第2話

「⋯⋯なるほどなぁ、つまりDPダンジョンポイントってのはダンジョン用に調整された魔力って事でいいのかね。同じく魔族用に調整された魔力の塊である魔石は吸収効率が悪いんだろうか」


 ぺら、ぺらとページをめくりながら呟く。

 この本はDPを利用して行えるガチャ、いわゆるチートスキルであるが、その結果で得られたハズレアイテムだ。いや、ハズレアイテムだと思っていた。何せダンジョン運営には直接影響がないのである。配置できるトラップやモンスターの類では無いアイテムが、何故レア扱いなのかと不審に思っていたが、ダンジョンを運営し始めて半年も経つ頃にはその考えを改めざるを得なかった。


 そう、ダンジョン運営は暇なのである。娯楽と言えば自身の生活環境を整えたり、自給自足の為に畑を耕す程度しかなかった。それゆえ、こういった書物は大変貴重な娯楽なのだ。


 現在の所5階層目までしか存在しないこのダンジョンは、不人気なのか冒険者が訪れる事は滅多にない。ダンジョンを離れて近隣の街へ情報収集に向かおうかとも考えたが、その隙に攻略されダンジョンコアを破壊されてはたまったものでは無い。冒険者を迎撃し、DPを貯めてダンジョンを強化しなければここを離れる事もままならない。しかしここは不人気ダンジョン。悪循環の堂々巡りである。結果的に長く引きこもらざるを得ないというのは非常に退屈であった。


「お忙しい所申し訳ありませんが、マサト様」


 かたわらから凛とした声が響く。声の主はフレイヤ、神話の女神の名を冠する絶世の美女。この世界においては彼女の神話は存在せず、元の世界、転生前の地球に存在した神話とも特に繋がりは無いようだ。DPガチャにて手に入れたSRスーパーレアユニットにしてこのダンジョンの最強の切り札であり、無二の相棒、副官であり最愛の女性でもある。


 最高峰ランクのSSRスペシャルスーパーレアユニットでは無いが、育成コストの都合もあって最初に育成すると決めたのが彼女であった。SSRユニットも引き当てる事には成功し所持はしているのだが、可愛げのない獣を育てるよりは美女の方が遥かに良い、と思うのは男なら仕方ないだろう。仕方ないよな?


 フレイヤはSRユニットとはいえ徹底的にDPを使用して強化している。その結果、既に魔王軍幹部とやりあえるほどの能力を保有するに至った為、戦力としてもなんら問題は無い。意思疎通も軽やかであり、副官として素晴らしい働きを見せている。あらゆる面で彼女は有能だ。


「⋯⋯先ほど侵入した冒険者が3階層の攻略を終えたようです」


 ぱたり、と本を閉じ、こちらが身を起こして話を聴く体勢を整えるのを待ってから、フレイヤの美しい声がそうつむいだ。少し困り顔でこちらを見つめる姿は久しぶりだ。転生してから既に1年以上経つが、その時ぶりくらいであろうか。腰まである長いストレートで光り輝く金色の髪。見る者を吸い込みそうなあお色の目、それに負けじと主張する、防御力の薄い豊穣な双丘。思わず昨晩の情事を思い出し我を忘れそうになるが、彼女の報告を無視するわけにはいかない。


「確か、ソロの冒険者だったよな?」


 普段通りであれば1階層か2階層で充分に処理できる筈である。手薄とはいえそれなりに高レベルのモンスターとトラップを配置したこのダンジョンは、基本的にパーティ推奨の構成と言っていい。ソロの侵入者を相手にしても回収できるDPが少ない為、複数人でなければ旨みが少ない様に作り上げているのだ。


「厳密に言えば従魔じゅうまがいる為ソロとは言えませんが、似たようなモノですね。しかしあの従魔はちょっと厄介です」


「あのネコチャン、そんなに強いのかい?」


「いえ、相性が最悪と言っていいですね」と前置きしてフレイヤが説明を続ける。侵入者と共に行動する従魔の種族はグレイキャット。自然環境下では育ってもCランク、育成環境ではBランクまでいく事もあるらしいが、監視映像で確認した限りではまだ幼体でありDランク程度であろうとのこと。SRのフレイヤよりひとつ下のRレア相当であるAランクにすら届かない従魔の脅威は強さなどでは無く、持ち前の能力であると言う。


 一般的に嗅覚と言えばイヌ科を思い浮かべるが、ネコ科に関してもその能力は高いそうだ。特に閉鎖空間であるダンジョンでは、イヌ科にも引けを取らない能力を発揮する。そして聴覚、こちらはイヌ科よりも遥かに優れており、僅かなトラップの動作音や隙間から流れる空気の音さえ把握するらしい。しなやかな肉体は音もなく移動する能力を与え、トラップの解除にも一役買っているとの事。


 とはいえ、配置済みのモンスターと戦闘になれば難なく排除できるレベルではあるという。だが、持ち前の能力を生かして全ての戦闘を回避されているとなれば話は別だ。


「飼い主の方はどうなんだい?」


 配下のモンスターと遭遇さえしてさえいれば、こちらのスキルを使って侵入者のステータスを確認できるのだが、戦闘を回避されているとなるとそれも不可能である。相手の能力に対して的確な対応を取るのが難しいというのが現状だ。ハッキリとした能力が分からない以上、フレイヤの持つ知識に頼らざるを得ない。


「——おそらくは斥候スカウトと言った所でしょうか」


 時折監視映像に映る侵入者を眺めながら、彼女は説明を続ける。彼女の傍らに立ち、自身でも映像を確認しながら説明を聞く。身長は160cm前後、ダークブロンドで後ろ手に結ばれた髪、背中にはM字型のショートボウと腰にククリナイフを装備している。防具は動きを重視した革製の部分鎧であり、防御力はさほど重視していないのが分かる。体格や身体の動かし方から察するに、まだ少年であろうと推測する。


「胸元にスローイングナイフと右太腿に刃渡り20cm程度のダガーも装備しているのが見えます。矢筒が見えないので魔法の収納鞄マジッグバッグで対応しているかも知れませんが、装備を見るからにそういった高価な物を着用している感じはありませんね」


 矢が切れているため戦闘を回避しながら攻略を進めているとも考えられるが、油断は禁物である。だが、フレイヤの見立てではその可能性が高いと言う。


 理由は様々だが、中でもトラップの解除率が大きいのだそうだ。完全解除されたトラップと、解除しきれず破壊されたトラップの割合から見るに、侵入者のレベルは最大でも30前後。恐らくは20中盤程度だろうとの事である。


 一度モンスターに遭遇すれば確実に死を免れないレベルであるにも関わらずダンジョン攻略を進めるのは、資金繰りに困窮して無理に探索を続行しているのであろう、と。


「そうなるとコッチは完全に赤字か⋯⋯」


 解除されたトラップに関してはまだいい。が、破壊されたトラップを再設置するとなると多くのDPが必要になる。侵入者を倒して補充できるDPでは焼け石に水といった所だ。


「あの、どう致しましょうか?」


 再び困り顔で指示を仰ぐフレイヤ、そんな顔をするくらいならもう少し早めに報告してくれても良かったのでは?と、ふと思ったがそれは甘えである。彼女に全てを任せて本を読みふけっていた自分の落ち度。なにより自分を気遣って報告しやすいタイミングを選んだ彼女を責めるわけにはいかない。不安そうな彼女の頭に手を置き、出来る限り優しく撫で始めた。


「あ、あの、マサト様?」


 困惑しながらも身を任せるフレイヤ。普段見せる穏やかで可愛らしい顔へと戻っていくのが良くわかる。今度は彼女を抱き寄せ、背中を撫でながらそっと呟いた。


「トラップの類は全て解除して、この部屋に誘導しよう」


「危険ではありませんか?」という言葉を止めるように軽く口づけする。


「DPが惜しい。モンスターの再配置と育成を行う程の余裕は無いし、これ以上無駄に失うよりは確実にここで処理する。配置済みの高レベルモンスターに倒されてくれるのが理想だけど、多分無理だろう」


 フレイヤのレベルは62、自分自身も41まで強化している。フレイヤの見立てが確かなら負ける要素は見当たらない。損害無しで確実に仕留めるならこれが一番という訳だ。個人的なこだわりから複数のトラップ配置に偏重し、モンスターの配置を怠り、あろうことか各階層ごとのボス部屋さえ用意しなかった自分の落ち度は自分で拭うべきだろう。


 侵入者がトラップ専門の攻略者であることは明白だ。特化したステータスがこのダンジョンの編成にたまたま的確に刺さったのだと考えると、今後はより慎重なダンジョン運営が必要だろう。


「でしたら、せめて従魔と飼い主は分断致しましょう」


 フレイヤが今後の対応について進言してくる。万が一の可能性すら確実に潰すのが最適だと彼女は付け加えた。魔獣を従えているということは第二職業セカンドジョブ従魔士テイマーを所持している可能性が高い。となると戦闘時には絶妙なコンビネーションでこちらを翻弄ほんろうしてくる恐れがあるとの事だった。


 それでも苦戦はしないだろうと考えたが、幸いにも設置にDPを利用しないSRトラップがだだ余りしている。使い捨てというデメリットはあるが、1人だけしか通さず10分間は絶対に開かないというボッチ・ドア。名称は雑という他ないアイテムだが、使い方さえ間違えなければ非常に高い性能を発揮してくれる。これを利用して敵を分断し、確実に片方ずつ仕留めるというのが現在行える最も確実な排除手段だろう。

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