第11話

 仔猫を拾ってから数日が経った。甲斐甲斐しく世話した結果もあってか、元気に育って小屋内を遊びまわる程になった。俺もアインスも寝不足の毎日だが、達成感もあってかそれほど辛いとは思わなかった。


 こんなに忙しいんだから訓練くらい休んでもいいだろうと思ったが、流石にそれが許される事はなかった。相変わらずバキバキに折られているが、初日から比べると大きく吹き飛ばされる事も減り、確実に力が付き始めている事が良くわかる。


 アインスのお供として森に付いていくのは流石に中止になった。その代わりにお土産とばかりに毒茸や毒草を持って帰って来るようになったが、仔猫を独占出来るとなればそれも苦にはならなかった。猫の持つ癒しパワー、最強過ぎでは?


 改めてこのグレイキャットという種族に関してアインスに説明を受ける。大型の猫科魔獣で、顔と背中が灰色、腹と脚が白という毛並みをしているその猫は、本来もう少し北西の方に生息しているらしい。岩場に紛れて狩りを行う習性があり、その毛並みは保護色として働いているとの事。また、その毛並みが靴を履いているようにも見える為、ブーツキャットと呼ばれる事もあるのだそうだ。


 長靴をはいた猫ね、なるほど。となった所で著者の名前から一部頂き、仔猫の名前はシャルと決まった。最初はシャルルと付けようと思っていたが、メス猫だったので男性名をつけるのはどうか、となりシャルに落ち着いた。今ではもう自分の名前を理解しているらしく、呼べば反応する姿は愛らしくて仕方が無かった。親馬鹿丸出しである。


 問題も少なからず起きた、一つ目は本来の土属性は得られずに完全に無属性に適合してしまった事である。そのため、元の種族と同じようにスキルを使う場合には魔力消費量が増えてしまうとの事だった。逆に苦手な属性が存在しなくなったため、しっかりと教えればあらゆる魔法を扱えるチート猫になる可能性もあるとの事。戦力としては有難いが動物実験の様にも思えて罪悪感がつのった。


 そして二つ目、なんとこの猫、喋るのである。


「おーと、おうと」


 と鳴き始めた時は、感涙という言葉をこの身で味わった程だ。発音が上手くないため若干ゲロっぽい表現をされるのは辛い所ではあるが、可愛いので全て許す。始めはそういう種族なのかと思っていたが、アインスいわく——


従魔士テイマーっていう職業があってな、その職業は魔獣を従えるために魔石に色んな情報を書き込むんだ。魔力は情報記憶媒体でもあるって話したっけか?属性ってのも情報の一つだな。ま、そんな訳でものは試しに、こちらの言葉を理解できればと言語を書き込んで見たわけよ、そしたら喋るようになっちまったみたいだな」


 なんという事だこのゴリラ。可愛い天使で実験をするとは何事か。とは思ったが、意思疎通が出来るというのはかなり大きい。従魔士と契約を行った魔獣は、人語を介する様に成長する事もあるため、それほど不自然では無いから許して、とアインスは付け足した。しかし実際には正式な従魔契約を結んで居ない為、来客には充分注意しろとの事だった。


 なんて事を言っていたら、フラグ回収とばかりに来客が現れる。


「⋯⋯ぃじーーー!」


 小屋の前で一週間の訓練の総仕上げを行っている最中だった、道の向こうから聞きなれない音がするな、と思っていたら、どうやら人の声だったようだ。俺がこちらにきてから出会う二人目の人間である。


「おっとまずいもうそんな時期だったか、シャルを寝室に置いてきてくれ、あと、適当に会話を合わせろよ、面倒なことにならんようにな」


 オーケー、短く呟いて早速シャルを寝室に移す。丁度お昼寝中で助かった。万が一目が覚めて鳴いても、ここなら小屋の外までは聞こえまい。天使を守るためなら何だってするぞ俺。


 素早く小屋の外に出ると、女の子が手を振りながら爆速で駆け寄っている最中だった。


「じぃじー!ドーン!」


 女の子はそう言うとアインスに飛びついていた。身長は俺より大きく、他の部分も大きかった。何ていうか、大きかった。そして美少女だった。というか犯罪の臭いしかしないんだが大丈夫かコレ、通報すべきでは?しかし羨ましいなその密着ぶり。


「よおティナ、元気にしてたようだな。またデカくなったんじゃないか?」


 3cmも伸びたよー、と元気に答えながら、アインスに頬ずりしている。う、羨ましく無いんだからねッ!と眺めていると、彼女がこちらに気付いたようだ。


「この子だあれ?」


 自己紹介しようかと口を開くが、遮るようにアインスが喋り始める。


「紹介はフランクが来てからだな、お前も手伝いで来たならほったらかしにしないでちゃんとお手伝いしてこい」


 はーいと元気に返事すると、少女はアインスから飛び降り、脱兎のごとく来た道を引き返していく。ばびゅん、なんて効果音が似合いそうな走りっぷりである。


「⋯⋯なぁアインス、犯罪よくない、ダメ絶対」


「何を勘違いしてるのか知らんが、アイツは俺の孫だぞ」


 そうか、孫であったか。そう考えるとあのスキンシップは何も問題ないな。そういえば先ほど少女もじぃじと呼んでいたし、って——


「孫ぉ!?!?!?孫がいるって事は孫だよな!?つまり嫁がいるんかお前ェ!」


 あまりの衝撃に言葉がおかしくなる。だがそんなことはどうでもいい。知らない間に自分に嫁が居て孫も居た。というのは流石に衝撃的過ぎる。いや俺の嫁じゃなくてアインスのだが。


「そりゃおめぇ、当たり前に暮らしてたら嫁くらい出来らぁな。っていっても嫁は随分前におっんじまって、今は娘とその夫、それと孫娘くらいしか親族はいないがな」


 少し悪い事を聞いたかな、と思ったが本人は気にしていないようだ。なのでこちらも変に気を使わないように心がける。


「あの子を見ると嫁も娘も随分美人だったんじゃねぇか?」


 その台詞セリフに気を良くしたのか、アインスは上機嫌で語り始める。


「嫁は美人って程じゃ無かったがな。月並みだが、気立てが良くて色んな事に目を配るいい女だったよ。娘も若いころは可愛かったんだが、結婚後は幸せ太りって奴かな、今じゃ樽と見分けがつかねぇな。天使なのは孫のマルティナだけだ」


 そうか、傷だらけでボロボロで、しわくちゃな見た目だが、アインスはアインスでしっかりとこの世界で幸せを掴んで生きてきたんだな。と少ししんみりする。


「おーい!アインスさーん!」


 道の向こうから人影と共に声が聞こえる。先ほどアインスが言っていたフランクという人物だろう。彼がもしかして娘の旦那かな?と思案していると、アインスから声が掛かる。


「お前は出来るだけ受け答えに参加せず、ちょっと物憂げな感じで頼むぞ。話を合わせるのも抜かりなくな」


 なんだその設定は。まぁいい。既に嫁と娘がいるってんなら、今から俺を子供だとか隠し子だとか紹介するのはマズいのだろう。どんな脚本を書いてるのかは分からないが、彼の案に乗ることにする。


「よっフランク。お前ちょっと老けたんじゃねぇか?」


 またまた、アインスさんには負けますよ。と答えるとお互いに拳を合わせて挨拶している。何ていうか、冒険者みたいだなぁあの挨拶。ちょっとだけ羨ましい。


「さて、取りあえず紹介から始めるか。まずはフランク、ミルタの街の衛兵で、俺の後任になる予定の男だ。毎月こうして食料や生活必需品を届ける任にも付いている」


 また新しい単語が出てきたぞ、どうやら近くの街はミルタと言うらしい。フランクと呼ばれたその男が、その名の通りに気さくな挨拶をすると、俺も釣られてぺこりとお辞儀をする。物憂げ設定を忘れてはいけない、控えめな挨拶だ。


「続いて俺の孫娘のマルティナ。俺の可愛い天使だ」


 短めの説明だが、アインスの言いたいことは良くわかる。手を出そうものなら即死間違いなしだ。もっとも、俺の孫娘でもあるわけだから当然そういう行為は絶対にダメだ。


「そして最後にコイツ、昔の戦友の忘れ形見で名前はオルト。こう見えても14歳だ」


 えぇっ!?と二人が驚く。そんなに驚く事かと思ったが、フランクさんが近づいて肩に手をかけ、涙目でこちらを見つめている。


「その歳でそんなナリって事はお前⋯⋯苦労したんだなぁ」


 最後の方は完全に涙声だ。結構情に脆い性格なんだろうなとは理解したが、何故そんなに同情されているのかはわからなかった。


「フランク、まだ父親と死別して日が浅いんだ、あんまり思い出させるな」


 そういってフランクさんを俺から引き離すと、彼の肩を抱き寄せてハンカチを渡している。なるほど、そういう設定か。よくこの短時間で思いついたな、と感心したが、もしかしたら事前に考えていたのかもしれない。詐欺師の才能もありそうだなぁアイツ、などと考えていると、いつの間にか目の前に少女が近寄ってきており、少々びっくりする。


「よろしくねオルト君。てっきり年下だと思ってたけど年上だったんだ。よかったらお友達になろうね」


 ん?今俺が年上って言った?目の前の少女の発育具合を見る限り、どう見ても自分より年上な訳だが、この少女は想像より若いのだろうか。気付けばいつのまにか俺の左手を両手で包むように握り、顔を間近で覗き込んでいる。いやいや近い近い。距離感がバグってないこの子?


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