第13話

「そういえばアインス」


 往復してきたフランクさんを見届けると、疑問をぶつける。


「俺って見た目と年齢が噛み合ってないのか?」


 少なくとも中学1年生くらいと言えば、このくらいが平均じゃないかと考えていた。が、フランクさんやマルティナの反応を見る限り、どうやらその常識は間違えている様に思えた。


「この世界の住人は二次性徴にじせいちょうが早いからな。大体7、8歳から始まるから、今のお前もそれぐらいの年齢に見られてもおかしくないって所だ。ちなみに孫娘のマルティナは11歳だ」


 なるほどな、ていうか創造主はなんでわざわざ地球基準の年齢で身体作ったんだ?ここまでの状況を見越してたなんて事は流石に無いだろうし、単なる凡ミスかもしれんな、結構抜けてたし。


「どうしても育ち盛りの時分に栄養を取っていないと大きくなれんからな、お前のその姿に同情するような奴は少なからずいる。フランクみたいなお人よしだと特にだ」


 そのお人よしに付け込んで色々と詐欺まがいの行為をした男は極悪人だな、と思いつつも、改めてアインスに感謝を述べる。


「アインスのお陰で一般人としての社会的地位も難なく得ることが出来た。これまでの色々も含めて、ありがとう。お前が居なかったら色々詰んでた」


 よせやいと照れながら笑うアインス。感謝するのもされるのも慣れてないからこそ、今ここでキチンと言えるようになろうと、そう思った。ここに来たフランクさんも、アインス自身が築いた交友関係なのだ。きっとアインスも、ここまで至るのに様々な苦難と、そして感謝を続けてきたに違いない。だからこそ彼の周辺はこうも温かいのだ。


 正直照れる。だが慣れなくてはいけない。自分自身とはいえ、今では彼の事を尊敬に値する人間だと、正確に理解している。彼は俺自身だから将来的にはこうなるのが必然だ。ではなく、こうなりたい。と心の底から願い、そしてそうなろうと誓った。


 ちょっと引き際が分からなくなり、下げた頭をいつ上げようかと思案していると、カリカリと寝室から音が聞こえる。お昼寝中だったシャルが目を覚ましたようだ。閉じ込めてしまって済まなかったと、扉を開けに行く。


「おーと、ちがうニオイする。むむ」


 こちらの姿を確認すると、シャルがそう呟く。多分マルティナに抱きつかれたせいだろう。同じくアインスの所に近寄ると、同じように匂いをかいでは不満そうな声を上げていた。僅かな時間で随分流暢りゅうちょうに話すようになったもんだ。この分ではこちらが言い負かされる日も近いのでは無かろうか。


——それからの時間の流れは、あっという間だった。

 早朝訓練は近接格闘術を基本として体裁きを覚え、午後からは乳離れしたシャルも引き連れて森の探索と、忙しい毎日だった。拳闘士インファイターになる理由を尋ねると、アインスは経験から導き出される合理的な答えを返してきた。


「使える武器が常に手の届く範囲にあるとは限らない。それが俺の40年で得た答えだ。武器の扱いに長ければその戦力は何倍にも引き上げられる。それと同時にその武器を失った場合は、大きく戦力が低下する。刀は武士の魂とは良く言ったもんだ。武器が無ければ死ぬしかないのが戦場のつねなんだよ」


 もちろん将来的には武器の扱いも教えるし、職業外スキルを学ぶ事も可能だから、今はとにかくステータスに表示する職業について集中的に学んで欲しいとの事だった。スキルそのものの習得はまだしばらく先、という事で、俺のステータス欄には毒、麻痺、恐怖、痛痒つうよう等の耐性スキルばかりが並んでいた。


 とにかく死ににくい身体を作り上げる、それが一番重要だとアインスは語り、俺もその言葉に従った。この頃からアインスの事は名前ではなく、師匠と改めて呼ぶことにした。最初はムズがゆがっていたアインスも、対外的に見ればその方がいいだろうと受け入れた。


 気配感知や気配遮断など、斥候スカウトに必要なスキルも会得出来た所から、斥候が職業欄に並ぶのはほぼ間違いないだろうと、師匠は少し安心したようだ。勿論油断はならないから、続けて研鑽けんさんする必要があるのは間違いない。


 そうやって訓練を続けるうち、再びフランクさんが訪れる日が来た。早いもので以前来た時から1か月も経つ。今回は冬直前という事もあって、多めの荷物を持って来るらしい。冬の間は山小屋まで荷物を届けるのが難しくなるため、かなり多めに見積もって届けてくれるそうだ。


 雪が止めばそのタイミングで追加を持って来る事もあるそうだが、最悪雪が止まなくても春まで耐えられるだけの食料は確保しているらしい。肉を好んで食べるようになったシャルも、自分の食料は自分で狩ってこれる様になるまで成長していた。既に一般的なイエネコのサイズをやや上回るという圧倒的な成長ぶりだ。


「おると、だれか来たヨ」


 会話もそれなりになってきたシャルが告げる。勿論相手はフランクさんだろう。シャルには決して喋ってはいけないと強く念を押し、彼らにもシャルをお披露目する事になっていた。


「やっほーオルト君!遊びに来たよー!!」


 元気な声が聞こえる。この声はマルティナだ。じぃじではなくオルト君と声を掛けたせいで、隣の師匠がちょっと嫌な顔をしているのが不安だ。今日はフランクさんを置いてきぼりにせず、荷車の後ろを押しながらついてきたようだ。額に汗が浮かんでいるのが見える。


 前回から比べたら相当な量の荷物が積まれている。荷車のサイズもワンランクアップしたらしく、結構な重労働だったようだ。慌ててタオルと飲み物を準備すると、椅子の増えたテーブルへと案内した。


 彼らが汗を拭ったタオルを受け取ると、マルティナが驚いたような顔でこちらを見つめていた。


「オルト君すっごく大きくなったね!もうティナとおんなじ位の高さだよ!!」


 相変わらず距離感がバグっている彼女は、俺のほっぺたを両手で挟むと、まじまじと見つめている。だからそういうのマズいってば。師匠に殺されちゃうから、ね。と思いながらも、こちらも目線の高さに驚く。


 前回彼女と出会ったときは彼女の身長を高いと感じていた筈だ。だが今、彼女の瞳は俺と殆ど同じ位置に存在している。


「うわ本当だ。マルティナと同じくらいになってる」


 うっかり呼び捨ててしまうが、彼女は気にしていない様だった。再び前回と同じようにぎゅっと抱きつくと、後ろ髪をさわさわと撫で始めた。だからそういうのは正直勘弁して頂きたい。これでも成人前の健全な男子なんですよ?


「髪の毛もいっぱい伸びたね、切るのは勿体ないからティナの髪どめをさしあげましょう!」


 そういうと彼女は自分の髪留めに使っていた紐をするするとほどき、俺の後ろにまわると器用に髪をいじり始めた。


「んー、ギリギリだね。ちょっと動いたらほどけちゃいそう。春にはちゃんと結べるくらい伸びてるかなー?」


 そう言いながら俺のまわりをクルクルと回り、髪型を吟味している様だった。あの、お宅のお爺さん、今血の涙流してますよ?お願いですから手加減して下さいね。


 彼女の解けた長い髪が、右へ左へと揺れるたびに光を反射してキラキラと光る。本当に綺麗な髪だな、と思わず見惚みとれてしまうが、そういう感情はダメ、絶対ときつく己を律する。


「春ですなぁ、アインスさん」


 椅子に座り、こちらの様子を眺めながら飲み物をすすっていたフランクさんが感想を述べる。それ死亡フラグじゃない?大丈夫?と思っていたが、意外にも師匠は耐えている様だ。耐えて⋯⋯いや、あれ気ィ失ってるわ。


「そうそうオルト君、ティナの事はティナでいいよ!みんなそう呼んでるもん」


 わかったよティナ、とそう答える。師匠が気絶してる今なら多分大丈夫だろ。もはや観念して彼女のペースに合わせる。すると満足したようにニコリと彼女が微笑む。やっぱずるいわこの天使。


 おや、と何かに気付いたかのようにティナが俺の足元を見つめる。もう一匹の天使、シャルがそこにいた。


「にー」


 不器用な鳴き声を上げるシャル。普段から普通に会話しているせいか、猫の鳴き声が良く分からないらしい。そんなシャルも可愛い。


「おー!猫さんだ。こんにちは、猫さん。アナタはどちらの子ですか?」


 天使と天使の邂逅かいこう。破壊力は掛け算を超えてもはや限界を突破している。


「こんにちはティナ。わたしの名前はシャルだよ。最近拾われたんだ」


 シャルの後ろにしゃがみ込み、腹話術の様にシャルを紹介する。出来ればシャルと直接話して貰いたい気持ちはあるが、変な疑いを掛けられても困る。ここはお互いの為に我慢の時だ。


「ほう、ソイツはグレイキャットじゃないか、よく懐いているな」


 シャルを拾った経緯をフランクさんに説明する。師匠が使い物にならなくなっているので少し手こずったが、伝えてはマズい部分はしっかり端折はしょって説明出来ただろう。フランクさんはうんうんと頷いていた。


「オルト坊はもしかしたら従魔士テイマーの才能があるのかもなぁ、いくら赤ん坊の時に拾ったからって、そんなに懐いているとは驚きだ」


 腕を組みながら大きく縦に首を振り、感心感心といったていのジェスチャーをするフランクさん。この人も割とオーバーな動きが好きらしい。ボディランゲージとも言うんだっけかこういうの。会話の一部として身振り手振りを交える文化が定着しているのかもしれない。


「実際には従魔契約を行える様なスキルは覚えていませんし、あくまで一緒にいるだけですけどね。それに、春まではどんな職業を授かるのか分かりませんので」


 そういうとフランクさんは済まなかったなと謝るポーズ。変に期待させて職業を授からなかったら落胆しちまうよな、迂闊うかつだった。と謝ってくる。


「いえいえ問題ないですよ。仮に職業として得られなくても街では従魔契約が出来るんですよね。その時はフランクさんに預けたお金で契約して貰うので」


 と、ニッコリ笑って返す。この辺の会話もだいぶ上手くなってきたんじゃないかなと自画自賛。フランクさんもこりゃ参ったと頭を掻いている。


 さて、この後はどうしたものかと他の二人を確認する。ティナとシャルは意気投合したのか遊び始めているし、師匠はいまだにくたばったままだ。フランクさんと二人でやれやれ、と同じように肩をすくめるジェスチャーをすると、取りあえず荷物を片づけましょうという事になり、その作業を始める。


 荷物の搬入は思ったよりも時間がかかった。何せ2人分の食料を4か月分、その他にも俺用の服や生活必需品等も含まれていたからだ。古い食料を前に出し、新しいものを奥にしまい込む、そういった作業だけでも前回より数倍の時間がかかった。


 訓練に使う武器の類なんかも既に仕入れて持ってきてくれたらしいが、こちらは師匠による手入れや調整が必要との事で、箱に入れたままリビングに置かれている。中身がどんなものか好奇心が湧いたが、素人が触るのは危険だとフランクさんに注意されてしまった。


 全ての荷物の搬入が終わるまで、結局師匠が手伝うことは無かった。途中で搬入場所について聞きにいった折に、遊び疲れたのか師匠の胸の中でティナとシャルが寝息を立てていた為だ。大の男3人が雁首揃えて(絶対起こすなよ⋯⋯)と小声で意気投合したときは思わず吹き出しそうになった。


「おはよー」と、目を覚ましたシャルがうっかり喋ってしまったときはさしもの師匠も慌てていた。幸いフランクさんには聞かれていなかったため、誤魔化す相手が寝ぼけたティナだけだったのは助かった。今後もこういうことが起きる可能性もあると考えると、成人したら早めに従魔契約を結ばなければな、と改めて思うのだった。


 これで冬支度が整った。周辺で狩った獲物は、俺の食べる分もあるからとフランクさんに引き渡さず、全て保存に回した事もあって食料の備蓄は充分と考えて良い。なんなら少し多い位で処分しきれるか不安な量だとの事で、フランクさんには春まで来なくても大丈夫だと伝えた。


 次に2人と会うのは春、新年を迎えてからだ。ティナが少し不満そうにしていたが、元々冬の間は手伝いで来ることが無かっただろと説得されると、しぶしぶ従った様子だった。勿論、不満なのは師匠や俺に会えないからではなく、シャルという遊び相手に会えないからだ。連れて帰っていい?というティナの懇願に、師匠が二つ返事でいいぞと答えそうになった際には渾身のすね蹴りで抵抗した。

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