第14話

 本格的に冬が訪れると、普段の生活も大きく様変わりした。森への見回りの回数が減り、室内での座学が中心となる。想像よりも厳しい寒さに見舞われたが、今年は魔石を無尽蔵に生成できるという事で、床暖房をふんだんに利用出来たのは有難かったそうな。


 薪を作る作業は結構な重労働であり、薪を乾燥させる工程を考えると、1年2年先を考えて作らなければならない。それに割く時間が非常に少なくなった事で、より訓練に集中できると師匠は喜んでいた。実際の恩恵は来年からと言った所だが、暖炉を稼働させる必要が殆ど無くなっただけでも大幅に手間が省けるらしい。


「武器や防具の手入れってのは怠ると死に繋がるからな。特にお前の場合、成長期ってのもあるから念入りに手入れしろよ」


 冬前にフランクさんが持ってきてくれた武器や防具を着用しながら講義を聞く。こうして装備品という物を身に纏うと、いかにも冒険者という感じがしてきてとてもワクワクする。特に自分は形から入るタイプだし、なんてったって男の子だもんな、仕方ないさ。


 装備は一般的に革鎧と呼ばれるものだ。アーチェリーで見かける様な左胸だけを覆うデザインは、防御用とは言い難い。どちらかというとバッグやナイフを括りつける場所を確保する為の部品といった感じが強い。


「地獄の一週間特訓のお陰で、プレートアーマーなんかよりお前の身体の方が頑丈になってるからな。むしろそんなん付けてたら動きにくいし速度も落ちる。折角の体術も無駄になりやすい」


 金属より頑丈ってヤバない?なんて思ったが、中堅以降の冒険者ともなると素材そのものの質より魔力の帯びやすさや特性等を重視するらしい。複合素材や特殊な合金等を使わなければ、高度な戦闘に耐えられる性能は発揮できないのだそうだ。


 そして、師匠から学んだ周囲の魔力を扱う技術。これを円滑に行使する為にも、極力装備品は少ない方がいいらしい。


「理想はビキニアーマーなんだけどな。男のお前が装備するとなるとちょっと気持ち悪い」


 そういうのもあるのか?と尋ねると、女性の場合は特に魔力の扱いに長けており、皮膚呼吸の様に魔力を吸収したり、肌から直接魔法の行使をする事もあるため、装備面積が減る傾向にあるそうだ。なんてご都合主義な世界なんだ。最高だぜ異世界!


「少し前に筋力と強さがイコールにならないと言ったのがここにある。女性も強ぇえぞこの世界は」


 流石に真っ裸の状態が最強という事は無いらしく、防御系魔法の安定化や持続性を高めるために高価な素材を一部に装備するのが主流となっているそうだ。とはいえそれなりの戦力は保有しているから、ひん剥けばただの小娘なんて事もなく、みたいな展開はそうそう無いらしい。単純な丸裸対決では、男女の戦力差はほぼ無いと考えるのが一般的だそうだ。


「そういうことならなんで師匠は筋肉付けてたんだ?見た目が強さを表す指標とは限らないなら、特にメリット無いんじゃないか?」


 カッコイイから、なんて言われたらつい頷いてしまいそうになるが、そういう尺度はあくまで元の世界、地球の基準だろう。少なくともこの世界において強さはステータスウィンドウに表示される数値であり、見た目よりもそちらの方が重視されている筈だ。


「よく、体内魔力イコールMPと表現される事があるんだが、正確では無い。ステータスに表示されているMPは魔法やスキルを使うための魔力で、筋肉を動かしたり、生命活動に必要な魔力は別に存在する」


 魔力という物は、この世界の生物にとっての必須エネルギーとなっているそうだ。細胞ひとつひとつに染み込んだ魔力という存在を、あろうことか空になるまで使い切るだなんて、そんな事はまず不可能である。あくまでMPは生命活動に必要な分を除いた余剰魔力であり、必須魔力と呼べるものを溜め込むには、筋肉を肥大化させるのがもっとも適切らしい。


 MPの少ない戦士系職業が成立するのも、こういった部分から来ているそうだ。そしてそういった事情もあるためか、戦士系のスキルはMP消費量が少ないらしい。殆どの動作を鍛え抜かれた身体で行うと考えると、火や雷なんかを扱う魔法使いウィザード系の職業より魔力消費が少ないというのは納得させられる内容だった。


「ステータスとして分かりやすい余剰魔力MPを蓄える事に腐心する者は多いが、必須魔力さえあれば戦いの幅は相当広がるからな。ステータスなんて看破されたらすぐ対抗策練られちまうし、対人戦、近接戦じゃモノを言うのは筋肉よ」


 うーん、言いたいことは分かるが脳筋のうきんだな。しかし対人戦か、それなら俺も筋肉を付けるべきなのだろうか。とはいえ迂闊に筋肉つけ過ぎて身長伸びなくなったら困るしなぁ。


「——さて、ここまで真面目にやってきたオルト君に、師匠からの特別なプレゼントだ。中二病垂涎すいぜんのステキ装備、金属製の籠手ガントレットだ。しかも左手だけだぞ!」


 突然ニコニコし出した師匠が背後から包みを取り出した。ご丁寧にリボンまで括りつけてある。季節的にクリスマスプレゼントとでも言いたい所なのだろうが、当然この世界にはそういった文化など存在していないだろう。


「お前俺を何だと思ってるんだ。⋯⋯大好物だわそういうの!ヒャッホイ!」


 既に中身について説明されている為、包みを開けるワクワク感は薄い。それでも急ぐように包みを開けてしまうのは、以前の自分からは考えられない行動だ。身体が若返った事によって精神年齢も引きずられているのだろうか?


 包みから出てきた金属製の籠手とやらは、てっきりお飾り装備かと思っていた。しかし、意外にも性能を重視しているらしい。体術を基本とした戦闘を行う場合、相手の装備に直接触れるよりはこういった装備越しが良いとの判断だそうだ。掌側も金属板で覆っている為、攻撃を受けたり刀身を掴む等、簡易的な盾としても機能させる事が出来ると言う。


「ぱっと見安い金属製に見えるように細工してあるが、薄く生成した魔石をサンドイッチした複合装甲になってるぞ。ここに普段から魔力を補充しておけば、予備魔力として行使出来る上に防御力もクソたけぇっていう師匠自慢の一品だ。少し大きめに作って内側の革を厚めにしているから暫くは大丈夫だが、窮屈になったらサイズ調整はお前が頑張れよ。無属性魔石装甲だなんて他人には見せられないからな」


 見事だ師匠。流石は『魔道具生成』持ち。あと中二病をくすぐる設定も素晴らしい。両手に装備しても良いんじゃないかと思ったが、斥候スカウトとして活動する場合は弓も扱う事になるとの事で、矢をつがえる動作に支障が出ないように片手だけにした方がいいと結論付けたそうだ。


 整備に関してチートスキルを所持していない俺が出来るのかと問うと、実は師匠のスキルは既存の生産系スキルで再現可能らしい。生産職最高峰のスキルを最初から所持していた程度のチートで、それなりに重宝はしたそうだが強スキルと言うわけでも無かったそうだ。


 ちなみにブーツガードとして似たような構造の金属板も用意しておいたと言われた時には、テンションが上がり過ぎて謎の踊りを踊ってしまった。シャルに白い目で見られたので今後は二度とやらないと誓おう。


「天気が良くなったらその装備を使った訓練も行うぞ。魔石から魔力を取り出すのも一瞬で行える様にならんと意味が無いからな」


 ここ数日は大雪に見舞われ、殆ど小屋の中で暮らしていた。その為若干気が滅入っていたのだが、こういうモノで釣られるとそんな気分も一瞬で吹き飛んでしまった。完全にオモチャを貰った子供の様相を呈してはいたが、もうそれでいいやと開き直る。早く雪が止まないかな?とワクワクする日々を過ごす事となった。

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