転生と世界の秘密

第5話

——見渡す限りの森


「森だねぇ典型的でテンプレートで普通かつノーマル、なんの変哲もない森だわ」


 異世界転生と言えば最初は森から始まるのがお約束。

 中学時代からこういった妄想にふけり、『もし異世界転生できるなら』とあらゆる想定をしながら暮らしてきた身としては、この状況は有難かった筈だ。


 だが実際にはそうではなく、心はずっしりと重くとても喜べる気分では無かった。カラ元気で森に悪態をついてみたものの、当然返事など無い。


 まず導入の演出が最悪だった。普通なら交通事故だとか事件だとかに巻き込まれ、神秘的な体験をこなした後にこういった異世界に飛ばされるという様式美が存在する筈である。


 何かしら理由を付けて細かい説明はなされず、手探りで世界観や情報を得ていくという筋書きが基本であるべきなのだ。


 しかしながら現実は『東城麻弥子とうじょうまやことお前の秘密を知っている。バラされたくなければついてこい』と半ば脅される形でファミレスに案内され、そこで『この世界の創造主なんだが』といかにも胡散臭い挨拶から始まり、3時間ほどみっちりとこの世界がどういうものだとか、異世界に渡る理由や目的をキッチリと説明された後でこのクソ森である。


 しかもその目的は、地球での自身の行いに対する罰、罪滅ぼしの体である。そりゃあウキウキワクワクなんて出来る筈がない。それどころか超常的な能力、いわゆるチート能力といったものも与えられる事はなかった。


 最強だとか無双だとかそういうロマンは無く、かといって最弱からの成り上がりだとかいう事もなく、領主の息子だとかそういった肩書すらもないただの一般人としての異世界転生。そりゃため息も出るわけだ。


——はぁ


 大きくため息をつきながら辺りの景色を見渡す。どうも異世界ファンタジー感、とでも言えば良いのだろうか、日本に居た頃から考えれば存在していい筈の違和感がない。説明通りなら異世界であるべきだし、なんなら直前までファミレスに居たんだから、間違いなく何かしらの不思議に関与しているのは間違いない筈なのだが、見渡せる範囲にある植物は、どう見ても日本で見たことがあるモノばかりなのだ。


「あれ、なんだっけ?ブナだっけか?」


 都会育ちではこういった樹を見る機会など、近所の公園かTVの向こう側程度しかない。知識もおぼろげなので正確な事は言えないが、やはり地球上で見たことがあると言わざるを得ない。


「ぜーったい見たことあるわコレ、特にこの草!実は異世界じゃ無くて拉致られてどっかの山奥に連れられて来ただけなんじゃ⋯⋯」


 そこまで口にした時点で、自身の声に違和感を覚える。声が、僅かに高い。もしかしてと思いながら発声練習をしてみる。あー、あー。ワレワレハチキュウジンダ。うむ、どう考えても声が高い。普段見慣れない森に囲まれていたせいで気付くのが遅れたが、どうやら視線も低いようだ。


「もしかして、若返ってる?」


 改めて自分の手や腕を確認すると、普段見慣れた自分の身体とは別物である事に気付く。着用している服も先ほどまで、転生前まで着ていたものとは別物だ。これは、本格的に信じざるを得ない。若返る事は聞いていなかったが、異世界転生というのはどうやら事実らしい。


 そうと分かれば指示通り、まずは道なりに歩いて山小屋に向かう必要がある。異世界であるという事が事実なら、森はとても危険な所だ。いや、異世界でなくても森は危険なのだ。武器の類を持っていたとしても、扱う技術などからきしだ。幸いな事に知識だけは蓄えているが、だからこそ対処しきれないという事実も良く理解している。


 早速歩き出す。快適な道とは言えないが、それなりに整備された生活道のようだ。所々に車輪で出来たと思わせるわだちも見える。幅や他の痕跡を見る限り、馬車の類ではなく台車のようなものを思わせる。足跡が僅かに見えるのがありがたい。少なくとも人が存在していると確認できる証拠は、森の中でひとりぼっちの自分に勇気を与えてくれる。


——カンッ、パキッ、カンッ


 5分ほど歩いただろうか、道の先から定期的に甲高い音が鳴り響いている事に気付く。こういった森の中で音を出す人間が存在するとなれば、付近には脅威が存在しないか、もしくは対応できる能力を持った人間が居るという事だ。少しだけ緊張していた心を解きほぐしながら、やや足早に音の鳴る方へと向かう。


 ほどなくしてわずかに開けた場所へ出る。崖を背後にして小屋が設置されてるが、なにやら崖と小屋は一体化しているようにも見える。その手前には男が一人、先ほどから聞こえていた甲高い音は、薪を割っている音だったようだ。周囲には割り終わったであろう木片の山が出来ており、こちらからでは男の全体像は確認できなかった。


 声を掛けようとしたタイミングを制するかのように、男は手を止めてこちらへと声を掛けた。


「よお、


 男は気怠そうに立ち上がると、こちらを向く。が——


「ブハハハハハハハハハ」


 目があったと思った瞬間、こちらを指さしながら突如笑い出す。初対面の相手にいくらなんでも失礼過ぎでは無いだろうか?こちらからも声を掛けようとするが、男があまりにも豪快に笑いすぎるので、そのタイミングが掴めない。


「ヒッ、ちょ、ちょっとまってろ。ぐはは」


 完全にツボに入っている様だった。男は笑いながら右手で待てのポーズをすると、奥の小屋へと入っていった。一体何なんだこの無礼さは。


「ほいっ」


 奥の小屋から出てきた男が、すかさず何かを投げて寄越す。雑に放り投げられたと思われるそれは、綺麗に俺の胸と腕の間に吸い込まれるようにすっぽり収まる。手鏡だ。どうやら自分の顔を見てみろ、という事らしい。いまだにニヤニヤとし続ける男が手鏡と顔を交互に指さす。


 完全に向こうのペースに乗せられているが、自分自身も若返ったと思われる容姿については気になっていたところだ。恐る恐る手鏡を覗く。するとそこには、想像していたより幼い自分の姿が映し出されていた。


 いやこれ自分か?若かりし頃とはいえ、妙に整いすぎている感がある。間違いなく自分の顔だとは言えるが、明らかに美化されているといっていい。そして何より髪の毛だ。産まれてこの方一度も髪を染めたことのない自分にとっては、今自分の頭に乗っかっている髪の毛の色がかなり不自然に思えた。くすんだ金髪、とでも言えばいいだろうか。明るくない金色と濃い灰色が混じったような髪の毛だ。長さで言えば転生前と同じくらいで肩に掛からない程度はあるが、どこぞの美容室にでも通っているのか?と思わせるような緩やかなウェーブを描いている。


——端的に言えばそう、誰このイケメン?


「その顔は40、いや50年ぶりって所か?ガハハハ。随分とじゃねぇか」


 目の前の男が再び笑い出す。こんな顔をしていれば当然か、と男が発した不自然な台詞も含めて何故か納得してしまう。しかし笑い続けられるのも理不尽。だんだんと腹が立ってきた。こちらも何か言い返そうと改めて男を見る。


 なんていうか⋯⋯ゴリラだ。ゴリラに対して罵倒を行うというのは命の危険性があるかもしれない。だが、言わなければこの怒りは収まらない。


「て、てめーこそ何だそのツラは!アホみたいにデカくなってるし筋肉モリモリマッチョマンじゃねぇか!白髪は多いし顎髭あごひげもモサモサ生やしやがって!それに⋯⋯」


 勢いのまま男の特長をまくしたてたが、これだけはすんなりと口には出せなかった。


「それに、左腕が無くなっちまってるじゃねぇか⋯⋯」


 言って後悔した。先ほどの怒りなど簡単にかき消えてしまうほどの後悔。先ほどまでまじまじと男に向けていた視線は、既に地面に向いている。


「ああ、これか!?」


 男は事も無げに言う。それに合わせて視線を向けると、肘から先が無くなった左腕で近くにあった椅子とテーブルを指していた。


「とりあえずそこに座って待ってろ。事情を話そう」


 そう言いながら男は小屋へと引っ込んでいった。案内された方向に目をやると、そこには三つの椅子と丸い小さめのテーブルが用意されていた。普段からそれなりに利用しているのだろう。脚の部分は野ざらし感溢れるボロさを醸し出しては居たが、椅子の座面やテーブルの天板は綺麗に整備されていた。


 ふぅ、と人心地ひとごこちつく。考えてみれば今まで慣れない山道を歩き通しだった。15分にも満たない時間だったとは思うが、それなりに疲れていたようだ。小屋が見える一番奥側の席に陣取ったが、背後が森だった事を思い出し、振り返って森を見る。ちょっと失敗したかな?と思考を巡らせたが、こちらの事情を知っている人間が案内したのだ、危険性は無いだろう。


「さて」


 いつの間にか小屋から出てきていた男は、右手だけで器用に木製のコップを二つと小さな樽のようなものを抱えていた。樽の中身をコップに注ぐと、こちらにスイとコップを滑らせる。

 飲め、という事なのだろう。それ以外の意味があったら困るが。喉が渇いていたのも事実だし、ありがたく頂戴する。


「ふあー」


 思わず変な声が声が出る。前世で一番好きだった味、レモンとはちみつの爽やかなジュースだ。厳密に言うなら甘さは足りず、レモンの酸味も強めではあったが、それでも美味いと言える飲み物だった。生き返るとはまさにこの事。いや、転生してるから既に生まれなおしては居るのだけれども。


「落ち着いたようだしコッチから話をはじめるぞ。少し長い話になるが⋯⋯」


 そういって男は神妙な顔になった。改めて間近で確認すると、随分としわがれた顔だ。良く見れば体中のあちこちに細かい傷や大きな傷跡が見える。この世界がいかに過酷か、その片鱗が充分過ぎると言っていい程見て取れる。

 少し悲しそうな顔をしながら、右手で無くなった左腕をさすりながら男は呟く。


「お前が来ると聞いて、あらかじめ斬り落としておいたのさッ!」


 唖然。目の前の男はいたずらを誤魔化すように舌を出しながらウィンクしている。俗にいうテヘペロって奴だ。


「全然長くねぇ上に雑な理由だな!?自分で斬り落とすとか正気かテメェ!あとテヘペロが許されるのは幼女だけ、と古今東西きまっとろーが!!」


 先ほどと同じく怒りに任せてツッコむ。折角癒された筈の俺の体力はまた0付近だきっと多分、間違いなく。

 男は少しはにかむ程度の笑いを見せながら、こちらのツッコミには動じず話を続ける。


「いやさ、正直こっちも色々信じられないし悩んだんだぜ。何せ俺は転生してから40年、この世界で当たり前に暮らして来たんだ。それが突然神とか言う野郎から『近いうちに君の分身を送るからこの世界について説明してあげてね(要約)』とか言われたらどうするんだよって話よ。今まで何の音沙汰も無かったのに、突然だぜ?60も過ぎて衰えも感じてきた頃だし、そろそろお迎えも来るかなぁなんて考えてた矢先にコレだ」


 先ほどの自分と同じ様にまくしたてる。彼も彼で現在俺達が置かれた状況について不満を募らせていた様だ。


「んでまぁ悩みに悩んだ結果がコレよ。とりあえず俺自身が来るという訳わからん事態には目をつむって、地球からこちらに転生する奴が現れるって事に焦点を当てた訳だ。だが、このあたりじゃ魔獣も滅多に見ないし異世界感?てのが薄いだろ?だから分かりやすい様にこうズバっとな」


 驚くほど良く舌が回る男だ。ジェスチャーも豊富で自分の右手を使って左手を切断する動きをする。表情も豊かで自分を見ているとは到底思えないが、心の内で良く分からない感情が、と納得させている。どちらかと言うと今まではコミュ障といって差し支えない人生を歩んできた筈の自分が、どう見てもコミュ強となっている姿は末恐ろしいものがある。


 そんな考えがしっかり顔に書かれていたのだろうか、男が補足とばかりに俺の心の内に湧き出た疑問に答えを返す。この世界では娯楽と言えば会話が中心となる。人と話すことが自然と多くなるため、気付けばこうなっていたのだ、と。そしてお前もあと20年もすればこうなるぞ、と有難くないお言葉も頂戴した。


「——だが、こうして会話してみれば杞憂だったな。理由は分からんが信じられる。俺とお前は間違いなく


 俺が抱いていた感覚、やはり同一人物という事もあってか目の前の男も同じように感じているらしい。年齢も見た目も髪の色も、性格すら違う二人なのにそうと認識できるのはとても不思議な感覚だ。


「転生したら父親よりも年上の自分が居た件」


 思わず呟く。もし、今自分が置かれた状況がラノベになるとしたら、きっとこんなタイトルだろう、だなんて思った。父親どころか祖父と言って差し支えない程の年齢差がある目の前の男も、なんとなくこちらが言いたいことを察したのか、ガハハと豪快に笑った。

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