【重版決定御礼SS】ありがとうございます!
夜の闇を切り裂くような悲鳴が上がって、バイレッタは通りを駆け出した。
時刻は夜の8時頃。商業街の一角ではすでに幾つか店は閉まっているものの、帝都は夜でも街灯があるので明るい。けれど、声が聞こえた場所はどうやら狭い裏路地のようだった。
真深く被っていたフードを取り払い、闇に沈んだ裏路地の先を見つめれば地面に蹲って蠢いているものがある。
「そこに誰かいるの?」
「た、助けて……」
震えたか細い声はするけれど姿が見えない。
だが、伸ばされた白く細い腕は見えた。
真っ黒な服を着た人物が女性の上に覆い被さっているのだと理解した途端にバイレッタは腰に履いた剣を抜き去って、斬りかかった。
だが、振り向き様にがきんと金属がぶつかる音が響いた。男の手には長剣にしてはやや小ぶりの特殊な剣を手にしていた。
血走った男の瞳がバイレッタを捉えて、にたりと笑う。
「なんだあ、女?」
ゾッとするような、背筋を逆撫でするような、そんな声に剣を振り払い、大きく後方へと飛ぶ。
男はゆっくりと立ち上がると、剣を構え直した。
男の後ろにいる女性は地面に座り込んだまま、震えている。よほど怖い思いをしたのか動けないようだが、必死にバイレッタに助けを求めていた。
「観念なさいな、今、憲兵隊も動いていますよ。投降することをお勧めしますわ」
バイレッタが剣を構えたまま毅然と告げれば、男は面白そうにハハハと哄笑したのだった。
そして――
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「――なんてことがありまして……」
「ちょっと待って、エルメレッタ。なぜそんな見てきたかのように話せるのかしら……?」
優雅にお茶を飲みながら、ほうっと息を吐く娘の姿は、親から見ても美しく見える。自分にそっくりな容姿の五歳の娘は、けれど表情の作り方は夫にそっくりだ。
普段はつんと澄まして無表情のくせに、ここぞというときに効果的な笑顔を向ける。
今は物憂げなため息をつくだけで、なんとも憂いたっぷりである。
時刻は午後になってしばらく経ったお茶の時間である。一家で楽しんでいた。
スワンガン伯爵家のサロンに集まっているのは、義母のシンシアと娘のエルメレッタと自分だ。ミレイナは嫁いでしまったのでこの家にはいないが、頻繁に遊びにやってくる。
そして、それ以外にもう一人。
無言で娘の話を聞いていた男の反応がとにかく怖い。
だが、とにかく今はエルメレッタがなぜ先日起きた婦女暴行事件にバイレッタが関わっていたと知っているどころか、犯人を追い詰めた状況まで知っているのかが問題である。
後をつけられていると感じたことはないしもちろん家族の前で一度も話したことはないというのに。
「まあ、相変わらずバイレッタは勇ましいし、エルメレッタも物知りねえ。貴女に怪我がなかったのだから、よかったわ」
シンシアがころころと笑う。
娘を物知りで片付けるのはいかがなものか。
バイレッタは自分のことを棚上げにして、憮然とする。
「ほう、それで。その後、どうなったのですか?」
地の底から響いてくるかのような低い声が、問いかけた。
その瞬間、楽しげな空気は凍り付いた。
シンシアの笑いはすぐに引っ込み、エルメレッタは男と同じ色の瞳を静かに向けるのだった。
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