第8話
「んじゃようやくの本題だ。まずは俺がこれから行うことを良く見ていて欲しい。ついでに俺のステータス画面もじっくり観察しておけよ、何が起きるのか漏らさず確認だ」
そういってアインスはテーブルの上に左腕を乗せる。傷跡を隠すように巻かれていた包帯を外すと、正直
「ヒール」
アインスがそう唱えると、目の間で切断された左腕が即座に現れる。生えるとかそういう物ではなく、今までも左腕は存在したのに見えない様に隠されて居たのでは?と思わせる内容だった。目の前の神秘としか言えない出来事にただただ驚くばかりだが、それ以外にも驚くべき所が多々ある。
「MPが⋯⋯減っていない?それにヒールって、スキルリストに存在してないじゃないか。しかも普通ヒールって言ったら初級魔法ってのが定説だろ?かすり傷を治す程度のさ!」
何が起きるのか見ておけと言われたが、まるで理解が及ばない出来事が目の前で展開された。アインスはニヤリと笑いながら自分の左手をさすっている。グーとパーを繰り返しながら腕の動作を確認しているようだ。
「おー、久しぶりの我が愛人。5日も使えなかったから不便極まりなかったぜ」
少しばかり分かりにくい下ネタを放つ。が、そんな事はどうでもいい。早速答え合わせを願った。だがニヤニヤと笑うだけで明確な答えは示さず、常識を疑って少しずつ答えを手繰り寄せろ。等と無茶な注文を付けて来る。俺、こんなヤな奴だったっけか?
まぁいい、注文通りに一つづつ、こちらで答え合わせをしていく。
「まず1個目、アインスが使った魔法はヒールでは無い」
「正解」
意外とあっさり当たりを認める。そりゃそうだろう、その効果が余りにも高すぎる。しかしリストに表示されていない魔法を使えるってのは一体どういう仕組みだ?いや、もしかして使ったのは魔法ですらないのか?MPも減っていないし。
「不正解。使ったのは確かに魔法だよ。ただしヒールでは無く最上級のエクストラヒールと同等のものだ。職業としては
つまりはヒールの掛け声、詠唱そのものは無意味という事だろうか。よくある無詠唱と呼ばれる類の技術。虚偽の詠唱で発動出来るとすればとんでもない事だ。だが、彼の発言に少し違和感を覚えたのでそれを指摘する。
「同等、と言ったな。つまり発動したのは無詠唱のエクストラヒールでは無いって事か」
「正解」
満面の笑みだ。あえてヒントを流したなコイツ。直接答えを言ってくれた方が早いだろうに、それをしないのは、常識を疑う訓練とでも考えているのだろう。
ここまでを
正直手詰まりだと悩んでいると、向かいに座ったアインスが、先ほど生やした左手で空を指さしているのに気付く。空に一体何があると言うのか、見上げたが何も無い。再び視線を戻すと今度はトンボの目を回す時のように指をクルクルと回していた。そのジェスチャーでようやく思い至った。
「まさか⋯⋯大気中の魔力を利用したって言うのかッ!?」
これは流石に驚きだ。魔法と言えばMPを使う物。だがそのMPは一体どこから来る?どこに存在しているのかと考えれば答えが見えて来る。そう、魔力は大気中に、ほぼ無限と言える程存在しているのだ。
「だーい正ー解!ぱちぱちぱち」
「おいおいちょっと待て、流石にそれはチートなんてレベルじゃねぇだろ!流石にヤバ過ぎる」
だが事実だ、とアインスは続ける。そもそも魔法の行使には体内魔力を利用しなければならない、と設定しなかったのは、他ならぬ自分自身ではないか。と子供の様に笑う。
先ほどアインスが言っていた、俺たちが馬鹿で良かったと言う発言はこういう事だったのかと頭を抱える。伏線を仕込むのも随分上達しているようだ。
この世界の基幹部分は、あろうことか俺たちが作り上げている。念入りな検証など行っている訳も無い、ただのバカ話の延長で産まれてしまった世界なのだ。当然、こういった目に見えない抜け道が多数存在していると考えていい。
「チートなんて無粋なモンじゃねぇぜ?どっちかと言うとただの設定ミス。バグだな」
バグの不正利用はアカウントBANですよ!?ちゃんと運営に
いささか混乱している俺を尻目に、アインスが話を続ける。
「繰り返すがこれはゲームじゃない。確かに存在するもう一つの現実で、しかも俺たちはどちらかと言えば運営側だ。これで、お前がここに送られた理由ってのが良くわかっただろ。チートスキルを持っていない一般人であっても彼らに対抗できる策、これがその答えだ」
つまりアレだ。創造主達はこのバグについて把握しているという事なのだ。その上で大きな混乱、つまり不正利用の拡散が成されていないから放置し、かつチーターへの対抗策として黙認したという事なのだろう。
「このバグに気付いたのは冒険者家業を引退して暇を持て余した時だったから、今からお前が使うんならレベル上げにも結構貢献出来ると思うぜ。周りに知られるような状況は無かったし、これが理由で世界が滅んだりとかそんな事は無いだろ多分」
正直ちょっと不安だ。だがこれを修正すれば世界が滅びないっていうなら、多分対応してる筈だろうし、俺がここに来てこの話を聞く理由も無かった筈だ。うん、きっと大丈夫。
「ぶっちゃけここまでの歴史があってコレに気付かれてないってのは驚きだけどな。この大陸で一番大きな勢力を誇る人間の国がステータス至上主義で、かつそれを神の
常識を疑え、という言葉が身に染みる。少なくともこの世界の住人は、常識という物を神が作り上げたのだと誤認しているのだ。ステータスウィンドウという目に見える形の奇跡が目の前に存在している以上、疑う事は神に背く事と同義なのだろう。
そうなるといくら魔力を無限に扱えるからと言って、おいそれと頻繁に使うわけにもいかないと言う事か。ステータスを覗き見られる様なスキル、いわゆる鑑定とかの
先ほどアインスがスキルリストに存在しない魔法を利用したのもその辺に対応出来るという証拠を見せたかったのだろう。ステータスの隠蔽といった効果を持つスキルを利用する訳では無く、そもそも表示させない技術。それもまたバグなのだろうか。正直バグばっかり使うのは気に病むが、贅沢を言えない立場であることは理解しているつもりだ。
「ま、この魔力の無限利用っていうのは滅茶苦茶便利だが、万能って訳でも無いから注意してくれ。そもそも利用できる範囲に魔力が無ければ使えないし、閉鎖空間なんかはすぐに枯渇しちまうからあまり意味はない」
戦争など大多数での乱戦等でも効果は下がる、とアインスは語る。普通なら体内魔力を利用したあと、大気中の魔力を取り込むことでMPの回復を行っているからなのだと。消費が著しい乱戦時では、特にそういった吸収行為も増えるし、味方のMP回復や攻撃魔法までも阻害してしまう事もあるため使える状況はさほど多くないとの事だ。
「しかも
半径10m以内の魔力を自由に扱える技術を俺が習得したとして、元々体内に半径数km分の魔力を所持してる様なやつにはどうしても勝てないって事か。確かに道理だ。移動しながら戦えばそれなりに魔力の回収も出来るかも知れないが、そういう状況はそう多くないと考えた方がいいのだろう。
「なら、魔石をバッテリー代わりに持ち歩いたらいいんじゃないか?」
と、素朴な疑問が湧き出たのでアインスに聞いてみる。
「そういう技術は既にあるぜ、いわゆる
なら、電池の様に充電することは可能なのか?と聞くがそれもイマイチらしい。属性はあくまで大雑把な分類であり、全く同一の魔力で無ければ魔石が壊れてしまうとの事。魔石自体が魔力を変換して吸収するという工程を早回しで行うのも難易度が高いらしい。
「その辺に関してはここ5年以上散々悩んだが、結果の出せなかった研究だ。
「ならいっそ魔石そのものを作っちまえばいいじゃねぇか」
魔族が魔石を体内で作れると言うなら俺達でも作れるんじゃないか?と単純に思ったのだが、どうやらアインスにとっては
「あっあっ⋯⋯ああーーーーーーーーーーー!」
アインスは大きく叫ぶと座っていた椅子ごと後ろに倒れこみ、その場で頭を抱えてゴロゴロと転がり始める。何だコイツ、背中にノミでも飼ってるのか?それとも中二病の発作か?
「俺のッ、長年の研究がっ!高々14歳でレベル1の雑魚にィ!!転生してから精々数時間のひよっこにィ⋯⋯論破されたぁ!!!」
とんでもない
「いやでもアイツは俺だから俺天才だな!?でも5年も気付かなかった俺馬鹿じゃねぇか!あーーー!!」
口ぶりから察するに魔石を作ることは可能らしい、いい加減にしろと
「んで、魔石を作ってバッテリー代わりにする事は可能なのかね?アインス君」
「⋯⋯可能だぜオルト君。しばし待ちたまえ」
お互いに研究者っぽい口調でやりとりする。眼鏡を掛けてないのにクイっと上げる動作をする辺り、芸に手が込んでいる。少し前までの重い展開がウソみたいなコメディ調だ。
よっこいしょ、と椅子に座り直すと両手を胸の前に出して占い師みたいなポーズをとるアインス。その内側で魔力を圧縮しようとしているのだろう。
息を飲んでその光景を眺めていると、次第にその両手の中心部が光輝き始める。目に見える形で魔力が集中し始めたのだろう。少しだけアインスがカッコよく見えたのは内緒だ。
「んー?ちょっと圧縮のイメージが上手く行かないな、こうか?」
と、アインスが呟くと、今度は両手でおむすびを握るような動作をし始める。
「おいちょっと待て流石にその
「静かにしろ!」
「完成だ」
ことり、と目の前に完成品をお披露目するアインス。先ほどから見えていたから分かっては居るのだが、完全におむすびの形状をしている。
「理論は組みあがった。だが今回は失敗だな」
そう言うと目の前の魔おむすび、もとい魔石を右手で握りつぶした。砕けた魔石はまるで氷が溶けるのを早回しで見ているかのように、あっという間に霧散してしまう。
「密度の調整が上手く行かなかった。思わずおむすびを握るようにフワっとした動きをしてしまったのがマズかったようだ。サイズの割りに魔力の保有量が殆ど無いし、ちょっとした衝撃で全て魔力に還元されちまった」
ほらー、さっき俺注意したじゃん?主に絵面についてだけどさ。ていうか怒られたの完全に無駄じゃん。でもまぁコレでチートスキル持ちへの対応策がまた一つ増えたと考えると、怒られた分はチャラにしても良いか、というくらいの気分にはなる。
「とりあえず密度の調整は追々やって行くとして、お前にもコレの作り方を教えないとならんな。技術として確立してからになるから
アインスは立ち上がり、すっかり空になったコップを片づけ始める。
「そろそろ日暮れだ。明日からはお前を一人前にするために訓練をするから、飯を喰って寝ておけ。日の出前には起こすぞ」
そう告げるとアインスは小屋に向かって歩き始める。やっぱ訓練とかやりますよねそりゃ。ふうとため息をつきながらアインスの後を追う。空はすっかり夕焼けに染まっており、地球と同じようにうっすらと月が顔を見せていた。
「ここの月は一つか。やっぱり
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