第6話(3月9日修正)
「さて、俺の事情は大体話した。そっちの事情を話して貰えるか」
一息ついた所で男がそう語りかけて来る。それより、その腕は治さないのか?と聞いたが、別の教材に使うから後回しで良い、と言われる。あれだけあけっぴろげに冗談交じりで自分の腕を斬り落とした話をしたのだ、どうせすぐに戻す手段があるのだろうと感じていたが、やはりそれは正解のようだ。もはや異世界であることは疑ってなかったが、無くなった腕を生やせるのは驚きだ。
こちらの事情を説明するように求められたが、少なくとも今の俺は目の前に居る軽薄ゴリラ程、言葉を紡ぐのに堪能ではない。ゴリラに語学で負けるのはなんかこう、悔しさが溢れるが、仕方ないと割り切って話を進める。
「⋯⋯簡潔に言うと、この世界はあと16年ほどで滅びる」
あまり驚いていない。というかそれからそれから?って目をしている。不器用なりにもしっかり考えた上で、創造主に説明された言葉を思い出しながら説明を続ける。
「理由は三つ。一つ目は、この世界が魔法という不安定な物質で出来ている事」
魔法は無限の可能性を実現するための技術だ。極めれば大陸1つを消し飛ばすことも可能である。だが、それでも世界の滅びとは言い難い。文明が滅ぶ可能性があるのは間違いないが。
「二つ目は異世界転生者の存在だ。というかチート能力だな」
目の前のゴリラがほうほうと頷く。ホントにゴリラみたいな動きは止めて欲しい。
「既に魔法という不安定な要素で構築された世界に、更にそれを上回る不安定な要素がぶち込まれたんだ。何となくはわかるだろ?」
目の前の男は大きくコクリと頷く。さすが俺、理解が早い。だが動作の節々にどこかこちらをおちょくっている様な動作が出てくるのは本当に頂けない。真面目な話なんだけどな。
「そして三つ目、実はこれが一番大きい。この世界の創造主が情緒不安定だ」
オーバーなリアクションを取ってなんじゃそりゃ、とツッコミを入れるつもりだったのだろう。オチの予測も完璧だ。だが事は重大である。それを右手で制して話を続ける。
「まぁ聞け、
しぶしぶ引っ込んだ男が苦虫を噛み潰したかのような顔に切り替わる。俺も出来れば思い出したくないが、そうもいかない。
「忘れもしねぇぜ、ここ40年の間に盗賊を斬ったり戦争に行って何人も殺しはしたが、それでもあの事件はいまだに悪夢として出てきやがる」
そうだ、俺たちが起こした事件、連続ひき逃げ事件の共犯者だ。厳密にはひき逃げ事件とは言い難い。何せトラックではねた5人の被害者は、痕跡も残さず消え去ってしまったのだから——
転生前の俺は、異世界転生のテンプレと言われるトラックでの事故、それをあろうことかこの異世界の創造主と共謀して行っていた。
東城麻弥子に
当時は全貌を知らされていなかったという点も大きい。轢いた人間が消え、報酬を貰う。目の前の現実はそれだけだったのだ。なんて、言い訳にしても見苦しいかも知れない。
運転手であった東城麻弥子はそんなまさか、あり得ない。の一点張りではあったが、もし異世界転生していたら、という話を目的地まで向かう最中によく話したものだ。
事件の痕跡は残らないが罪悪感は残る。少しでもそれを和らげるための現実逃避として、ただ下らない妄言を語り合った相手が、あろうことか全てを仕組んだ黒幕、この異世界の創造主だった。それをようやく知り得たのは転生直前の話ではあったが、怒りよりもどこか安堵してしまった。
事件は起きたのは最後の仕事。正真正銘の被害者が残る事故。ターゲットではない人間を轢いてしまったのだ。
「そいつは軽傷だった筈だろう?罪悪感で何度も吐きそうにはなったが、見舞いにも行ったよな?」
少なくともここに居る60過ぎの俺がこちらの世界に来るまではそうだった。だが、容体は急変した。深夜に突如痛みを訴えた被害者は、処置の甲斐も無くそのまま還らぬ人となってしまった。
「転生させるにはそこそこ複雑な準備が必要だったらしい。だからこそターゲット外の人間は消えずに負傷した。そしてその結果、1人の尊い命を犠牲にしてしまった」
「そんなまさか、ああクソ⋯⋯マジなのか⋯⋯」
だが、救いが無かった訳でも無い。もうひとりの共犯者、地球の創造主が現れたのだ。すんでの所で被害者の魂は回収され、彼の望みでこちら側への転生を待っている状態であると言うのだ。
「だけど、この異世界の滅びが近い。そんな世界に転生させるわけにもいかないから、こうして滅びを回避する道を探るために俺達に白羽の矢が立ったって訳だ。ここまで質問は?」
少し考え、男は控えめに右手を挙げる。
「⋯⋯原因はある程度理解したが理由がわからねえ。何故俺達なんだ?神サマならちょちょいっと何とかできたんじゃねぇか?」
ようやく真面目に聞く心構えが整ったようだ。ここからは転生前に聞いた説明を思い出しながら説明をしていく。
まず、創造主は万能じゃない。言ってみれば
時間についても自由自在に操れるわけでは無い。減速と加速は行えるが、
全て無かったことにする魔法なんてのは存在せず、起きてしまった事実は覆せないのだと。そして加速と減速の概念。この異世界は地球と同じく数十億年の歴史が刻まれているが、地球側からみればほんの2年程度の時間で作り上げられた若く不安定な世界である。
東城麻弥子というこの異世界の創造主は、地球では20歳の小娘に過ぎず、人の生き死ににおいて既に麻痺してしまっている地球の創造主とは精神構造が大幅に違う。たった一人の明確な死に直面しただけで精神が不安定になり、自身の世界に悪影響を与えてしまった。
創造主という存在は、自分が産まれた世界から自分が生み出した世界へと渡ると、2度と戻ることは出来ないらしいとの事であった。その為、直接こちらに赴いて調整することは難しいらしい。創造主の能力を持つものが生まれることは非常に稀で、そう簡単に実験を行えないため実際はどうかわからない、と注釈もしていたが、あてには出来ないだろう。
そんな中白羽の矢が立ったのが俺達、自身の複製が可能という特異体質をもつ存在だ。
非常に長い時間を生きた地球の創造主でも初めての事例であり、細かい部分については全て把握出来ないとの事だが、事故のお詫びとばかりに俺を異世界に飛ばした時点で、地球側にも肉体と精神が残っている事実に気付き、この能力が発覚した。
既にこちら側に渡った俺、つまり目の前の男を創造主たちが観察するにつれ、ただ単に複製されるだけではないという事も判明した。偶然にも他の転生者の死に際に立ち会った時、その魂が地球側に戻されるという事例が確認されたのだ。
本来一方通行であると考えられる世界の境界を三途の川に見立てた地球の創造主は、この能力を『渡し守』と名付け、この異世界を救う為に派遣した。というのが転生して若返った俺がここに来るまでのあらましである。
——ふぅ
ここまで一気に説明すると流石に疲れる。渡されたレモンとはちみつのジュースを一息に飲み干すと、それを気遣うように向かいの男がジュースを継ぎ足した。
「⋯⋯要は向こうでやってたトラックのひき逃げじみたことを、こっちでもやれって事か」
その通りだ、罪滅ぼしの為に罪を重ねろ、それが地球の創造主の命令だ。例え魂は死なずとも、肉体は死ぬ。その罪を背負って苦行を成し、世界を救えという事だ。
「だが、滅びの原因は東城先輩の精神状態が最もデカい理由なんだろ?ならそっちを安定させるのが一番の近道なんじゃねぇか?」
その理屈は正しい、が同時に間違いでもある。地球時間では1日に満たない間でこの異世界の滅びが確定する。地球の創造主が地球と東城麻弥子の時間を減速させている為、何とか16年という時間を確保したというのが現状だ。
ふむ、と再び男は頷く。向こうで1日以内に原因を取り除くより、こちらで16年掛けて原因を取り除く方がこの世界を救える確率が高い、という事だな。と独り言の様に呟く。ついでにお前と俺の転生タイミングが大幅に違うのも、地球の減速と異世界の加速が原因だぞ、と独り言に答えるように返しておく。
「んで、お前を巻き込んだ最大の理由がこの話の見せ場として残ってるんだが」
既に若干胃が痛い、というジェスチャーをしながら男がこちら見つめる。年寄りの癖に子犬みたいな顔をする余裕があるなら問題無いだろう。
「仕事中にトラックの中で話したバカ話が、こちらの世界を形作る基準になっている」
「はぁーーーーーーー!?!?!?」
流石に素っ頓狂な声をあげた。ここまでくればツッコミがあっても止める必要は無い。東城麻弥子の精神が参っている様に、こちらも結構参っているのだ。この辺で発散せねば目的を果たすことも不可能になりかねない。
「いやお前それだと時間軸おかしくねぇか?もし異世界があったら的な話を始めたのは3回目の仕事辺りからだったろ?それ以前にひいた奴はどうなったんだ?」
「それはあれだ、どこぞの王様が異世界召喚を行うって時の為に保管しておくシステムがあるんだと」
よくある設定から派生した奴だ。神域とか名づけられたりもする場所で、異世界召喚が行われる直前に神と対話する特別な場所。そういった所に一時的に転生候補者を保管し、必要な時にタイミング良く転生させるシステム。
時間の遡行が行えない以上、急遽転生者を用意するのは難しいとの判断から作られたらしく、ある程度自動化されているそうだ。転生者本人は一瞬の出来事として知覚しているため、リアルタイムな転生に思えるそうだが、そういったカラクリを用意することで極力転生者の希望に沿った異世界転生を可能にしたそうな。
「なるほどなぁ、よく考えてるわ⋯⋯」
異世界の創造主こと東城麻弥子もこの手の話が好物だった。目的も忘れて異世界談義に花を咲かせる事もあったくらいだ。仕事の最中に彼女の正体が明かされることは無かったが、本当に異世界を作り上げていると考えれば、こういった事にも気が回ると言うのは道理である。
「んであの馬鹿話がこの世界に適用されてると。いや薄々は思ってたんだよ?随分と俺が考えた部分と似通ってる所あるなーって。でもまぁ言ってみればテンプレ的じゃん?流石に気付かなかったわー」
いや気付けよ、40年も気付かないとか流石ゴリラだよ。等と思ったが、心のどこかで自分が関与しているかもしれないという事実を否定したい部分があったのだろう。俺も説明されるまでは異世界なんて空想の産物だとしか思ってなかったし、なんなら転生した直後も疑ってたくらいだからな。
「んまとりあえず概ね納得だ。ところで、俺が偶然居合わせた事で地球に転生者を戻したって話がさっき出たが、それは一体何人だ?」
随分と話を遡る。重要な事ではあるが説明の最中は口を挟めなかったのだろう。気持ちは理解できるからここは素直に告げる。
「3人だ」
「⋯⋯という事は残り2人を戻せば完了か」
「いや18人だ」
「はぁーーーーーーー!?!?!?」
本日二度目の素っ頓狂。そりゃそうだ、びっくりする程多いもんな。でも、異世界転生者を作るという仕事を始めたのは俺を誘ってからという訳じゃ無くて、その前から行っていたのだと説明する。
トラックでの転生を始める前は、病死間近な人間や、自殺の現場に居合わせた地球の創造主が回収することで対応していたらしい。異世界に送るのは東城麻弥子の仕事だが、地球の生命の管理は地球の創造主が行っている為、トラックの仕事ではターゲット外の被害者に対応できなかったのだと付け加えておく。
「つうことは話の流れからして地球の神サマに送られたお前は相当なイレギュラーって事か?」
その通り。
「イレギュラーもイレギュラー過ぎてただの一般人ですが何か?」
送り込む事が精一杯で、チートスキルとかいう恩寵は一切与えられなかった。それ以外にも物語の主人公たる運命力というものも皆無らしい。第一村人がゴリラじゃなくて可愛い女の子だとか、偶然助けた馬車の主が大きな商会の社長的ポジションだとか、はたまた助けた女性がどこぞの王族だとか、俺自身の肩書が辺境領主の息子だとか英雄の息子だとかそんな事いーっさい無いただのモブだ。画面の端っこに居て台詞も与えられない村人D的な存在。適正?特性?なにそれ美味しいの??
——はぁ
思い出したら大きなため息が出た。考えてみたらチートスキル持ちと戦わなければならない状況だって存在する筈なのである。この世界が滅びるんで地球に帰るために殺されてくださーい。はいそうですかどうぞー。なんて状況あり得る筈がないのだ。人によってはこの世界の方が良いとさえ思ってるだろう。やり直しが叶ったこの世界を捨てて、また元の世界に戻る事を苦痛と感じる人間もいる筈だ。
どうすんだよコレ詰んでるじゃねぇか。ただの一般人がどうやってチーターに対抗するんだよ。と項垂れる。
「良し分かった」
目の前から大きな声が聞こえる。先ほどとは打って変わって割と元気な声だ。どこに元気になる要素があったのか俺には分からなかったので、顔をあげて聞く事にする。
「ようやく合点がいった。お前がここに、俺の元に来た理由がな。今から一般人がチートスキル持ちに対応出来る技術を伝授してやろう」
「へぁ??」
今度は俺が素っ頓狂な声を上げる番だった。もっとも、ゴリラよりは控えめで奥ゆかしくはあるが。なんて、いい加減、未来の自分と張り合うのは何とかしないとな。
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