第16話

——カカンッ、カカ、キィン!


 森の中に剣戟けんげきが木霊する。訓練最後の総仕上げ、実戦形式での対戦だ。


 長い冬が明け、目標であった職業ジョブの取得にも成功した。その後は職業に合わせたスキルの会得を中心に実戦訓練へとシフトしていった。目的の職業さえ手に入れれば最早遠慮する必要は無い、とばかりに必要なスキルを次々と取得する日々はとても楽しいものがあった。リスト外スキルも学びはしたが、やはり大っぴらに普通のスキルを扱えるというのは、明確な強さが身に染みていくという達成感がある。


 今後の目標を師匠と話し合った結果、師匠は旅に同行せず、代わりにシャルを同行させるという事が決まった。理由は色々とあったが、特に師匠のレベル減少が大きかった。


 老化、言葉にすれば単純だが、今まで獲得した能力が日々低下していくという状況は、こちらから話題として振るのは躊躇ためらわれる内容だった。師匠の現在のレベルは53。たったの一冬でレベルが2も低下していたのだ。師匠の年齢はいつ老衰で召されてもおかしくないと言われる域に達していると伝えられた時は、歯痒はがゆさと悲しさでロクに顔も見れなくなってしまったものだ。


 代わりにシャルが同行することは、拾ったとき既に決定事項として考えていたらしい。今後の旅をサポートするため必要な戦闘能力を鍛え上げるとともに、ある試みも行われていた。


「オルト、ボクに任せて!⋯⋯サンドニードルッ!」


 知識の複写。師匠が持つこの世界の知識を、可能な限り彼女の魔石に刻み込んでいた。その結果、随分と思考回路もかたよってしまい、シャルは立派なボクっ娘へと成長していた。最初は複雑な気分だったが、これも悪くないと一度考えてしまったら、むしろアリですねコレと掌を返して愛でる事となった。


「ハァッ!」


 掛け声とともに地面を踏みつけた師匠の一撃は、地上から飛び出した土の針山をいとも簡単に粉砕してしまう。だがそれは囮、わざわざ詠唱をしたのは対策させる為だ。


 針山の粉砕と共に現れた土煙に紛れ、右手に構えたダガーで脇腹を突き刺す。


「もうちょっと捻ろうか?」


 完全に読まれていた。流石に積み上げた戦歴が違う。あっさりと策を見破られ、ダガーは狙い通り脇腹に届く事は無く、師匠の左手に吸い込まれていく。


 ザクリ、と掌をあえて貫通させ、そのままこちらの手を握りこむと思い切り振り回して地面へと叩きつける。だがこちらもそれくらいは想定済みだ。咄嗟に右腕を手刀で切り離し、衝撃を回避してその場を離脱する。


「⋯⋯思い切りがいいのは評価する。けど普段からそれ、使うなよ?」


 勿論分かっているさ、と返答しながら、生やした右腕の動きを確認する。師匠側に残された右腕は、綺麗に燃やし尽くされていた。ついでにダガーは後ろに投げ捨てられ、背後の木に深く突き刺さっていた。メイン武器を一つ失ってしまったのは少し痛い。だが、負けるわけにはいかないのだ。利用可能な手段があるなら全てを使うしかない——


『もしお前が一本取れたら、コイツを譲ってやるよ』


 戦闘を始める前に、師匠はそう言っていた。どう考えても勝てないだろと駄々をこねた俺に対して提示した報酬は、個人的に伝説の剣だとかそういったものより、遥かに価値のあるものだったのだ。


——ヴィン、ヴィン、ヴォン。


 師匠が今手にしているその剣は、あろうことか緑色に光り輝き、振るごとにとても素晴らしい音を奏でる。言っちゃなんだが、アレだ。非常にカッコイイのだ。


 戦闘訓練時に使っていた武器の刀身が突然消えたかと思うと、代わりにその光り輝く剣が現れたのだ。師匠はコイツをライトサーベルと微妙な名前で呼んでいた。柄の部分に収納魔法を仕込んだその特殊な装備は、合計で10本もの刀身を仕舞い込んでいるという中二心をくすぐる武器だったのだ。


 中身のうち5本は全く同じ性能の両手剣であり、長期の戦闘に耐えられるように策を考えた結果作り上げた逸品だそうだ。非常に面白い武器ではあるが、実用化や普及には届かなかったのだという。


 収納魔法を組み込んだ魔道具というのは、それ自体が壊れてしまった場合に中身を取り出すことが不可能となってしまう事が大きな要因となってしまったそうだ。その魔道具を作り上げた本人であれば、全てでは無いにしろ回収することも可能、だが他人が利用し中身が良く分からない魔道具ともなれば、まず回収は不可能。ただでさえ壊れる可能性が高い状況に晒される武器というカテゴリで、作れる人間にしか扱えないというなんとも汎用性のない魔道具になり下がってしまったという事だ。


 中身が消える可能性のある武器を持つより、腰など比較的安全な位置に装備した魔法の収納鞄マジッグバッグから取り出した方が安全確実。当たり前の結果を突きつけられれば、誰も量産しようなどと考えないのが妥当だ。


 だが、それを補って余りある魅力的な剣、それを目の前にして引きさがる理由があるだろうか、いや無い!師匠こだわりのその武器は、発光しながらゆっくりと伸びるように柄から出て来るのだ!ソレっぽい音を出すギミックまで態々わざわざ仕込んでいるのだ!カッコイイ!ズルイ!!


 実際に武器として扱うには微妙だと言っていた。なんでも、魔力を与えれば光る素材は色々とあるのだが、綺麗な緑色となると、とある樹木しか候補が無かったそうだ。


 つまりはただの木刀。正確に言うと発光したときの美しさしか考慮していない為、ただの円柱状の棒切れというのが正しい。剣先も綺麗に丸められているため、突きに関しても威力が期待出来ない。だが、魔力を帯びればそれなりの硬度は得られるため、こうして戦闘訓練に使用されている。


 正直、目の前で大層魅力的な装備を振り回されるのは少々キツい。集中力が低下してしまう。相対する師匠は、ようやく自慢できる相手が現れてウッキウキと言った所だ。実戦でこんな目立つ武器を使うわけには行かないし、コレの魅力が分かるのは異世界転生者だけなのだ。こちらの人間に自慢しようにもただの光る木の棒では、鼻で笑われるのが関の山だ。


——シャッ


 3本あるスローイングナイフのうち1本を投げる、狙いは弾かせる事だ。師匠の行動を制限した上で、こちらが次の行動に移るまでの僅かな時間を稼ぐ。布石の一手だ。この投擲とうてきは普段の訓練時にも使われる、いわば挨拶のようなものである。おはようと挨拶したらおはようと返すように、ナイフを投げられたら弾く。最近の訓練ではそれが当たり前の様に行われていた。


「セイッ——」


 スローイングナイフが予想通り弾かれる軌道に入るのを確認すると、続けて次の動作。ブーツガードに仕込まれた魔石の魔力を解放し、ナイフを追いかける様、一足飛びに師匠へと迫る。体格差、重量差のあるこちらの攻撃では、師匠の体勢を崩す事すら簡単ではない。全身のバネと勢いを使って大胆な攻撃を仕掛ける。横なぎに構えた大振りの一撃だ。


「破れかぶれかぁ?」


 かかった。こちらの狙いは防御態勢を取らせる事。ブーツガードの魔力を全て消費しきってまでのブラフである。両手を使って大振りの攻撃を仕掛けると見せ、実際には肩の力を抜いて次の行動に備えている。


「ココっ!」


 直前で構えていたククリナイフを手放す。二つ目の近接武器すら投げ捨てるという行動に、流石の師匠も一瞬判断を鈍らせる。


——メキメキィ、バキッ!


 狙いは武器を持つ手、そのもの。そのまま切りかかられれば死ぬ可能性すらある状況での大胆な行動。だが、師匠はこちらの全力の攻撃を防ぐ判断をした。縦に構えられた剣は動かない。左手に装備した金属製の籠手ガントレットを利用し、こちらに仕込まれた魔力も全て動員して殴り付ける。


 師匠の手指の骨が砕ける小気味良い音が聞こえると、ライトサーベルから手が離れるのを確認した。お互いに無手となり、手を砕いたこちら側が若干の有利——


「フンッ」


 たとえ手を潰されてもタダではやられない。当然だ。まだ空中に居るこちらに向けて、左足でのハイキックが振舞われる。だが——


「ダメだよー!」


 ここでシャルのナイスフォロー。残った右足へ膝カックン攻撃だ。踏ん張りを効かせていた右足は、いとも簡単に力を失ってしまい、その結果こちらへのキックの威力も大きく減衰する。


——決まった。大きく威力を落とした蹴りではこちらを吹き飛ばすに至らず、お互いにもつれる形で倒れこむ。そのまま師匠にまたがる形で優位な状況を作り出した直後に、手元のスローイングナイフを喉元に突きつける事に成功した。


「ナイスマウント、よくやったオルト」


 それにシャルも見事だったと付け加えると、師匠は満足そうに笑った。こちらは弓を除くフル装備かつシャルとのコンビを組み、対する師匠は木の棒一本での戦闘でようやく勝利をもぎ取った。手放しで喜べる訳ではないが、それでも素直に喜べる、いい戦闘だった。


「取られちまったかー。あークソ。こういうモノが掛かるとホント無駄に能力を発揮するよなぁ」


 分かってて仕向けた癖に、と答えるとそのまま転がってお互いに笑った。これにて全ての訓練が終了し、過酷な運命へと向けた旅路が始まる。

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