第4話

 何が起きたのか、全く理解が追い付かなかった。フレイヤが発動していた四重の結界は、物理耐性も備えている。生半可な攻撃では打ち破る事すら出来ない筈である。にもかかわらず結界は打ち破られた、いや、と言った方が正しい。さも存在しなかったかのように結界は消え失せ、そのまま彼女の魔石ごと、綺麗に両断されたのだ。


「そんなまさか⋯⋯あり得ない」


 フレイヤを消滅させられた怒りすら湧く前に、目の前の不自然な出来事に頭を冷静にさせられた。フレイヤはHPを失っただけだ。DPさえあれば復活させることは容易。ならばこの状況を冷静に分析する必要がある。

 ステータスの見落としか、あるいは今装備しているククリナイフが特殊な武器なのか、それとも自身と同じ異世界転生者、チートスキル持ちの可能性も存在する。改めて、より注意深く鑑定を行う必要がある。


『神眼』


 レベルは19、先ほど確認したレベルよりは上がっているが、それほど不自然ではない。フレイヤと侵入者のレベル差はかなりのものであったが、赤子を連れてモンスターを倒しても赤子のレベルが上がらない様に、この世界ではある程度の経験値取得制限が存在する。充分範囲内といっていい。武器に関しても異常はみられない。どう見てもレアな武器ではなく、エンチャントも一切行われていない普通の武器しか所持していない。


「何が起こっているのかわからない、そういう顔をしているな」


 フレイヤをほふった後、悠長に構えていた侵入者が口を開いた。侵入者はククリナイフを肩にかけ、一息ついたというポーズをとりながら自信に満ちた顔で佇んでいた。


「さっき、俺の名前を呼んだな。つまりアンタは鑑定持ちって事だろ?


 やはり、彼も俺と同じく転生者のようだ。理由は分からないが神眼をも上回る隠蔽いんぺいスキルか、なんらかのチートスキルを所持しているとみて間違いないだろう。だが、彼は無情にもその考えを否定する。


「残念だがアンタがみたステータスは真実だよ、なんの隠蔽も行ってない素のステータスだ」


 驚愕の事実である。だが、それを鵜呑みに出来るほど馬鹿ではない。可能な限り彼から情報を引き出し、突破口を見つけるのが先決だ。彼の能力が分からない以上、いかにレベル差があるとはいえ、迂闊に手を出しては痛い目をみる可能性が高い。


「それが真実だとして、あり得ない話だろう。レベル差は3倍以上あったはずのフレイヤを一撃で葬り去るなど、不可能だ」


 部屋に設置してある椅子に腰かけながら、参ったというポーズで相手の油断を誘いながら会話を続ける。少なくとも敵意は持っていないという意思表示を行いながら、彼の一挙手一投足を入念に確認する。


「勿論、種も仕掛けもあるさ、だがアンタ、戦闘経験は少ないと見えるな。目に見える情報ステータスに頼り過ぎている」


 油断を誘うために椅子に座ったが、彼はそんな事を気にもしていない様だった。再びククリナイフを構えると、いつでも斬りかかれるぞ睨み始める。こちらが一方的に不利な展開、自らその状況を作り出してしまった事を彼はいさめたのであろう。言葉では脅しながらも実際には飛び掛かって来ないのがその証拠である。いや、飛び掛かってこれない事情があるのか?楽観は出来ないがそこに突破口が存在するかもしれない。


「まぁ待てオルト君、同じ転生者と話をするのは初めてなんだ。少し情報交換と行こうではないか」


 情報は金なり、特にこの世界ではそういった部分が発達していない。ありとあらゆる情報は人づてに伝えられる事が多く、書物の類では古い情報しか手に入らないのだ。彼も納得したのか、再びククリナイフを下げて話を聞く体勢を取る。となればまずはこちらから、出来るだけ長めの話をして彼からも情報を引き出すか、あるいは協力関係を結ぶ必要性がある。フレイヤを倒されたのは業腹ごうはらではあるが、これ以上のリスクを負うわけには行かない。


「何か聞きたい事はあるか?知っている限りの情報は全て話そう」


 勿論、ダンジョンの引きこもりである自分に分かることなどさほど多くはない。だがフレイヤに聞いた情報の中にはそれなりに役立つものもある筈だ。


「強いて挙げるなら他の異世界転生者の情報だ。お前が知っているとは思えんが」


 無論知らぬ、と言いたい所だったが1つだけ心当たりがあった。間違いなくそうという訳では無いが、北の国モルヴォーイに存在する小さな村に住む男がそれに該当する。生産系スキルの持ち主ではあるが、色々なアイデアで富を築いていると噂の存在だ。以前訪れた冒険者が、攻略中にそういった会話をしていたのを偶然にも耳にしていた。彼らが死んだあと、その持ち物からプッシュ式のスプレーボトルが出てきた辺り、地球の知識を利用していると考えて間違いないだろう。

 事細かにその辺りを説明すると、彼は満足したようだ。にこやかな笑みをこちらに向ける。


「こちらからも1つ、聞かせて欲しい。君の目的は何だ?」


 目的については何となく想像がついていた。金やアイテムには目もくれず、危険を冒してまでこちらと対峙することを選んだのだ。つまりは、こちらの命である。だがその理由までは分からない。理由さえ判明すれば、利用される形であってもこの場をしのぐことは出来る筈だ。


「目的は何だ、か。人生で一度は言ってみたい台詞だよねぇ」


 そう言うと年相応にニカっと笑い、彼は続ける。


「ならこっちも言ってみたい台詞で返すよ、


 どうあっても生かすつもりは無い、そういう言い回しだ。非常にまずい状況である。なんとか打開策、妥協点を探らねば死、あるのみだ。少し思案するかのようにブツブツと呟いた後、再び彼は告げた。


「長話はあまり好きじゃ無くてね、簡潔に伝えるならそう。異世界転生者を狩る者チートスレイヤーとでも言えばいいか。それが俺の目的だ」


 何という事だ、異世界転生者を狩るだと?それでは転生者であると公言してしまった自分には生き残る術がないではないか。ここに転生させた女神はそういう脅威について何も話していない。前世でイレギュラーな死を迎えたお前は自由に生き、自由に力を振るまう権利がある、その為に加護を与える。と、なんの含みも持たない笑顔で送り出してくれた筈ではないか。


「さて、お前はもう用済みだな」


 突如として侵入者から吹き出る殺気。この世界に来るまではそういったものを感じ取る事は出来なかったが、こうしてレベルが上がった今なら分かる。彼は間違いなく自分を殺す気だ。


「ま、まて。お前も女神に転生させてもらったんだろう?それなら共闘した方が互いの利益にッ⋯⋯」


 言い終わる頃には自分が地面を眺めている事に気付く。右手に握りしめた片手剣を抜く暇もなかった。遅れて痛みが首から発せられる。何が起きたのか分からない。いや、分かりたく無かったが、恐らくは首をねられたのだろう。既に言葉を発する事は出来ず、意識も次第に薄れていく。最後に聞こえてて来たのは、理解しがたい彼の言葉であった。


「女神ね⋯⋯お前はそういうでここに来たのか」


 決して順風満帆という訳では無かったが、それなりに順調だった異世界転生はこうして幕を閉じる事になった。俺は第二の人生を得て主人公と呼べる様な存在になった筈だと感じていたが、どうやらそれは間違いであったらしい。恨み言を考える猶予さえ与えられず、意識は深い闇に落とされていった。


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