【続刊発売御礼SS】拝啓Ⅱ11/25発売!
久しぶりに帝都のスワンガン伯爵家で過ごす冬の夜。
アナルドが自室で簡単に入浴を済ませて眠る準備をしていると、控えめに自室の扉が叩かれた。
入室を許可すれば、入ってきたのはバイレッタだ。
妻がアナルドの自室にやってくることは滅多にない。
浮足立つ心を抑えて妻を見つめれば、彼女は申し訳なさそうにやってきた。
「お部屋でゆっくり過ごされている時にすみません。仕事先からお酒をもらったのですが、ドノバンに聞いたら旦那様は寝る前に少しお酒を嗜むと伺いまして。よろしければ、こちらを召し上がりませんか?」
バイレッタならばいつ自室にやってきても文句はないのだが、遠慮を見せる妻に僅かながら不愉快になる。けれど義父でなく自分に持ってきてくれた気持ちが嬉しい。彼女のほうから積極的にかかわってくれることも気持ちが上向いた。
彼女が差し出した酒瓶のラベルを確認して、アナルドはにこりと微笑んだ。
「ええ、いただきます。それはとても飲みやすいので、ご一緒にいかがですか?」
「明日も仕事がありますので……」
「貴女がもらったものですし、少しくらいなら明日にも響かないでしょう」
言いながら、アナルドは自室に据えられていた棚からグラスを二つ用意して、バイレッタをソファに座らせた。
手際よく酒瓶の栓を開けて、注いでいくとバイレッタも諦めたのか、グラスを手に取る。そのまま二人でソファに並んで腰かけて、グラスを傾けた。
ほんの数口で、バイレッタは頬を上気させた。
軍の祝勝会に出ていたときも酒は口にしていたが、家では飲むところを見たことがない。外では気を張っているからか、それほど顔色を変えることはなかった。
アナルドは湧き上がってくる熱い塊を押し込めるように、グラスを呷る。
「確かに、とても飲みやすいですね」
「小さな蒸留所なので、年に数本しか出回らない希少なものですよ。いいものをもらったんですね」
バイレッタが吐く息が熱い。
無意識に煽られているのを感じながら、アナルドは努めて平板な声を出す。けれど、なんでもない話が妙に甘い声になっているような気がする。
別に口説いているつもりはないのに、バイレッタがきょとんとアナルドを見上げる瞳に熱が混ざっているようにも見えた。頬を染めている姿は妖艶ですらある。
「どうして、そんなに耳元で囁くんですか……」
「頬を赤らめた妻が魅力的すぎるからですかね」
「……旦那様は、もう口を開かないほうがよいと思います」
「それは申し訳ありません?」
「それ、謝る気がないですよね……」
夜の会話は、ひどく静かだ。けれど、一方的に高まる熱に胸が苦しくなる。
思わず目を伏せ、いつもよりも早いペースで杯を空にした。
妻が許してくれるからと言って、あまり好き勝手振る舞うわけにもいかない。
愛妻家の友人の助言によれば、大事なのは奉仕であるべきだ。それが妻に飽きられない秘訣であるらしい。
つまり、信じられないことではあるが、とにかく忍耐を試されているということでもある。
アナルドにつられたのか、バイレッタも酒を飲み干した。
空になったグラスが二つ並んでいるテーブルを見るともなしに眺めていたアナルドは、ふと揺れるストロベリーブロンドの髪を視界に掠める。
瞼を落としたバイレッタの体がこてんとアナルドの肩に触れた。力が抜けてソファに深く沈み込んでいる姿は、普段の凛とした様子とはかけ離れていた。
「バイレッタ……」
アナルドの小さな呼びかけにも、規則正しい呼吸が返ってくるだけだ。
無防備な寝顔は隣に座る夫の忍耐など少しも考えていないのだろう。けれど、なぜか穏やかな妻の顔に誇らしくも思えた。
冬の寒い夜に、酒で多少温まったとはいえ、妻の肌のぬくもりには敵わない。けれど、妻の体を求めて温めてほしいと願うのは戯言にすぎないとわかっている。
「このままでは風邪をひいてしまいますね」
抱き上げたバイレッタの体は信じられないほどに軽い。すべてを委ねられているかのような全能感に、アナルドはただ震える感情を胸の内で噛み締めた。
冷血狐と散々言われ続けた自分の、感情を揺らすただ一人の妻。
腕の中の存在には、とにかく感謝しかない。
願わくば、明日も明後日もその先も。
彼女の夫であり続けられますように――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます