【コミカライズ始動記念SS】※一つ前の続きです

「憲兵隊が駆けつけてくるまで、お母様は孤軍奮闘されたそうですわよ。かなりの手練れのようでしたが持ち前の素早さを生かして攻撃を繰り出して。けれど、腕を少し切ったようだと聞いております」

「だから、誰から聞くというの……?」


バイレッタの疑問は先ほどから少しも解消されない。


「まあ、腕は大丈夫なの」

「家に戻ってきてすぐにドノバンが手配しておりましたから、心配ないかと」

「さすがはドノバンだわ。優秀ねえ」

「そうですの、おばあ様。ドノバンは本当に優秀なのよ。でも最近、体力がなくなってきたと言うの。だから代替わりを考えているのですって。だというのに、お母様は彼に心労をかけてばかりで……」


家令のドノバンの話になったので、このままうやむやにならないかなと期待していたバイレッタはすぐに戻ってきた話題に小さく呻いた。

別に高齢のドノバンに心配をかけたくてやっているわけではない。

今回はたまたまで、なりゆきで、巻き込まれただけだ!


だというのに、さも困ったかのように娘に告げられて返す言葉がない。


「それで憲兵隊から感謝状が送られているのですね」

「え、それはお断りしたはずですが!?」


婦女暴行犯は夜な夜な女性に切りかかり襲っていたようだ。一度切りつければ満足するらしくすぐに姿をくらませるのでなかなか捕まえられなかったと聞いた。そこに独自に警邏をしていたバイレッタが遭遇し、彼が逃げる隙をあたえずにその場にとどまらせたおかげで捕まえられたと駆けつけた憲兵隊に感謝された。そこまではよかったのだが、結局感謝状を渡したいと言われ、固辞した。

素性すら明かさずに立ち去ったので事なきを得たと思っていたが、なぜ夫にまでたどり着けたのか。

どう考えても事を大きくした方が絶対に面倒くさいことになるとわかっていたから黙っていたというのに。


アナルドが告げた言葉に、思わずバイレッタが叫べば彼は凍えるほど冷たい笑顔を向けてきた。


「奥様がどうしても受け取ってくれないと、軍にまで泣きついてきまして。大将閣下じきじきに受け取っていましたよ。今、軍の俺の執務室に額縁に入れて飾られています」


最悪だ。

なぜここで夫の上司のモヴリス・ドレスラン大将が出てくるのか。

しかもなぜバイレッタ宛の感謝状を受け取る。どうせ面白がって安易に受け取ったに違いない。にやにや笑いまで目に浮かぶようである。


「今すぐ外してください……」

「上官命令なので」


こんなところまで遵守しなくてもいいのでは?


バイレッタの疑問は言葉になる前に、アナルドが冷笑を向けたまま続ける。


「それで、妻の活躍すら知らなかった俺としては閣下から仔細を尋ねられても説明できなかったのですが、なぜそのようなことになったのかお聞きしてもよろしいですか」

「いえ、たまたま仕事で遅くなってしまった日がありまして、そこに遭遇したといいますか」

「ほう。それで一人で帰ったのですか。せめて家の者を呼んでください」

「いえ、その日だけですから。本当に偶然ですから、怖いことなんてありませんでしたし」

「傷を負ってドノバンに手当てしてもらったのでしょう」

「たいした傷ではありませんから。それはドノバンに聞いてもらえればわかります」

「まあ、そのドノバンからもくれぐれも無茶はしないように伝えてほしいと頼まれていますからね」


ドノバンのまさかの裏切りにバイレッタは戦慄した。

これ、まさか色々なところで証言をとっているのでは。

というか、エルメレッタはアナルドとつながっていたのか?


「俺は離れていることが多いので、貴女に何かあったらと思うだけで心配なんですよ。ですから、あまり危ないことはしないでほしいのですが。それは無茶なお願いですか」


静かに問いかけているけれど、心底叱られている。

バイレッタは項垂れるしかない。確かに軽率だったかもしれない。無事だったのは結果論だ。

黙り込んだバイレッタを見やって、エルメレッタがぽんと手を打った。


「ねえお父様、その感謝状をぜひ見たいのですが、職場に遊びに行ってもいいかしら」

「遊びに来るような場所ではないが、お前なら許可がでるかもしれないな。なぜか閣下だけでなく部下たちからも懇願されているんだ」

「まあ、よかったわね、エルメレッタ。きちんと皆様にご挨拶するのよ」

「はい、おばあ様。ありがとうございます、お父様」


微笑んでいるエルメレッタが何か企んでいるような、なぜか予定調和にさせられたような気がしなくもないが、和やかな雰囲気になったサロンにバイレッタはこっそりと胸をなでおろすのだった。

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