第15話

「——さて、今日はようやくスキルってもんを覚えてもらうぞ」


 雪が止んだのはあれから1週間程過ぎてからだった。座学の内容も尽き始め、今の段階では教える意味が無いモノばかりになるからさて困った。と師匠が頭を抱えた翌日の事であった。グッジョブ創造主、天候操れるのかしらんけど。


 雪が止んだと見るや、小屋前のスペースの雪を事も無げに溶かしていく師匠。相変わらず詠唱を行わずに手を掲げるだけでそんなことをやってのけるものだから、今使っているのが魔法なのかスキルなのか全く判別出来ないのが怖い。


「まず、スキルとは一体なんなのか、この授業だ。座学でやっても良かったなコレ」


 そう言いながら腰を落とし、目の前に拳を突き出す師匠。


「これは何だ?スキルか?」


 違う、と答える。師匠が行っていた動作はただのパンチ、より詳細に答えるなら正拳突きと呼ばれるものだが、あらかじめ表示してあった師匠のスキルリストには存在しないし、当然魔力も消費していない。


「正解だ。だが動作は非常に複雑だし、使用者の能力によって威力が増減する。この動作がうまい人間ほど格が高いというシステムが地球にはあったよな?そう考えるとスキルと呼ばれてもいい筈だが、何故そうなっていないのかは分かるか?」


 少し考えて見るか、と思ったが師匠はあっけなく答えを口にする。答えはスキルリストに表示されていないからだと、なんとも簡単な答えであった。


「ではこういった技術がスキルリストに表示されるかどうかの違いは何だと思うかね?


 わざわざ強調して呼びかけるものだから、直ぐに思い至った。自分が転生したての頃にステータスウィンドウに表示されていた本名である。今はもうその表示は無くなり、ただ単にオルトと表示されている理由と一緒なのではないか、と。つまり——


「認知度?そんな雑な話なのか?」


 正解、と続けて説明を始める。魔力は情報記憶媒体である、という話がここにも繋がる。いってみれば大規模ネットワークのようなものがごく自然にこの世界には構築されている。集合的無意識とも表現されるソレは、人類の英知が集約された存在であるらしい。もっとも、サーバーの様に一か所に纏められている物質であるかは分からず、その存在が明確に何処に存在しているかは研究中らしい。


「新しいスキルが開発されると、聖都や魔術国でのお披露目会がある。そういう場所を設けて多数の人間に広めることで、新たなスキルがリストに表示されるようになる。そういう仕組みだ」


 つまり今まで師匠が行っていたリスト外スキルは、そもそも誰にも知られず、誰にも理解されていない技術を利用しているらしい。ステータスとして表示するための作法にのっとった技術では無いという事で、数人程度で扱う程度なら表示される事も無いだろうとの事だ。


 現行の技術体系とは全く異なる魔力の扱い方、そりゃ教科書に載らないのは当然だ。同人誌が公式になる事はない、なんて例えられたら苦笑いするしかなかった。分かりやすい例えなのは確かだが、それと同時に逆輸入される可能性も存在しているという事だろう。


「では早速スキルを一つ。もっとも基本的なスキルで魔法職ですら覚えていても普通になった初級スキルを覚えてもらう」


 そういうと薪割りに使っていた切株の台上に薪を置き、少し離れた所で師匠が構える。右手にはククリナイフを握っている辺り、斬撃系のスキルだろう。


「スラッシュ」


 転生してから既に3か月。初めて見る正式なスキルがコレだ。腰を落として低い態勢をとった師匠は、駆け抜けるように薪へと向かい、そして横なぎに切り払う。二つになった薪を脇に寄せ、新しい薪をセットすると、今度はこちらにククリナイフを渡す。


「今のをお前もやってみろ、見よう見まねで構わん」


 今の動作の模倣もほう、それなら自分にも出来るだろう。正直ワクワクしているので、サクっと受け取り同じように構える。


「——スラッシュ!」


 同じように掛け声を掛けて薪に切りかかる。完全にごっこ遊びの様相だが、恥など感じている場合ではない。真面目に行う。


 薪は綺麗に切断しきれなかったが、動作はまぁまぁといった所だろう。師匠と同じように薪を配置し直し、元の場所へと戻る。


「これでお前もスキルを会得出来た筈だ。スキルリストを確認してみろ」


 と言われて確認する。先ほど脳内で効果音とメッセージが流れるという体験をしたので確認するまでもないのだが、表示されているという事実は大事だ。


「スキルの会得に必要なのは理解と模倣。発動に必要なのは知識の構築と発動する意思、そしてトリガーとなる詠唱だ。実は魔法とスキルってのは根っこが一緒で、分類として表現を使い分けているだけだ」


 さて今度はスキルを使って薪を割れ、と言われたので先ほどと同じく構える。そこでふと先ほどと違う事に気付く。発動しようと構えて念じた瞬間、発動に必要な体裁たいさばきや発動した結果等が頭の中に流れ込んでくる。ごっこ遊びでは無い本物のスキルが発動出来る。そう思うと発動せざるを得なかった。


「スラッシュ!」


 体が自然に動き、予想した結果通りの位置に到達。薪も想像通りに真っ二つとなっていた。


「これ、面白いな。身体が勝手に動くっていう表現が正しいのかな?不思議すぎて胸が高鳴るわ」


 もう一度ステータスの確認を。そう言われて確認すると、先ほどとは違いMPが消費されていた。スラッシュに必要なMPは5であるらしい。


「これがスキルシステムだ。習得済みのスキルを発動した場合、MPが身体を動かし、その力を発揮する。あらゆる達人が行った最適な動作が、魔力を通じて発動者にインストールされ、実行される」


 自動で行うという事は、当然ながら欠点もある。見切られ易いのだ。スラッシュと呼ばれるスキルは実際には縦切り等複数の剣筋が存在しているが、当たり前の様に普及しているので対応が簡単という事だ。


 そこで生まれたのが無詠唱。トリガーとなる詠唱部分を意志の力だけで技術である。単純に発動タイミングが分からなくなるだけでも対応が難しくなると言うのは想像に難くない。


「ここまでは基本中の基本。スキルが欲しけりゃ学べって話なのは良く分かったろ?」


 本題であるリスト外スキル。これからの旅に最も必要になるであろう技術を扱う術は、概ね理解出来ていた。


 スキルを発動する条件を無視して結果だけを再現すればいいのだ。身体を動かすMPを大気中の魔力で外側から動かす様に切り替え、必要な詠唱も省いて全て自分の意思と想像力だけで結果を出す。スキルに必要な条件を大きく変更して発動する事で、今発動したのは正式なスキルでは無いですよとシステムを欺くのだ。


「中二病が治ってなくて良かったろ?想像力だけは圧倒的だし、トリガーの詠唱なんてのは自分で勝手に構築して脳内で済ませてしまえばいい。実際には魔力を練り指向性を与える工程を、詠唱や魔法陣というプログラムで手助けしているだけだから、それすら妄想の範疇で収められるなら、どんな魔法ですら簡単に発動出来る」


 言うは安し、ではあるが。少なくともこの世界を構築し、不本意ながらも結果を出したという実績がある以上、それを体現するのは不可能ではない。事実、目の前にそれを可能にした人間が存在しているのだから。


 という事で早速追加の授業。今度は魔法に関するモノだ。うっかりリストに載せてはいけない為、通常の覚え方とは異なる方法で学ばなくてはならないとの事だった。それを正しく理解するだけの基盤は、先ほどの授業でもう整っている。


「ファイアボール、それが次に学ぶ初級魔法だ。ファイアと呼ばれる火を出すだけの魔法もあるが、どっちかというと生活魔法の分類に入ってしまっている。」


 そういうと師匠は自分の胸元辺りで掌を上に向け、火の玉を出現させた。


「よく火魔法と言われている単一属性の魔法だが、実際には複合魔法だ。さてその理由は何でしょうオルト君」


 唐突に問題を出す師匠先生。眼鏡をクイッと上げる動作をしているが、当然そんなものは掛けていない。


 これが複合だと言われると何故だとなりそうな物だが、答えは既に自分の中にあった。なんせそういう妄想はずっとしていたからな。


「宙に浮かすための魔力、自身が火傷しない為の魔力、あとは敵に飛ばす為の魔力制御が必要だからだろ?」


 そういえばそんなことを考えたことがあったな、と師匠も思い出したらしい。無駄な問題を出した、と少ししょんぼりしながら補足していく。確実に敵に当てたいとなれば、まず少な目の魔力で道を作り、そこに本命の魔法を流すという工程が存在するのだ。不可視の糸の様ではあるが、そういったものを検知する技術を磨いている者も多いという。俗にいう第六感とか魔力感知というスキルである。


「そういった糸を使わない場合は、単純に推進力というものだけがくっついてる訳だ。そういうのに有効なのが俺オリジナルスキル、魔力吸収マジックアブソーブだ」


 ニヤリと笑いながらドヤ顔で説明する師匠。久しぶりに見る子供みたいな笑顔だ。そのスキルの原理は非常に単純で、見えない糸やら推進力だけを、根こそぎらしい。一度相手から離れた魔力なら、こちらで吸収することはそれほど難しくない。ただし属性魔法をそのまま吸収するとなるとタイムラグが発生する為、どの魔法であっても変わらず付随する誘導力や推進力のみを吸収するのがポイントらしい。


「実際に魔獣相手に何度か試した事があるんだが、コイツは破格だぜ。向こうが出した魔法が、目の前でぽとりと落ちるんだ。相手が現状を把握する暇なんてない。そのままザクっと処理して終了って訳よ」


 恐らくは人間相手でも可能だろう、と付け加えられた。むしろ考える頭がある人間の方が効果が高いかもしれない。動揺したスキに仕留められなかったとしても、その後の展開は確実に有利に進められるはずだ。問題は、味方のも吸ってしまう可能性がある、という事だけだろう。もしパーティを組むことがあれば、奥の手1つが無駄になってしまうという事だ。それに見合ったメンバーで無ければ、共に行動する意味が無い。


「異世界に来たらパーティメンバーでハーレムを作るというロマンは叶えられそうにないな⋯⋯」


 肩を落としながらも訓練を続ける。ハーレムだとかそんな事してる余裕は当然無いのだけれども、それでも少しくらいは夢見たっていいじゃないか。いやそんな甲斐性あったら地球でももうちょっとうまく行ってたか。


 久しぶりの屋外訓練ではあったものの、気分的には散々な結果となってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る