第12話

 日本に居た頃も殆ど女子との交流が無かった俺には正直眩しすぎる。白に近い金髪、プラチナブロンドという奴だろうか、首のあたりでゆったりと束ねられたストレートの髪は、アインスが言う通り天使を思わせる美しさだ。瞳は黒に近い茶色で大人びた印象に見えるが、コロコロ変わる表情と相まってか活発さと幼さを感じさせている。


 目の前の少女、マルティナはスンスンと鼻を鳴らすと、じぃじとおんなじ匂いがするー。といって気軽に抱きついてくる。おいちょっとまて初対面の人間にそれはマズい勘違いされるぞどういう教育してるんだじぃじ!


 慌ててヘルプを頼むとばかりにアインスを見ると、殺気を放っていた。あ、まずい不可抗力で死ぬ。というかこういうイベントって起こりにくい人間じゃ無かったの俺?創造主仕事して??フラグを立たせるわけにはいかないラッキースケベイベントで世界の滅びが止められなくなる可能性あるよ?


 こちらが困っているのを察したのか、はたまた満足したのかは分からないが、少女は離れて再びこちらの顔を覗き込んでいる。


「ダークブロンドの髪、羨ましいなぁ。そのウェーブも素敵。なんかとってもおしゃれさんだね!」


 あ、この髪ダークブロンドって言うのか、良くは分からんがお嬢さんの髪の方が絶対素敵だと思いますハイ。


「ティナ、じぃじの孫なのに黒くないのちょっと悲しい。オルト君はじぃじに似てるし匂いも一緒だから、じぃじの孫みたいだね!ティナのお兄ちゃんだ!」


 おっと無邪気にやべぇ所ついてくる。子供のカンってやばいな。と思っていたらアインスがすかさずフォローを入れる。


「オルトは今一緒に住んでるからな、服も俺のを繕って仕立ててるから、匂いが同じなのは仕方ない」


 慌てず騒がず大人の対応。すげぇなアインス。


「それでアインスさん、このオルト君はどういった事情でこちらに?」


 立ち直ったと見えるフランクさんが質問を投げかける。先ほどまでの同情モードとは違い、仕事モードって感じだ。あれ、俺の立場結構ヤバいのかな?衛兵の彼が仕事モードって事は、それなりに何かあるって事だよね?


 アインスも切り替えるように説明を始める。俺はどうやら見たこともない架空の父と共に西の国境である深い山々を越え、魔獣に襲われながら命からがら逃げ伸びたという事になっているらしい。その際、負傷した父親はこの小屋につく前に息を引き取り、俺だけがこの小屋に辿り着いたのを介抱して今に至る、とスラスラと語る。


「父親の方は森のけものに殆ど喰われちまっててな、遺品と身体の一部だけはこっちで勝手に埋葬させて貰った」


 そういって森の方を指さす。もしかしたら墓の偽装工作も済ませてるのか?この男、侮りがたし。


「と、いう事は不法入国者という事ですか。少々問題になりますよコレ」


 やっぱりか。国境越えとか意外と厳しいのな。よくある異世界モノじゃ、誰でも簡単に冒険者になったりしてたが、もしかしたらここじゃそういうのも難しいのかな?と考え込む。


「税金さえ払ってりゃそう文句は出ないだろ?て事でオルト、を使うぞ」


 あれが何を示すかは全く分からなかったが、話を合わせてコクリと頷く。今ので空気読みレベル1とか取得しててもおかしくないな、うん。


 こちらが頷いたのを確認すると、アインスがフランクさんに何かを手渡す。


「これは?魔石ですかね。このサイズじゃとても税金には足りないですよアインスさん」


「良く見ろフランク、それは無属性の魔石だぜ」


 その言葉でフランクさんの目が輝く。指先で魔石をつまむと、日の光に当てたりして色々と吟味しているようだ。


「ティナも見るー!みたいみたい!」


 横でティナが跳ねている。大変たわわな果実が揺れているのが目に毒だが、彼女の行動を見ていると、やはり年下というのは間違いないのだろう。少なくとも精神年齢はかなり低めに思える。


「このサイズの無属性となると、流石に高価すぎますよ!預かれませんて」


 なるほど、属性つきの魔石より無属性の方が高価なのか。でもそれ、絶対さっきアインスがサクッと作った奴だぞ。労力考えたらその辺の小石とかわらんぞ?大丈夫かフランクさん。詐欺にあってない?


「オルトの父親が彼に預けた物だ。安住の地についたらそれを使って生活基盤を作るようにと隠し持った全財産なんだそうだ。彼の安住の為に受け取ってはくれまいか」


 うれいを帯びたいい表情をしながらそう答えるアインス。役者だなぁ。フランクさんの情に脆い部分に訴えかける術を心得ていると見た。


「でも流石に高価すぎますって、税金払っても相当お釣りがでちゃいますよ」


「なら、あまりの金で色々と準備してもらいたい物がある。オルトのメシと装備だ。こんなナリだろ。栄養は沢山欲しいし、将来的に冒険者となって働きたいっていう本人の意志もある。その辺を汲んで色々と話も付けておいてくれると助かる。ちなみに欲しいものリストはコレな」


 そうまくしたてるとフランクさんにメモを渡す。計画的な犯行だったのねコレ。


 ふむふむなるほどなるほど、この量なら確かにこれくらいの金額は、とフランクさんがブツブツ呟いている。どうやらメモを見ながら勘定しているようだ。


「それでも結構余りますよコレ、見積もりのポーション用透明瓶、今じゃかなり普及してて子供の小遣いで買える程度ですから」


「おっマジか。山に籠ってばかりだと、その辺の事情に疎くなるな」


 なら、とここで俺から助け舟を出す。余計かとも思ったが、その方が心象が良くなるだろうと踏んだのだ。


「残りのお金はフランクさんが貰ってください。ここまで良くして頂いたのに、何も返せないのは父の教えに背きますので」


 その瞬間、フランクさんの顔がくしゃくしゃになる。あかん、ワリと的確なツボだったっぽい。


「いい子だなぁオルト君。今まで散々辛い思いをしてきただろうに⋯⋯このお金はオジさんが預かっておく事にするから、街に来ることがあれば遠慮なく訪ねて来なさい。必ず君の為に全額使うとここで誓うよ」


 お前、詐欺師の素質あるな?と横にいるアインスが目で語っている。お互い様だぞソレ。


「お話終わったー!?」


 既に飽きていた少女は、キラキラの魔石を眺めながら椅子に座って脚をパタパタとさせていた。椅子が3脚だったのは、普段からこの3人で使っていたという事だろう。立ちっぱなしで随分と長話をしてしまったようで、少し申し訳なくなる。


「ティナちゃん、オジさんはこの荷物を置いたら街にもどってもう一度荷物を運ぶけど、どうする?」


 あ、早速働いてくれるんだなこの人。根が真面目でいい人なんだろう。誰も損してはいないはずだが嘘をついたのは心苦しいぞ?マジでフランクさんにはきちんとお礼しないとな。


「じぃじとオルト君ともう少し遊びたかったけど一緒に帰る!おかあさんのお手伝いもしなくちゃだもの!」


 マルティナちゃんもいい子だな。絶対俺らの血縁じゃないでしょこの子。などと心の底から思う。


 荷車から荷物をおろし始めたフランクさんを手伝うと、意外とあっけなく片付いてしまった。こちらの事情を知らなかったのだから、食料はアインス一人分しか持ってきていなかったようだ。わりと質素な食事はそのせいだったのかもしれない。改めて、ここでもキチンと働かなければならないな、と胸に誓った。


「それじゃあ、またすぐ来るよ!」と手を振りながら挨拶するフランクさん。マルティナは空になった荷台に乗り、同じようにこちらにばいばーいと手を振っている。すっかりだらしない顔になったアインスを見やるが、あの可愛さであればそうなるのも頷ける。決して馬鹿には出来ないし、そんな事したら多分死ぬ。なんなら抱きつかれた事に対してすでに結構な力でつねられている。不可抗力だってのにまるで容赦が無かった。

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