を渡り歩く行商人は、護衛の為に冒険者を雇う。冒険者も荷台に荷物を預けられる為、野営中の食事などに気を使う事が出来、ついでに路銀を稼ぐことも出来る。商人が扱う商品の中には貴重な魔獣の素材なども含まれており、冒険者に依頼をする事もある、等々。合併後には、何故今まで別々だったのだ?と不思議に思ったほどあらゆる部分で恩恵が重なり、今では商人の儲けの一部を利用して、冒険者の育成にも力を入れる仕組みが出来上がっているという。


 各国に広がるこのギルドという組織は、今では一大勢力の地位を築き、あろうことか戦争の抑止力にすら繋がっているという。神聖国アルムシアから広がったこの組織は、当初アルムシアの国力増強目的で設立された。魔族領に隣接するこの大国は、各地から冒険者という体で実力者を集める仕組みを作り上げたのだ。所が現実はそう上手くいかなかった。


 冒険者は根無し草、しかしいずれはどこかの国に根をおろす事となる。結果的に各国は観光や居住性に力を入れる事で冒険者を取り込み、軍事力の増強ばかりに力を入れていたアルムシアは、一歩出遅れる事となる。そして冒険者によって国力を増強した各国は、冒険者が流出する事を恐れておいそれと隣国に戦争を仕掛けることができなくなった、というのがこの世界の現状らしい。


 この世界の歴史において行われた戦争は、30年程前に起きた内乱が最後となっている。師匠も参加したらしいが、その事はあまり語りたがらない様子だったので深くは尋ねなかったが、戦争と名がついた出来事が凄惨な事件であるのは想像に難くない。


「こんにちはフランクさん、今日はどういったご用件です?」


 美人の受付嬢の所に挨拶に行くと、どうやら顔見知りらしく砕けた挨拶をされる。


「エマさんを呼んで貰えるか?アインスさんトコの坊主が来たって言えば分かる」


 ああ、と胸の前で掌に拳を当てる動作をすると、応接室の方に移動して下さいねと短く案内され、そのまま受付嬢は奥の部屋へと引っ込んで行ってしまった。


 館内ではシャルにちょっと奇異の目が向けられていたが、物珍しそうにキョロキョロするシャルの可愛さに癒されている空気の方が強いといった感じだ。そうだろう、うちの子は可愛いだろう。魔獣とかそういうのは二の次、可愛いは正義なんですよ。皆さん良く分かってらっしゃる。なんて思いながら、案内通りに応接室へ向かうフランクさんにならってその場を後にした。


 応接間に入ると、先ほどの受付嬢がお茶を用意している最中だった。カウンターに隣接している応接間は、受付の奥に繋がる部屋とも隣接しているらしい。


「済まないね」と声を掛けると早々にソファに腰かけ、お茶をすすりはじめるフランクさん。今仕事中じゃないの?なんて思ったが、ここは日本じゃない。この辺じゃこういうのが普通なんだろう。郷に入っては郷に従え、だ。背もたれの後ろ側に荷物を置くと、同じようにソファに座り、ほうと一息つく。


「猫ちゃんの分も、用意してありますよ~」


 なんて気の利く受付嬢、いや、受付のお姉様と呼ばせて貰おう。しっかりとミルクを入れたお皿まで用意してくれている。ソファの横にそのお皿を丁寧に置くと、シャルがそろりと近づき、スンスンと鼻を鳴らし僅かに警戒したあと、ぺろぺろと舌を使って飲み始める。その姿を堪能しているのか、受付のお姉様はとてもいい笑顔を浮かべていた。


 ちなみにその隣でソファに座っていた俺は、角度的に丁度お姉様の胸元が覗き込める位置になってしまった為、随分と目の保養になったのは内緒だ。シャル様のお陰で幸先の良いスタートを切れたと言って良いだろう、なんてな。


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