第10話

 太陽が昇りきる前に戻ってきたアインスと昼食を取る。そういえば朝飯を食って無かったな、と思い出したが、訓練内容を考えると食わなくて正解だったと思う。


 流石に暇すぎてどうしようも無いので何かさせて欲しい、と伝えると、昼からは一緒に森に入るようにうながされた。


「俺の場合は近接戦闘職を授かったが、お前は斥候スカウト拳闘士インファイターを取って貰おうと思っている。その為に森で感覚を養って貰うつもりだ」


「職業ってのは授かるもんで自分で取得するもんじゃないって説明された気がするんだが?ていうか今お前も授かったって言ったよな」


 現在では職業は神に授かる物、というのが定説になっているが、実際にはそれは間違いらしい。そもそも一般人までもがステータスの閲覧というのが行えるようになったのは、600年程前からとの事だ。


「実際には成人するまでにどういった行いをしてきたか、という事で判断されるお勧めの職業が表示されているだけだ。それを神からのたまわりものと吹聴したのは、他ならぬステータス表示技術を生み出した国、神聖国アルムシアの王様さ」


 なんだかファンタジーっぽい国の名前がようやく出てきたな。聞けばアルムシアには非常に厳しい支配階級が存在しているらしい。貴族の子は貴族、農民の子は農民。神官の子は神官と、そういう階級を維持し続ける為にこういった技術を生み出し、拡散したのだそうだ。


 本来、人間はありとあらゆる可能性を持っている。だが、一見得意な職業を目に見える形で表示することによって、無意識にそれ以外の職業は不得意だと錯覚させる事で可能性の芽を摘んでいる。しかも職業は神のご意思による神聖なものだ、なんて言われれば、おいそれと異を唱える事も難しくなる。


 便利な機能にそういった裏があるとは。日本に居た頃メディアに踊らされ一喜一憂していた事と比べると、この世界もそういった根源的な部分は変わらないのだな、と感心する。


「お陰様で上位回復魔法を使える神官プリースト系クラスはアルムシアが独占しちまってる。失った身体を取り戻せるのは神官による神の恩寵なんて言われたら、誰もそんな魔法を使えるようになろうなんて考えないからな」


 当然、軍事においてもそういった能力は重宝される訳だから、必然的に大陸一の最大勢力であり、最も巨大な国となっているのだと言う。


 少なくともこの世界の神はこの世界の住人によって創られ、政治の道具として利用される存在なのだな、と納得する。実際の創造主たる東城麻弥子とうじょうまやこがこの世界に渡って何かを成した事は無い筈だし、俺自身もそういった設定を考えたことは無いのだから、当然と言えば当然か。


「話は逸れたが、そういう訳だから今後は極力一緒に森に入って技術を学んでくれ。斥候の技術は一通り学んでるから、職業欄には無いが教える事は難しくない」


 森に入る、か。サバイバル系の動画は結構見ていたから、正直ワクワクするぞ。なんていう考えはものの数十分後にくつがえされる事となった。


「——ほい、ベニテングダケ!」


 森に入ってからアインスはずっとこの調子だった。毒を含む植物や茸を見つけては、その場で食すように促してくる。実際これが地球にも存在したベニテングダケという茸なのかはアインスにも分からないそうだが、その場のノリで適当に毒キノコっぽい名前を言って楽しんでいる。


「コレ、結構美味シイヨ」


 完全に精神を病んでいた。毒物を食べては猛烈な痛みや痺れに耐え、暫くするとアインスが解毒魔法を掛ける、その繰り返しだ。理由は簡単。斥候は常にパーティの最前線に立つ為、あらゆる危険を覚える必要と、それに対する耐性を付けるのが重要らしい。


 耐性をつける理由は他にもある。そういったモノでさえ栄養として吸収出来るようになれば、生き残れる可能性が大幅に増えるとの事だ。無毒の食材は他のパーティメンバーに譲る事も可能になる為、全体の生存率を上げるためにはこういった事も重要らしい。


斥候スカウトの上位職には暗殺者アサシンもある。毒物を利用する技術にも長けていれば、今後の仕事もやりやすかろう」


 さらっと人殺しの方法について言及する。この異世界に来た目的はそうなんだけどさ、もうちょっと穏便に苦しまず送ってあげたいと思うのは、まだ甘さが抜けていない証拠だろうか。


「シッ」


 暫くそうして食べ歩きをしながら散策を続けていると、突然アインスがこちらの身体ごと身をかがめる。何が起きたか一瞬理解できなかったが、明らかに先ほどまでとは違う雰囲気を発するアインスを見て思い至る。危険が迫っている——


 身をかがめた俺を制止するようにジェスチャーをしながら、アインスは少しずつ身体を起こし、周囲の状況を確認している。なるほど、これが斥候の動きという奴かと感心する。詳しくは分からないが、五感をフルに使って居るのだろう。緊張が見て取れる。


 その場で待つこと数分。どうやら危険は無いと判断したらしく、アインスは普通に話し始める。


「そこにグレイキャットって種類の魔獣の死骸がある。背中に大きな爪痕が残されているから、それをやった他の魔獣が近くに居るかと思ったんだが、どうやらコイツは結構な距離を逃げてきたようだ」


 言われてアインスが見ている方向に目をやると、とてもネコとは思えないサイズの獣が倒れこんでいた。地球で言うならヒョウとかそれくらいはあるのだろうか。かなり大きい。


 現場検証とばかりに近づくアインス。本当に死んでいるのか不安ではあったが、少なくともこういった事には慣れているであろう彼が見誤ることは無いだろう。


 丸くなってうずくまり、死を迎えたグレイキャット。それは間違いなかったが、その腹の辺りには、モゾモゾと動く何かが存在した。


 慌てて退しりぞくこちらをよそに、アインスはその正体を確かめるために近づく。


「コイツは、メスだったのか。息絶える直前に仔猫を出産していたらしい。一匹だけまだ息がある」


 こちらもその姿を確認する。仔猫は全部で三匹、その中で一匹だけが、母親の乳を吸おうと動いていた。だが母親は既に亡くなっている。恐らく乳も出ていないのだろう。このまま放っておけば、この仔猫は死を迎える。


「助けることは、出来ないのか」


 純粋な疑問だ。少なくとも日本に居た頃なら、その社会の中でまともな精神構造をしているなら、大半の人間は同じように考えただろう。だが、ここは異世界の森の中だ。助けたいという願いは叶わないだろう。


「コイツは魔獣だ。駆除対象でもある。しかも助けるとなれば、自然の摂理を歪めることになるが、お前にその覚悟はあるか?」


 驚いたことに、助ける事もやぶさかではないという反応をするアインス。ならば助けたいと、伝える。自分勝手な考えだと理解したうえで、責任を取るとしっかり明言する。


「よし、分かった。正直助けられるかどうかは五分五分だが、もしコイツを助けられればお前の力にもなるだろう。正直俺も打算あっての行動だから、深く考えずともいいぞ」


 そういうと上着を脱ぎ始め、それで仔猫をくるむ。


「しっかり持って、出来るだけ揺らさないようにして俺の後についてこい。母猫の埋葬はまた後日だ。行くぞ」


 掛け声とともに走り出すアインス。森の中を駆けているとは思えないスピードではあったが、仔猫を抱えた自分もそのスピードについて行けているという事実に驚愕する。


 全力で走るだなんて何年ぶりだろうか、記憶にある自分の走り方や速度とは全く違う動き方をしている自分が正直怖くなる。が、それと同時に頼もしさも感じていた。もっとも、走りやすいのは目の前を先行するアインスが、その巨体に任せて障害物を蹴散らしているというのが大きい訳だが。ほんと怖いわこの筋肉ダルマ。


 森の中を散策していた時間は1時間以上あったと思うが、森を抜け小屋に到達するまではほんの数分しかかからなかった。恐らくは小屋周辺をジグザグにグルグル周っていたのだろう。俺自身には森の中での方向感覚など全く無いが、アインスにとっては日常の一部でしかないという事だ。


 小屋に入ると近場にあった籠に布を入れ、なにやら手を掲げている。恐らくは魔法の類を使っているのだろうが、詠唱をしていないので良く分からない。見るからに仔猫用のベッドを作っているのだろうと察したので、手早くそこに仔猫を乗せる。


「オルトは砂糖水を作ってくれ、この小屋には飲ませられるもんがそれくらいしか無い。温度は40度前後で棚にあるゴツいカップに入れてくれれば大丈夫だ。ソイツには保温の魔道具がついてる」


 はいよと短く答えると、手早く準備を始める。まだ二日目とはいえ鍋と砂糖と水くらいならそれほど迷わずに準備出来る。コンロもどうやら魔道具の様で、日本で見ていたものと大差ない構造をしているお陰で助かった。


「仔猫の衰弱が激しいが、栄養のあるものを与えるにしても街までかなりの距離がある。買い物に往復するのも抱えて街まで行くとするのも、恐らく間に合わないだろう。仕方が無いからこれから自然の摂理に反した方法で助けるが、構わんか」


 勿論だ、と短く伝えると、アインスは仔猫に手を当て、目を閉じて集中し始めた。


「生まれたばかりのこの子はまだ魔石を持っていない。本来なら母猫から乳と共に魔力を与えられ、それを精製して体内に溜め込む訳だが、その方法は不可能だ。そういう事で今からこの子の中に魔石を人工的に埋め込む。本来の土属性の生成なんて試してもいないから不可能。無属性の魔石が適合してくれることを祈るしかない。失敗すれば死ぬ」


 こちらに説明している様にみえて、自分自身にも言い聞かせるようにも呟くアインス。


「コイツとは何度もやりあった。この辺に現れるグレイキャットを駆逐したのは俺だ。身体の構造は理解している。当然魔石が出来上がる位置もだ。そこは大丈夫だから後は密度を調整するだけだ。この子にあった最適の密度を探る」


 更に深く集中していくのが目に見えて分かる。当然だが邪魔は出来ないので大人しく見ているしかないというのは、なんとももどかしい。


「オルトは砂糖水が出来上がったら与えてくれ。魔力以外の栄養も必要だからな。最初は指で、しっかり飲めるようならそこに用意した布に含ませて与えてやってくれ。俺の事はあまり気にするなよ」


 了解、と再び短く伝える。正直40度と言われてもなかなかピンと来ないが、熱すぎず冷たすぎなければそれほど問題は無いだろう。万が一、下痢でも起こせば更に体力を奪ってしまう為、冷たすぎる事だけは注意しなければならないが。


 そうして仔猫を救うための共同作業が始まる。食欲に関しては思っていたよりも元気なようで、すぐさま布に切り替えて与え始める事が出来た。なんとか生き残ってほしい、そう願いながら30分程経った頃に、アインスが目を見開いて声をあげた。


「うおー何とかなったぞ!疲れたわコレ」


 意外と余裕がありそうな台詞だが、見た目は汗でびっしょり濡れている。かなり難易度の高い事をやってのけたのだろう。間違いなく目の前の男はヒーローだとそう思った。これはもうゴリラだなんて呼べないな、全く。


「とはいってもまだ完全に問題ないとは言えない。こっからはお前も魔力を使ってこの子の面倒を見て貰うから手早く覚えろ」


 そういわれて一瞬挙動不審になる、がそんな事言ってられない。つい昨日、不完全な魔石を作り上げた男が、目の前で完全な魔石を作り上げる事に成功したのだ、しかもぶっつけ本番で。俺もそれに答える必要があるのだ。


「わかった、何をすればいい?」


 そう答えると、アインスは仔猫に手を乗せるよう指示する。


「魔石の方は問題無いから、後はこの子の体内魔力を一定量に留めておく必要がある。現在の所は8割程度だ。与え過ぎず、減らし過ぎず。これを1時間ばかりキープして欲しい。もちろん砂糖水も与えつつな」


 結構無茶なことを言う。だが、昨日の時点でアインスが魔石を作る際、魔力の流れを直接目で見て覚えている。大丈夫だ、それを再現すればいいだけなのだ。


 先ほどまでのアインスと同じように目を瞑ると、仔猫の体内魔力を把握するために、必死にイメージする。集中しろ、俺。


 それをサポートするように手を重ね、アインスも同じように魔力の流れを視ているようだ。穏やかな口調で助言を与えてくれる。


「そう、そんな感じだ。今視えているのが仔猫の体内魔力。血管を通して流れる魔力だ。魔石そのものの魔力を極力使わなくていい様にこちらでどんどん与えていく。そのほうが体力の消費が少なくていいからな。衰弱してるのと魔力の使い方が下手な事もあってすぐ枯渇するから、気を付けて送り込んでくれ」


 そういうと重ねた手を離す。この俺のつたない技術でも問題ない所まで出来たと言う事だろう。瞑っていた目を開け、砂糖水を与えながら魔力も与えていく。一度感覚さえ掴めてしまえばそれほど難易度が高い技術でも無さそうだ。これならなんとか凌げるだろう。


「俺は今から街まで行ってこの子に与えられるモノを買って来る。牛乳はそのまま飲ませたらマズいんだったよな、薄めて飲ませれば大丈夫だった気もするが、何か覚えてるか?」


 言われて色々と記憶を探るが、脱脂粉乳なんてものは流石に無いだろう。薄めた牛乳なら栄養価が下がってしまうから、卵黄を混ぜると言う話は聞いた記憶があり、それを伝える。するとアインスは矢の如く飛び出していった。あの形相で街まで行ったらモンスターの襲来とでも思われないだろうか、そこだけが心配だった。


 しばらくしてアインスが帰って来る。物凄い汗だくで息を切らしている所を見ると、相当無茶をしたのだろう。お疲れ様と声を掛けると、少し痩せたか?と軽口を叩いて迎え入れられる程、仔猫の容体も安定していた。


 なにしろ少し前から可愛い鳴き声も聞かせてくれる程だ。魔力の流れを探っている感じ、扱い方もどんどん上手くなっているようで、こちらから魔力を与える頻度も下がってきている。


「とりあえず峠は越したか。とはいえ2~3日は予断を許さんな。交互に睡眠を取りながら面倒を見る事にしよう」


 そう言うとアインスは疲れたから先に寝る、と寝室へ引っ込んでしまった。買い物の品をそのままにしていった辺り、俺に作れという事だろう。分量は分からんが、まあ頑張るしかない。今日のMVPにこれ以上仕事をさせる訳にも行かないしな。

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