第3話

 簡単な作戦を練っている間に、侵入者は既に4階層の4割程度まで進んでいたようだ。

 手早く残りのトラップを全て回収すると、最後の部屋となるこのコアルームの入り口にボッチ・ドアを仕掛けた。事前に別の場所で同じくトラップを仕掛け、雑魚モンスターとの強制遭遇エンカウントを行ってステータスの確認をしようかとも考えたが、同じようなトラップを仕掛けた場合には最も重要なコアルーム前のトラップを看破かんぱされる恐れもある、という事でその案は脚下となった。


 侵入者が予想通りの能力しか持たないのであれば、SRアイテムであるボッチ・ドアのトラップは初見での完全解除は不可能と考えていいだろう。場合によっては対応を変える必要もあるかもしれないが、どのみちここでの決戦となるのは大きくは変わらない。


 設置済みトラップ解除後の侵入者の進みは遅々としていた。トラップが無い事自体がだと判断したのだろう、警戒心が強い事が伺える。それでもなお侵入者がダンジョン攻略を続けるのは、報酬となる設置アイテムも全て引き上げたのが効いていると見ていい。


 程なくして侵入者がコアルームの手前に到着する。最後の監視映像を確認しながらフレイヤに声を掛ける。


「準備はいいかい?いきなり飛びかかって来る様であれば即排除。そうでなければ様子見だ」


 わざわざ様子見を指示したのには理由がある。戦闘にならずにお帰り願えるのならばそれが一番だからだ。見立てではそれほどレベルが高くないとはいえ、ここまでソロで攻略した猛者である事には変わりない。万が一すらあってはならないのだ。それに、ステータスを確認するにしても僅かながらの時間が必要となる。


——キィ


 最後の扉が開くと同時に、ボッチ・ドアのトラップが発動する。

 侵入者は慌てていたが、観念したのと同時にこちらにも気付いた様子だ。ゆっくりと歩いて距離を縮めて来る。チャンスとばかりにステータスを確認するためのスキルを発動する。


『神眼』


 転生時に与えられた二つ目のチートスキル。鑑定の最上位に位置するこのスキルは、あらゆる隠蔽スキルを無視して全てのステータスを丸裸にする。配下のモンスターにもこの能力を付与する事が可能で、情報も共有できるという万能ぶりだ。ことダンジョン運営に関しては最強の対応スキルといっても過言では無いと言える。もっとも、監視映像越しでは発動出来ない上に、今回の侵入者の様に全てのモンスターとの戦闘を回避されてしまえばどうしようもない訳だが。


 結果は既にフレイヤも確認しているであろう。一言で表すなら——


「最悪だ」


 レベルがあまりにも低すぎる。ウィンドウに表示された侵入者のステータスはレベル17、見立てよりもかなり下だ。第一職業ファーストジョブ斥候スカウト第二職業セカンドジョブ拳闘士インファイター、HPは320とそれなりでMPは少し多めの215。斥候には過ぎた量だ。使えるスキルを考えると持て余しているといっていい量。DPへの還元と考えるとMPが多いに越したことは無いが、純粋な魔法職に比べれば少ない方だ。なにより消費したDPと全然釣り合わない。装備品に関しても同様。そこらの武器屋で当たり前に売っているレベルの品ばかりで、とてもじゃないがダンジョンの餌に出来る程では無く、DPに還元するとしても貧相極まりない。


 万が一、万が一と対策を考えていたのがアホらしくなってくる。完全にやる気を失ったと言っても良い。ここで処分してしまうのもいいが、とてもそんな気にはなれなかった。


「侵入者の、ここまで来たのは褒めて遣わそう、だが」


 このあとどう話を振るか、と思案しながら会話を進める。どうやら侵入者の方も話を聞くつもりであるようだ。理性的であるなら話は早い。彼我のレベル差を知ってもらえれば、早々に退却するであろうと、そう判断した。


「君のレベルは17、そしてここにいるフレイヤのレベルは62だ。この意味が分かるかい?」


 ここで折れてくれるのであれば話は早い。折角だから設置用に取り置いてあるアイテムを少し渡しておくのも悪くはないか。ダンジョンの入口へと転送可能なポータルとそのすぐ横に置かれた装備類や金貨を親指でグイと指さしながら、再び話を続ける。


「正直君とやりあっても得は無い。なんならお土産を渡すから早々に出て行って貰えないだろうか」


 可能な限り優しくそう告げる。これで納得しないようであれば、もう排除するしかない訳だが、どうやら侵入者は戦うつもりらしい。腰に装備したククリナイフを引き抜きながら、ようやくその口を開く。


「残念だけど、ここで引くつもりは無いよ。そこのチンケなお宝より欲しいものがあってね」


 蛮勇、あるいはこちらのステータスが虚偽であるとでも考えているのであろうか。ここまで攻略したからには自信があるのだろう。こちらはステータスを確認できるが向こうもそうだとは限らない。なんなら開示しても良いか、とも考えたが、そこまでしてやる義理もない。やれやれだ。


「フレイヤ、すまないが処分してくれ」


 すぐ横に控えたフレイヤにそう呼びかけると、彼女は詠唱を始める。四重に張り巡らされた強固な結界魔法、それを二人に掛ける。大げさといえば大げさだが、彼女の魔法は威力が絶大である。マスターである自分に被害が及ばない様にとの配慮だろう。

 彼女はすぐさま前へと歩き出し、こちらから5mほど離れた場所で詠唱を始める。


「アイスランス」


 氷系の初級魔法、言ってみればただの氷柱つららを撃ち出すだけの魔法だが、フレイヤにかかれば凶悪な魔法へと変貌する。初級魔法というカテゴリのため極める者が少ないが、最大値のレベル10ともなると、標的に対する誘導性能を得ることができるのだ。

 つまりは必中。これを防ぐためには高レベルの魔法耐性、あるいは対魔法防御結界等が必要になる。例え回避する速度があっても、無限に誘導するその魔法は防ぐ以外の手段が無いのだ。

 致死の一撃、侵入者のステータスや装備などではこれを防ぐ事も回避し続ける事も不可能である。


——シュッ


 フレイヤの周りに展開された3本の氷柱は、無情にも侵入者に向けて放たれる。彼は氷柱が真っすぐ進むと考えたのだろう。距離を詰め、回避したと同時にフレイヤに斬りかかる算段、とばかりに突進してくる。


「終わったな」


 そう呟いたのも束の間、直前まで侵入者に向けて誘導されていた筈の氷柱が突如失速し、彼に届く前には完全に地面へと落ちていた。


「なっ⋯⋯」


 フレイヤの驚きが声になる前に、彼女は横なぎに真っ二つに切り裂かれていた。

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